女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。
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部屋の中を季節はずれの蚊が羽音もうっとうしく飛んでいて、それがふくらはぎにぴたりと着地するのを見届けてから音無は携帯をひらいた。あーもしもし、へえちゃん、こんばんわ。今ひま?だいじょぶ?あのねーお願いがあるんだけどねー。そこまでつらつらっとまくし立てると、うんーだいじょぶだよー用事なにーと間延びしたやさしい返事が届いて音無は誰にともなくほほえむ。壁山の声はいつでも穏やかで、電話越しに聞くとよけいに丸みを帯びて聞こえる。かん高くとげとげするばかりの女友達の声が記憶の中で鼓膜を揺らすので、急いでそれを追い出しながら音無は手帳をひらいた。明日遊びにいこー。ねえいいでしょ。壁山はちょっと黙って、いいよ、と言った。ありがとーじゃあまたメールするー。今言っちゃえば。今から考えるの!だから待ってて。わかった。あとでね。その声を聞いてから音無は電話を切った。壁山はいつも、相手がそうするまで電話を切らない。
壁山とあるくと不思議と守られている気がして居心地がいい。さりげなく車道側に立ってくれたり、バスや電車の人混みからおおきなてのひらでかばってくれたりもする。ふるい森のトトロみたいな、気持ちのやさしい壁山。音無がわがままを言うのは今にはじまったことではない。練習のない休日に、なにかと壁山を呼びつけてはあちこち連れまわし、結局なんにも、買い物だとか食事だとかそういったたぐいのことは全く、しないままに帰ってきてしまう。いい加減にしろよなーと宍戸は言うが、音無は一向に気にしない。もちろん断られることも文句を言われることだってちゃんとあるけれど、それはなぜか言わないでいた。音無がなんとなく隠したままで壁山もなんにも言わないから、それはそのままふたりのぎこちない秘密になってしまっている。
結局翌日も目的なんかまるでなく、駅前をふたりでぶらぶらあるいてどうでもいいことをだらだらしゃべるだけだった。壁山の右手にはビニル傘が握られていて、それどうしたのとたずねるとなんか天気崩れるらしいから、とてれくさそうにわらう。コンビニに差し掛かると音無は壁山のすそを引いた。雑誌、発売日なの。手動でドアを開けるとバシバシのまつ毛をした金髪の店員がいらっしゃいませーと平坦に言った。もくもくと立ち読みをする音無の傍らに立って、壁山もマガジンをめくっている。ちらりと視線をやると、いつの間に買ったやら壁山の手首にちいさなコンビニ袋がまるくふくらんで揺れていた。買わないの。雑誌を閉じる音無に壁山は問いかける。今度にする、と、言い出しっぺのくせに率先してコンビニを出ようとする自分を滑稽だと音無は思った。金髪の店員のバシバシのまつ毛の視線が刺さってくるような気がした。
壁山はコンビニを出ると、袋の中身をひとつくれた。あつあつのあんまんを両手で持つと指先がちりつく。あついね、と言うと、仕方ないよ、と返る。あついのをこらえて半分に割ると、熱を持ったあんこがとろりと湯気を発して不意に胃を鳴かせた。壁山はもう半分近く食べ終わっている。おいしい。おいしいよ。音無は断面からすいかを食べるみたいにかじりついた。糖分がじわりとからだに染み渡る。ほんとだ、おいしいね。うん。おいしいと言いたいところがあまりにあつくておいひい、になってしまうことにこみ上げたおかしさが我慢できなくなり、ぶはっとあんこごと吹き出すとうわあと壁山は驚いたようにあとじさった。なになに。んーん、と音無は首を振り急いであんまんの残りを口に押し込んで壁山に後ろから抱きついた。へえちゃんすき。だいすき。
以前、なにがきっかけかはもう忘れてしまったが、なんとなくすきなひとのはなしになったことがあった。音無は目金のかっこよさについてそれはもう気合いを入れて力説し、壁山はにこにことうなづきながらそれを聞いていた。はなし疲れた音無がへえちゃんは、と振っても壁山はなにも言わなかった。ただ黙って、やさしくわらって、静かに目を伏せたきりだった。あのときとおなじ気配が、壁山のからだに回した指をそわりとうずかせる。もしかしたらわたしたちはこのまま恋に落ちられるのではないか、という、絶望的な気配が。ありがとうと壁山はわらった。嬉しいよ、と言いながら、その口調はちっとも嬉しくなさそうだった。どうしようもなかった。否定してくれればいいのに。振り払ってくれればいいのに。壁山の右手のビニル傘がばたんとアスファルトに転げた。ぎこちない秘密はこうして積み重なっていく。だけど、音無は壁山をほんとうにすきだった。それだけは秘密でもなんでもなかった。
音無は学校での壁山がきらいだった。特に、一緒に弁当を食べたあとの壁山がきらいだった。誰よりもはやく誰よりもたくさん食べる壁山は、おおきな弁当箱を片づけたあとにぼんやり特別教棟の方を見ている。吹奏楽部がにぎやかにクシコスポストを演奏していて、壁山は黙ってそれを聴いている。みんなのはなしも聞きながら、注意深く、静かに。音無は知っている。壁山がほんとうに聴いているのは、あのひとがアメリカの小学校の鼓笛隊でやったと言っていた、調子のはずれたトランペットだけなのだ。胃の中であんこがブラックホールみたいにどろりと渦巻いている気がして、ふくらはぎにはうすいかさぶたができている。雨が降ればいいのに、と思った。壁山がすきで、すきで、どうしようもなかった。
雨あがる
音無と壁山。
壁山とあるくと不思議と守られている気がして居心地がいい。さりげなく車道側に立ってくれたり、バスや電車の人混みからおおきなてのひらでかばってくれたりもする。ふるい森のトトロみたいな、気持ちのやさしい壁山。音無がわがままを言うのは今にはじまったことではない。練習のない休日に、なにかと壁山を呼びつけてはあちこち連れまわし、結局なんにも、買い物だとか食事だとかそういったたぐいのことは全く、しないままに帰ってきてしまう。いい加減にしろよなーと宍戸は言うが、音無は一向に気にしない。もちろん断られることも文句を言われることだってちゃんとあるけれど、それはなぜか言わないでいた。音無がなんとなく隠したままで壁山もなんにも言わないから、それはそのままふたりのぎこちない秘密になってしまっている。
結局翌日も目的なんかまるでなく、駅前をふたりでぶらぶらあるいてどうでもいいことをだらだらしゃべるだけだった。壁山の右手にはビニル傘が握られていて、それどうしたのとたずねるとなんか天気崩れるらしいから、とてれくさそうにわらう。コンビニに差し掛かると音無は壁山のすそを引いた。雑誌、発売日なの。手動でドアを開けるとバシバシのまつ毛をした金髪の店員がいらっしゃいませーと平坦に言った。もくもくと立ち読みをする音無の傍らに立って、壁山もマガジンをめくっている。ちらりと視線をやると、いつの間に買ったやら壁山の手首にちいさなコンビニ袋がまるくふくらんで揺れていた。買わないの。雑誌を閉じる音無に壁山は問いかける。今度にする、と、言い出しっぺのくせに率先してコンビニを出ようとする自分を滑稽だと音無は思った。金髪の店員のバシバシのまつ毛の視線が刺さってくるような気がした。
壁山はコンビニを出ると、袋の中身をひとつくれた。あつあつのあんまんを両手で持つと指先がちりつく。あついね、と言うと、仕方ないよ、と返る。あついのをこらえて半分に割ると、熱を持ったあんこがとろりと湯気を発して不意に胃を鳴かせた。壁山はもう半分近く食べ終わっている。おいしい。おいしいよ。音無は断面からすいかを食べるみたいにかじりついた。糖分がじわりとからだに染み渡る。ほんとだ、おいしいね。うん。おいしいと言いたいところがあまりにあつくておいひい、になってしまうことにこみ上げたおかしさが我慢できなくなり、ぶはっとあんこごと吹き出すとうわあと壁山は驚いたようにあとじさった。なになに。んーん、と音無は首を振り急いであんまんの残りを口に押し込んで壁山に後ろから抱きついた。へえちゃんすき。だいすき。
以前、なにがきっかけかはもう忘れてしまったが、なんとなくすきなひとのはなしになったことがあった。音無は目金のかっこよさについてそれはもう気合いを入れて力説し、壁山はにこにことうなづきながらそれを聞いていた。はなし疲れた音無がへえちゃんは、と振っても壁山はなにも言わなかった。ただ黙って、やさしくわらって、静かに目を伏せたきりだった。あのときとおなじ気配が、壁山のからだに回した指をそわりとうずかせる。もしかしたらわたしたちはこのまま恋に落ちられるのではないか、という、絶望的な気配が。ありがとうと壁山はわらった。嬉しいよ、と言いながら、その口調はちっとも嬉しくなさそうだった。どうしようもなかった。否定してくれればいいのに。振り払ってくれればいいのに。壁山の右手のビニル傘がばたんとアスファルトに転げた。ぎこちない秘密はこうして積み重なっていく。だけど、音無は壁山をほんとうにすきだった。それだけは秘密でもなんでもなかった。
音無は学校での壁山がきらいだった。特に、一緒に弁当を食べたあとの壁山がきらいだった。誰よりもはやく誰よりもたくさん食べる壁山は、おおきな弁当箱を片づけたあとにぼんやり特別教棟の方を見ている。吹奏楽部がにぎやかにクシコスポストを演奏していて、壁山は黙ってそれを聴いている。みんなのはなしも聞きながら、注意深く、静かに。音無は知っている。壁山がほんとうに聴いているのは、あのひとがアメリカの小学校の鼓笛隊でやったと言っていた、調子のはずれたトランペットだけなのだ。胃の中であんこがブラックホールみたいにどろりと渦巻いている気がして、ふくらはぎにはうすいかさぶたができている。雨が降ればいいのに、と思った。壁山がすきで、すきで、どうしようもなかった。
雨あがる
音無と壁山。
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