ヒヨル かげののはなし 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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放課後の楽しみはカバンを置いてジャージに着替えてひたすら長距離をはしることで今日も帰ったら着替えを洗濯機のそばにまとめて置いてかしゃかしゃした素材のジャージの上下に着替えて腕時計をはめて家を出る腕時計にはストップウォッチ機能はついていないのでディジタルの数字がちょうど00になったときに走り出すのだがこれがけっこう得意で00になる瞬間にくっとからだを前に倒して走り出すことができるマンションの敷地のまわりをぐるりとおおまわりして近くの公園を二周と半分してから河川敷をまっすぐはしってグラウンドをこれもおおまわりして折り返しそのままおなじコースでマンションに帰るとちょうど二時間くらいになるだいたい自分の時速から考えると十四キロか十五キロくらいだと思うのだが日によってそれが遠く感じたりやたら近く感じたりするのではっきりしたことはわからない今度マネージャーに七キロのタイムを計ってもらっておなじ速さで走ってみようと思っているのだがどうにもそれを頼みこむことができないでいるスニーカーのかかとの部分には緩和材がはいっていてこの部分に体重をかけるとくっと沈むのでその感触が気に入っているが走っている以上すり減るのは足の前半分ばかりだもくもくと走っているといぬを散歩させているひとと必ずすれちがうがそのときだけすこし走るスピードがあがるのでかっこわるいと思う走っているとだんだん感覚がとおくとおくなっていって指先やつま先ばかりが研ぎ澄まされていくような奇妙な感覚になっていく風にひるがえる髪の毛の先にまで神経がゆきわたるような一種の恍惚感にアドレナリンがどばどば出まくっていることを感じるああ生きているいきているそのリズムで足を地面におろしている走ることはすきだなんだかものすごく自分と向き合っている気がするからすきだちらりと腕時計を見ると走り出してまだ三十分しかたっていないのですこしスピードがはやすぎたかなとゆっくり速度をおとしていくこのままの速度だとグラウンドをまわるころにはのどがかわいてしかたがなくなるのでそこらへんのさじかげんが大切だうつむいて走っているとときどき女に間違われる(髪が長いからだ)だけど手袋もつけないし携帯を持って走ったりもしないし他の人にまったく興味もないので落ちている手袋を拾ってやるようなことは絶対しないときどき声をかけてくるような人もいるけどそういう人も無視してがんがん走る世の中にテレビの中のようなことはそうそう起こったりはしないのだそれに女だったらまだしも俺は男だしやさしくもなんともないから余計そんなことはしない人とかかわることなんて正直やりかたもわからないしめんどうくさいだけど走っているとそんな風に自分がどんどん見えてくるのでおもしろいと思うだけどこうでもしないと自分を見ることさえできない毎日まいにち走っていると話すとまわりはだいたい驚くしそれを努力みたいなものとはき違えたりもするけど俺にはこうすることしかできないから走っているもっと別のことで補うことができるのならそうしたいとは思うが他のものなんて今の自分には見つけられそうもないので走ることしかできないだんだんのどのおくのほうがぎゅうとしまってこの感覚が気持ちよかったりするあと一時間もう少し速度をあげてみてもいい走っていると生きているいきているとからだがいうので俺はきっと走っている冬の夕方がいたいくらい晴れているので明日もきっと晴れるし明日も走る生きているいきているとからだがいうのでだけど俺にはなにも見えてこないしなにも見つからない生きているということしか今の俺はしらないああはらがへったのどがかわいたかあさん今日の夕飯なに。





冬の夕方はいたいくらい晴れ
影野。読みにくいです。
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真冬の朝の通学路は限りなくしろに近いはいいろにくもっていて、ゆきかうたくさんの子どもの群れから立ちのぼる息だけが、生気をおびてなまなましくしろい。
たったひとり黙々と影野はあるく。それは本当にただあるいているだけなのだが、ひとによってはひどく陰鬱に、つらそうにみえるらしく、悩みがあったらいつでも聞くとかなんとか、影野のもっともきらう脳筋教師ばかりがそんなかたちだけのなぐさめをする。悩みならある。だけどそれを言葉にするのもめんどうだし、口にだしたとたんにそれはみごとなうそにばけるだろうから影野はなにも言わない。なにも言わずに黙々とあるく。
歩道とのあいだをきえかけた一本のしろい線のみでわかたれた二車線の道路を影野は毎朝かよう。もっと安全でべんりな通学路がほかにあるし、影野の家からはそう大差のあるものではないが、学校へかようにはとおまわりと言えなくもないので、大半の生徒はこの道をとおらない。来年の春からはこの道は完全に通学路からはずされるらしい。事故多発、の立てカンがながいこと設置された交差点を、いちにちに二度影野はかならずとおる。
影野があるくすぐわきを、巨大なタイヤのトラックが腹のそこにひびく音をたててはしってゆく。その反対側、つまり歩道側には、かまえはぱっとしないが大盛況の動物病院がある。駐車場にとまったしろいムーヴから、ちゃいろとあおのかごにいれられた、ねこだかいぬだかを抱えた女がおりてきた。影野は生きものがすきではないのでこの病院もあまりすきではないのだが、まだわかいその女は、どこかうつろな目でちらりと一度影野を見た。絶望、のふた文字が影野の脳裏をかすめる。女はじつにそのふた文字が似合う顔をしていた。あわただしく病院へきえていく女を影野はなんでもないようにながめた。
生きものはあまりすきではないが、巨大なタイヤのトラックは影野はきらいではない。むしろもし万が一、寿命や病気のほかで命をおとしてしまうようなことがあるなら、このような巨大なタイヤにまきこまれてそれをおとしたい、と思う。そうしたら事故多発の立てカンはあたらしいものにかわるかもしれないし、春をまたずに学校の地図の、この道にあたる部分はあかいラインでぬりつぶされるだろう。
来年の春からも影野はこの道をかよう。半期にいちど提出をもとめられる通学路調査に、影野は毎回うそを書いてだす。だったら万が一あの巨大なタイヤにまきこまれてしまうことがあれば、むしろ責められるのは自分なのだろうかと影野は思った。虚偽の申告というのは、社会ではゆるされないことらしいが、だったら自分がしたことはなにに当たるのだろうと影野は考える。悩みおおき思春期の少年の、管理教育にたいするささやかな反抗とでもとらえられるのだろうか。それならそれでかまわないとも思う。口にだしたとたんに自分の感情なんかはまるきりうそにばけるのだ。たとえなんと言われようと、本当のことでなければなにもかもおなじことでしかない。
あつい雲のむこうで、朝日がねぼけたきんいろの円盤になっている。たちどまってそれをしばらくながめていると、動物病院からさっきのわかい女がでてきた。かごを腕にとおして、手にはしろいタオルでくるまれたなにかを抱いている。どうやらないているらしいその女の手のなかのタオルから、だらりと力なくふさふさしたしっぽがたれ下がっている。
女はまた影野を見た。やはりうつろなその目は、今はまっかに充血していた。マスカラがながれてひどい顔をしていた。呆然とたちつくす女の腕に抱かれたなにかに、触れるべきなのかそうでないのか影野は一瞬まよい、結局なにもせずにたちさった。ねぼけたきんいろの円盤はとうに雲におおわれてしまい、巨大なタイヤのトラックはもう見ることさえかなわない。
もしあの感触に似たようなものにめぐりあい、それに触れることができたなら。影野は思う。もしかしたらうそではない本当のことを口にだすことができるのかもしれない。しかしそれを求めるには影野は無力すぎて、こわがるものがあまりにもおおいしかなしみのなんたるかすら、まだしらない。
事故多発の立てカンのある交差点で巨大なタイヤにまきこまれたなら、あの女のようなうつろな目で見おくってほしい。それがかなうならそのほかにはなにもいらないと影野は思う。そうしたら次は生きものがすきでたまらないようにうまれてきて、あの女の手に抱かれたなにかに、やさしくやさしく触れてみせる。
そんなことを考えている間に学校についてしまった。校門には朝からやけにげんきな脳筋教師が、腹にひびくあいさつの声をはり上げてたっている。だけど自分はとうぶんあのタイヤにまきこまれるようなことはしないつもりだし、だったら生きものだってしばらくはすきにならない。だからまだあの感触にかわるなにかをずっとさがすのだろうし、だとすると自分のうそぶくことはこれからもうそのままだ。ざまあみろ。影野はあたまを下げるだけのあいさつを返し、なんだ朝からげんきないなと脳筋教師にわらわれる。そのうしろにはねぼけたきんいろの円盤がうかんでいて、見るまにねこの目にかわるそれが、にゃあとまたたく。





猫目はつふゆのくもりをたちわってきみにひかれむあの交差点
影野。
その日の影野は遅くまで部誌を書いていた。
多くの言葉を持たない影野は自分の考えを文字にしてみせるのが苦手で、他の部員が十分程度でさらさらっと書いてしまうそれを、その三倍も四倍も悩みながら書く。
その日もえらく悩みながら、でもなんとか一ページを埋めた。部室のトタン屋根にはごうごうと雨が降り注いでいて、ロッカーの中に常備しているやすいビニル傘を取り出した。
外に出ると雨が想像以上にすさまじくて、でもそれより雨水が滝のように流れ落ちるひさしの下に、肩を並べて座りこんでいた栗松と少林寺の姿に影野は驚いた。声をかけることもできずにいる影野に、あっ先輩おつかれさまですとふたりはのん気に頭を下げる。
鍵をかけながら、何をしているのか問うと、傘を忘れて、しかも強行突破もできないくらい本降りになってしまって困っていると、状況のわりにはのほほんと言う。ぱんと傘を開いて手まねきしてやると、ふたりは驚いたように顔を見合わせて、それでもちょこちょこと傘に入ってきた。ふたりとも影野よりずっと背がひくい。
職員室に寄って鍵を返し、三人連れだって校門を出る。家は。あっちです。ふたりは同じ方向を指差して、そうかと影野はつうとそちらに曲がる。持ちましょうかと栗松が気を利かせるが、どう考えても一番背の高い自分が持つのが合理的だと影野は思い、首を振った。振ってから後悔する。毛先が万一どちらかの目に入っては危ないと、傘を持っていない手で髪をうなじから胸元にまとめて持ってきた。ついでに肩にかけた鞄も背中の方にやってしまう。少林寺が先輩気ぃ遣わなくていいですよと言うので、影野は空いた手で頭を撫でてやった。
影野をはさんで栗松と少林寺はよくしゃべった。部活が終わってひさしの下にしゃがみこんでからもだいぶ時間があっただろうに、それでよくこんなにしゃべることがあるなと影野はなんとなく感心した。盗み聞きのようでなんとなく後ろめたかったので、なるべく話の内容を聞かないように意識していたら、先輩先輩と制服のはしをちいさな手が引く。
俺んちこっちなんで。少林寺が三つ辻の一方を指す。あっじゃあ俺走って帰るでヤンス。先輩は少林寺を送ってほしいでヤンス。栗松がそう言って鞄を頭に乗せようとするので、影野はぽんぽんとその肩をたたき、少林寺の背中と傘を栗松の方に押しやる。
頼む。ええっ先輩濡れちゃいますよ?俺が走って帰りますよ。俺が俺がと口々に言うふたりの頭を順番にそっと軽くおさえてやって、栗松の手に傘を握らせる。影野の手のつめたさに、栗松はびっくりしたように一瞬手をひっこめるが、それでも傘の柄を受け取って、不思議そうに影野を見上げる。
俺逆方向だから。くるりと背中を向けて、大雨の中歩き出す影野の耳に、ひと呼吸おいてええーというふたりの大声が届いた。それと同時に影野は駆け出す。なんとなく愉快な気持ちになってすこしわらった。聞かれなかったからなぁと心の中で言い訳をして、仲良く帰っていればいいとまで思った。
水溜まりをざぶざぶと渡った。空はまるで鉛のようで、ないているようなひどい雨だった。胸の前に回した髪は走るたびにばらばらとほどけて、水分をたくさん吸ってひものようになった。制服はずぶぬれで、靴もめちゃくちゃで、教科書もぬれたろうけれど、でも今日は金曜日だから構わない。




ある金曜
豪雨の話。ただすきな三人をくっつけて出したかったおはなし。
やさしい先輩と、かわいがられる後輩。
4番のディフェンスは大したことないなと、土門ははなから当たりをつけていた。
それもプレイ云々ではなくて気概が足りない。難しい話だ。
中学生だもんなぁと土門は携帯を開いて番号を呼び出す。実力伯仲ならより強く勝ちたいと、勝たなければと思う方が勝つに決まっている。
だから土門に負けはない。
練習試合で新入りに早々とベンチに引きずり下ろされ、それでも文句のひとつも垂れることのないあの4番を、今では同情だってできる。勝てば官軍、いつだってそうだ。
意外と繊細で正確なプレイをする物静かな4番を、土門はしかし嫌いではなかった。同じディフェンス陣の、やたら神経質でいけ好かないポニーテールや、土門が苦手な、ノリと勢いでなんでもできてしまうようなタイプの一年生二人よりは、ずっと。
派手な活躍こそないものの、いつの間にかいて欲しい場所にいるあの長髪の4番を、それでも土門は最初に選んだ。あの中ならば一番、蹴落としやすいと思ったからだ。
キャプテンが実力主義でよかったよねぇと心中かすかにわらう。帝国仕込みのサッカーだ。次も間違いなくスタメンだろうと土門は確信している。
いざ電話をかけようとしたときに、視界の端にその姿がちらりとよぎって土門は携帯を閉じた。肩から鞄を下げた影野が、こちらに向かって歩いてくる。
土門に気づいて、それでも足は止めなかった。いつも裏門から帰るらしい。辛気くさいから止めろと、いかつい顔の坊主頭はそれを見るたびに怒っている。
歩くたびに長い髪がさらさらと揺れる。足を止めずに、土門をちらりと見て、少しだけ頷くように頭を下げた。ひょろりとした猫背気味の影野は、そのまま前を通りすぎる。
ごめんね。目の前をよぎる指通りの良さそうな髪の毛に話しかけるように、土門は言った。レギュラーもらっちゃって。悪いね。
別に。そっけなく影野は言った。円堂が決めたならいい。それは心底そう思っているようだった。
認めちゃうんだ、俺の方が上手いの。たたみかけるようにそう言うと、影野は肩越しに振り向いた。口数が少ないし、長い髪に覆われて表情がわからない。それが不気味だと、チームメイトすら影野を敬遠する。
ああ。わずかばかり考えてから、影野は頷いた。うん。認める。
そっか。いいことだよ。自分の実力を客観的に見られるってことはね。土門はわらって言った。友達にするならお前みたいなやつがいいよね。
それは少しだけ本心だった。誰も彼もあつくるしい馬鹿ばっかりの中で、どこかひやりとした影野の側はなんとなく落ち着いた。
誰ひとり自分からは他人に心を開こうとしない、帝国の雰囲気に少しだけ似ていた。実力主義でぎすぎすととがっていくばかりの、あれは嫌な場所だと土門は思い始めている。
まぁ嫉妬しちゃうよ。だからそう言う。上手くなくてもいいみたいに言えるなんてね。
影野は何も言わずに、ちょっとわらった。その顔が思った以上にやさしくて、土門は思わず言葉につまる。
何か言おうとしたのか、鞄を肩に掛け直しながら、しかし影野は土門の手元を指差した。電話。鳴ってる。
はっと手の中の携帯を見下ろした。サイレントモードのイルミネーションがちかちかとあかく光っている。
慌てる土門に背を向けて帰ろうとしている影野の髪を、思わず手を伸ばして掴んだ。低い、くぐもった声がこぼれる。
掴んだつめたい長い髪と、手の中で音もなく鳴り続ける携帯を交互に見て、土門は急に泣きたくなった。
抵抗くらいしろよなと、おとなしく髪を掴ませている影野に視線をくれた。影野はいたいと言った。どうしようもなかった。
嫉妬してしまう。何にも染まらずに、もがくこともせずに、自分の居場所をちゃんと知っているような、そしてそれに満足しているような振る舞いに。
とんでもなくやさしいその後ろ姿に、無性に抱きつきたくなった。引きずり下ろして傷つけたはずだったのに、気づけば全部自分に返ってきていた。こんなに滑稽なことはない。
髪をぐいと引いて、結局それをしてしまった。ずたずたにした頬に触れた髪がひんやりとして、腕を巻きつけた首がほそくて、それだけでどんどんとかなしくなった。
携帯は落とした。あとからめちゃくちゃに怒られた。古傷が痛むので明日は天気が悪いだろうと土門が言ってやると、じゃあ中履きがあった方がいいと影野は言う。
かなしいのにわらってしまった。どうしようもなかった。終わってしまったことなので、どんなに願っても元には決して戻らない。
今日がまた終わってしまうと土門は目を閉じた。明日もまた嘘だらけの時間がやってくる。腕に少しだけ力をこめても影野は動かない。そのほそい首がとんでもなく、やさしい。





確実に今日は終わる
土門と影野。
ふと肩の辺りに這い寄る寒気に目を開けた。
部室はしんとして寒く、暗い。もうひとの気配もしないそこに、少林寺はなるべく音を立てないように立ち上がった。
ひざから転げ落ちたスパイクがコンクリの床と触れあい、かちりとつめたい音を立てる。それだけのことにもちいさな肩をすくめて、少林寺はジャージの前をかき合わせる。
待っていようと思ったのだ。学年問わず一日ごとに回される活動日誌の、今日はあのひとが当番だったから。
待っているうちに寝てしまったらしい。ロッカーと壁の隅におさまるように眠っていたため、首の付け根が痛かった。そこをさすりながら、ふあぁとあくびをする。
どうせもう帰ってしまっているだろう。早く帰ろうと鞄を肩にかけて、ロッカーの影から顔をのぞかせたところで、少林寺の足は止まった。
足の長さが違うがたがたの机と、背もたれがばかになったパイプ椅子のお粗末な記入用デスクに、あのひとが突っ伏していた。
長くすべらかな髪が、その痩せた背中にも肩にもするすると流れて、伏した机に水のように広がっていた。切れかけた蛍光灯にちかちかと照らされたその背中に、少林寺は息を飲んだ。
先輩?ちいさなちいさな、ため息のような声で、少林寺は呼びかける。返事はもちろんない。出っぱった左のひじにも、その細い髪の毛が流れ落ちている。
そっと机の上を覗きこむと、開きっぱなしの日誌が髪の毛に埋もれていた。ちいさい字が几帳面に並んでいる。
指先をしずかにそこにすべらせた。ひんやりとした紙の感触と、砂粒のざらざらした痛み。髪の毛にわずか指が触れて、びくりと弾かれたように少林寺は手を引っ込めた。
心臓がばくばくと高鳴っている。泣きわめいているそこに上からてのひらを当ててぎゅうとおさえた。
うつ伏せた腰の辺りで、ジャージがやわらかくしわになっている。成長を見越していくつか大きいサイズを買ったのだろう、その胴回りは少林寺くらいならすっぽりおさまってしまいそうなほど余っている。
肩の辺りもだぶついた、そのすき間に一度でいいから入れてもらいたいと思った。あたたかいのだろうか、つめたいのだろうか。だけど少林寺はその手にすら触れたことがない。
意を決したように、おずおずとジャージのすそに手を伸ばした。そこを、親指と人さし指でぎゅうと強くつかむ。
待っていようと思ったのだ。なんでもいい、なにかしゃべってみたいと思ったのだ。誰とも好んでは言葉を交わそうとしない、やさしくさびしい横顔をしたこのひとと。
誰もが彼を敬遠する。自分もおなじなのだと、どうかそれだけは思われたくなかった。語るべきことばなんか、あげられるものなんか持たないけれど、だけど。
(さびしい)
(俺も、きっとさびしい)
しわになるほどジャージを握りしめた。もう離したくはないと思った。このままはりついて、ずっと傍にいたいと思った。
起きたのか?
やわらかな声が耳に届いた。顔をあげる。机にうつ伏せたまま、身じろぎもせず影野が言った。
寒かったろう。
その声を聞いたとたん、ぼろりと頬にこぼれたそれが、涙だとはわからなかった。だけどあまりにもたくさん、いくらでもいくらでもそれは頬を伝うものだから。流れていくものだから。
待ってようと思ったんです。ようようそれだけを言った。待ってたかったんです。
影野はそっとからだを起こし、出っぱった左のひじを伸ばして少林寺の背中をそっとおさえた。やわらかく抱き寄せるように。
ありがとう。
おずおずと発されたその言葉に、思わず抱きついたからだは痩せていた。すかすかのジャージのその中に、入れてもらいたいと思った。どうせ。
(俺も先輩も、さびしい)
椅子にすわった影野の上に、少林寺は抱えあげられた。あやすように背中を撫でるてのひらに、涙はいくらでも流れ出た。
なにも聞かず、なにも語らず、今いちばん近い場所にいることが嬉しかった。どうせさびしいふたりなのに。
先輩がいてうれしい。
つぶやいた言葉は、届かなくてもいいと思った。顔をうずめたうすっぺたい影野のからだの奥で、心臓がしずかに動いている。
やさしい音だった。やさしすぎて泣けるほど。
そうして少林寺はまた涙をこぼした。そんなわずかな言葉さえ、拾いあげては飲み込んでくれる。
もうさびしくはなかった。このひともそう思ってくれたら。そんなことを思いながら少林寺は目を閉じる。しゃくりあげるその背中には、影野がてのひらを置いてくれる。はりついてずっと傍にいたい。こんなことさえふたりなら叶う。



プリズム
影野←少林寺
接し方がわからずにぐるぐるしてしまう少林寺と、来るものは拒まない影野。
少林寺が待ってることを知っていて、それを待っていた影野のおはなしです。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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