ヒヨル 消失点ラムダ 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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すかすかと頼りなくなった首の後ろを撫でながら、影野はもう何度か読み返したメールの文面を再度ゆっくりと読んだ。円堂から一斉送信で送られたそのメールにはすでに返信済みのマークがついていたが、それにも構わず影野の親指がゆっくりと画面を下げていく。ばらばらになる前に一度みんなでまた会おう、という内容のそのメールは、円堂らしい簡潔なあいさつとメールの主旨、それから手際よくもうすでに決まっている日時と場所、なにかあったらと自身の連絡先を表記して、忙しいと思うけど来れたらぜひ来てほしい、という言葉が締めて終わっている。どうしようかな、と影野は思った。もう不参加の返信をしているはずなのに、それでもどうしようかな、と思っている。円堂の提示した日付は引っ越しの日と見事に重なっており、ただでさえこういう集まりの苦手な影野を渋らせた。にも関わらず、今さらのように悩んでいるのはやっぱりあの頃がそれなりに楽しかったからなのか、と、影野はぱちりと携帯を閉じて荷造りに戻る。
円堂からはこれまた簡潔な返事を返信したその日に受け取った。残念だ。少しでも時間があったら来てくれ、というその内容をこちらも何度も影野は読み返す。円堂は中学生の頃の熱意もどこへやら、引く手あまただったスポーツ推薦の申し出をすべて蹴って普通高校へ進学した。なにもせず、ただ学校にだけ行っていたらしい。高校に入学したばかりの頃、たまたま道で会って少しだけ話をしたが、円堂はその選択を後悔する素振りも見せなかった。影野自身もサッカーからはすっぱりと手を引いてしまっていたので(ひとには向き不向きがあるのだということだけは、しっかりと学んだ)、ふたりともことさらそのことばかり話した。数ヵ月前まで当たり前だった世界のことを。数ヵ月前まで当たり前のようにそばにあったそれを、手放してしまったことを悔やむふりをして。本当は誰より円堂が悲しかったに違いない。理想はあのときに完全な形で完結してしまっていた。
財布を片手に影野は立ち上がる。今日の昼はコンビニで済ませようと家を出た。ゆるんだ日差しがやわらかく、それでもときどき吹くつめたい風が髪の毛を舞い上げる。河川敷には菜の花がまぶしいくらいに咲き乱れていて、その向こうのグラウンドを駆け回るたくさんの人影をにじませていた。にぎやかな声が響いてくる。幸福なその声。ほそい指を擦り合わせるようにしながら、影野はゆっくりとそこを通りすぎた。懐かしさに足がためらってしまうのかとも思ったが、いざそれに直面しても自分は振り返ることすらしない。あそこで駆け回るうちの一体何人が、サッカーをずっと続けていくのだろう。一体何人が、現実に直面してもなお、それを選びとるのだろう。自分にできなかったことを後悔はしない。それでも影野は考えずにはいられなかった。
コンビニの前に数人がたむろしていて、影野は思わず足を止める。集まって携帯をいじっていたうちのひとりがぱっと顔をあげ、あ、と短く言ってまっすぐこちらに走ってきた。びくりと立ちすくむ影野のあたまを両手でつかみ、えんどーお、と松野は声を張り上げた。バカいっぴき捕獲!その言葉にあとの三人がこちらを見て、それぞれ驚いたような顔をした。影野!松野に引きずられるように輪に入った影野の肩をかるく押すようにして、半田があかるく声を上げた。久しぶりだな。相変わらず暗いし。ああうんと適当に言葉をにごしてわらうと、円堂がちらりと影野を見ておまえ髪の毛どうしたの、と言った。どこやったんだよ。うお、と半田も驚いた顔をして、松野につかまれたままの影野のあたまをいろんな角度からしげしげ眺める。なんか新鮮だなー。半田はへらっとわらい、松野があたまをがたがたと揺さぶった。
円堂はもうあの頃トレードマークだったバンダナをつけていない。むき出しの額にこわい髪の毛が落ちかかっていて、それをてのひらでひといきにかき上げる。つっ立ったままの染岡が松野の背中をかるくげんこつでこづいた。やめてやれよ。松野はにやっとわらって手を離し、おいバカゲノ、おまえラッキーだったな、となぜか偉そうに言い放った。ラッキー?くしゃくしゃの髪の毛を手で直しながら影野が問いかけると、今からめし行くんだよと半田が言った。影野も来いよ。いいの。いいよ、おまえ今度来れないんだろ。先に追いコンやってやるよ。秋と夏未も来る。携帯に視線を落としたまま円堂は言った。告るんなら今のうちにやっとけよ。しないよ、と影野はうろたえ、なぜかそれと同時に松野に膝のうしろを蹴られた。
あー来た、と半田が道の向こうを見たとたん、松野が染岡の腕を引いてかけ出す。あーき!なーつみー!途中で染岡をぽい捨てして、並んで歩いてくるふたりに同時に抱きつく松野の背中を見ながら、円堂はなんでサッカーやめたの、と影野はそっとたずねた。円堂はそれには答えず、髪切っちまったんだ、とひとりごとみたいに呟いた。これでますます戻れねーな。戻る気なんてないくせに。影野はちいさくわらった。円堂は影野を見上げ、似合うよ、と言う。似合うよ、その髪型。影野は無言でまたわらい、こちらに懐かしげに手を伸ばしてくる木野と指をからめた。影野くんかわいい。木野の指はほそくつめたく、余った片手を何気なく夏未に伸ばすとためらいなく握り返されたので驚いた。
あの頃が完全に完結した理想だったとはいえ、その向こうにはまだまだ道がはるかに伸びていて、今自分がそこに立っていることに、影野は何度でも何度でも新鮮に驚く。頼りなくすかすかの首の後ろに誰かが触れて、そのてのひらを脈々と打たせるものをいとおしいと思った。たくさんのものを取り戻せないと、捨ててゆきながら嘆きながら、だからこその理想だったのかと影野は軽くなったあたまをそっと空に向けた。ときどきまぶしく思い出す、その記憶だけで満たされる。もうサッカーではないもので繋がっていられる。選ばなかった別の道に思いをを馳せることもない。現実に洗われて消えてゆくものものを、かなしむことなく見送れる。あの頃からすでに誰ひとり孤独なんかではなかった消失点ラムダの日々。







消失点ラムダ
影野。スワンカローク窯後日談。
リクエストありがとうございました!できるならもっと大勢出したかったです。
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