ヒヨル マモノオン 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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河川敷グラウンドのゴールのそばに、かかとで掻いたのだろうざりざりと荒い線が三本ならんで引かれている。その先端にはいちにさんと番号が振られていて(これは指か木の枝で書いたのだろう)、三本の線はまん中あたりが踏み荒らされてめちゃくちゃになっている。ときどき練習終わりに豪炎寺がそこで足運びのトレーニングをしていることを染岡は知っていたが、豪炎寺にまるで後ろ暗さなんかがないことに歯がゆいような気持ちになりながらなんとなく知らないふりをしていた。サッカー部二年生は一部をのぞくとまるでうまが合わないので、豪炎寺はいつも一年生を連れてトレーニングをしている。肩身の狭さなんか豪炎寺にはあってないようなものだ。ストップウォッチ片手にバインダを見ながら、宍戸がぼそぼそと数字を口にする。いちにいちににいちさんいちさんにさんさんいちにいちさんいちいちにいちいちさんさんにさんいちいちにいちいちさんににににさんいちにさんいちにさんさんにさんいちに。この数字どおりにラインを踏む。
知らないふりをしているとはいえ、河川敷は染岡も普段から使っている場所なので、ときどきは望みもしないのに顔を合わせてしまう。望みもしないのに、だ。宍戸は空気が読めるし豪炎寺はそもそも前しか見えていないような人間なので、何気なくそれを眺めていても、誰に咎められることもない。この練習は一分くらいが限界で、それは数字の方が参ってしまうからだ。だからからだ回転させちゃだめですって。一分にも満たずに豪炎寺は止まる。豪炎寺の癖だ。前に踏みこんだあと、後ろに下がるときに軸足をななめに下げる。ほうっておくとバックパスがきたときに顔面に食らいかねない。そうか。豪炎寺はこめかみをかるく掻いて、次はおまえがやれとばかりにバインダを奪った。かといって豪炎寺は数字を読むのがへたくそなので、結局宍戸の練習にはならない。宍戸は足運びならわるくはないのだ。しろい膝が骨の丘のような宍戸の足。
どうしてサッカーをやるのか、などと、柄にもなく哲学ぶった日にはだいたいこんな光景に遭遇してしまってひどく萎える。理由もなく邁進する馬力を、根こそぎ奪ったのは元はといえば。豪炎寺は強靭なからだをしている。屈強でしなやかで、折れも曲がりもしないつよい心とともに。そんなものを抱えて平然として、染岡には到底できないようなプレイを呼吸するようにこなしてしまう。円堂は豪炎寺を軽蔑していて、染岡だってできることならそう言い切ってしまいたい。豪炎寺はいやなやつだ。サッカー部の中で、いちばん正しくサッカーに向き合っている。正義面も使命感もない。ただ、呼吸するように。いちにさんいちにさんいちにいちにいちにさんいちにさんいちにいちにいちにさんさんにいちさんにいちいちにいちにさんにさんさんにいちいちにいちにさんにさんさんにさんにいちにいちいちいちに。宍戸の口元がしろくかすんでいる。果てしなくながい一分を終えて、宍戸はさも今気づいたかのように染岡を呼んだ。あー染岡さんおつかれっす。豪炎寺はその言葉にぱっと顔をあげ、おい、と言う。なにかくうもの持ってないか。染岡は鼻白み、持ってねえよ、とことさら声を張り上げた。そうか。豪炎寺は素直に引き下がる。豪炎寺はいやなやつだ。歩み寄ることも。
おまえはプロになりたいのか。悪意なく聞かれた、その言葉は今も染岡の内側でくすぶっている。どちらとも答えられずに、おまえは、と逆に染岡は問い返す。おれはなりたい。豪炎寺はまっさらな顔で、いつもどおりの仏頂面できっぱりと言った。なんで。楽しいから。は。サッカーは楽しいだろう。楽しくなんかねえよ。突然声を荒らげた染岡を豪炎寺はじっと眺めて、かまわない、と言う。じゃあ、それでもかまわない。楽しくなくてもいい、な。うるせえよ。染岡はそれ以上を聞かなかった。持っているものには、豪炎寺には、永遠にわからないに違いなかった。純粋な、清いと言ってもいいほどのそんな言葉に目を射られ、光をなくして絶望にあえぐ、持たざるものの気持ちなど。楽しくなくてもいいだなんてどの口が言う。思ってもないくせに。ばかにしやがって。踏み台なら、それでもよかった。誰かの成長の支えになれるならば、染岡だって誇らしかった。ただ、豪炎寺にだけは許せないと思った。息を切らして汗を絞って、必死になって駆け上がる場所を、そのはるか頭上を、綺羅星のごとく駆け抜ける豪炎寺には。豪炎寺にだけは!
腹が減ったな。ぽつりと呟く豪炎寺をよそに、宍戸はさっさと荷物をまとめてじゃあまた明日ーおつかれさまっすーとへらへらと帰ってしまった。豪炎寺はじっと足下の線を見て、消えかけた場所を丁寧に書き直す。染岡はその孤独な所作を眺めながら、ひどく息苦しい気持ちのまま足を踏み変える。帰る。豪炎寺は振り向き、そうか、と染岡を見た。練習、しなくていいのか。いいよ。おめーがいると邪魔なんだよ。そうか。平然と豪炎寺は言い、おれは場所を変えてもかまわない、と言った。おまえが使うなら。かまわないかまわないかまわない。染岡はくちびるを歪める。おまえ、サッカーができたらなんでもいいのな。ああ。豪炎寺はきっぱりと言う。サッカーは楽しいだろう。豪炎寺はいやなやつだ。染岡はうんざりした気持ちになる。泣きたいような気持ちになる。豪炎寺はいやなやつだ。本当に本当にいやなやつだ。人間の皮をかむりながら、ばけものみたいなことばかり言う。








魔物音
染岡と豪炎寺。
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