ヒヨル プリズム 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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ふと肩の辺りに這い寄る寒気に目を開けた。
部室はしんとして寒く、暗い。もうひとの気配もしないそこに、少林寺はなるべく音を立てないように立ち上がった。
ひざから転げ落ちたスパイクがコンクリの床と触れあい、かちりとつめたい音を立てる。それだけのことにもちいさな肩をすくめて、少林寺はジャージの前をかき合わせる。
待っていようと思ったのだ。学年問わず一日ごとに回される活動日誌の、今日はあのひとが当番だったから。
待っているうちに寝てしまったらしい。ロッカーと壁の隅におさまるように眠っていたため、首の付け根が痛かった。そこをさすりながら、ふあぁとあくびをする。
どうせもう帰ってしまっているだろう。早く帰ろうと鞄を肩にかけて、ロッカーの影から顔をのぞかせたところで、少林寺の足は止まった。
足の長さが違うがたがたの机と、背もたれがばかになったパイプ椅子のお粗末な記入用デスクに、あのひとが突っ伏していた。
長くすべらかな髪が、その痩せた背中にも肩にもするすると流れて、伏した机に水のように広がっていた。切れかけた蛍光灯にちかちかと照らされたその背中に、少林寺は息を飲んだ。
先輩?ちいさなちいさな、ため息のような声で、少林寺は呼びかける。返事はもちろんない。出っぱった左のひじにも、その細い髪の毛が流れ落ちている。
そっと机の上を覗きこむと、開きっぱなしの日誌が髪の毛に埋もれていた。ちいさい字が几帳面に並んでいる。
指先をしずかにそこにすべらせた。ひんやりとした紙の感触と、砂粒のざらざらした痛み。髪の毛にわずか指が触れて、びくりと弾かれたように少林寺は手を引っ込めた。
心臓がばくばくと高鳴っている。泣きわめいているそこに上からてのひらを当ててぎゅうとおさえた。
うつ伏せた腰の辺りで、ジャージがやわらかくしわになっている。成長を見越していくつか大きいサイズを買ったのだろう、その胴回りは少林寺くらいならすっぽりおさまってしまいそうなほど余っている。
肩の辺りもだぶついた、そのすき間に一度でいいから入れてもらいたいと思った。あたたかいのだろうか、つめたいのだろうか。だけど少林寺はその手にすら触れたことがない。
意を決したように、おずおずとジャージのすそに手を伸ばした。そこを、親指と人さし指でぎゅうと強くつかむ。
待っていようと思ったのだ。なんでもいい、なにかしゃべってみたいと思ったのだ。誰とも好んでは言葉を交わそうとしない、やさしくさびしい横顔をしたこのひとと。
誰もが彼を敬遠する。自分もおなじなのだと、どうかそれだけは思われたくなかった。語るべきことばなんか、あげられるものなんか持たないけれど、だけど。
(さびしい)
(俺も、きっとさびしい)
しわになるほどジャージを握りしめた。もう離したくはないと思った。このままはりついて、ずっと傍にいたいと思った。
起きたのか?
やわらかな声が耳に届いた。顔をあげる。机にうつ伏せたまま、身じろぎもせず影野が言った。
寒かったろう。
その声を聞いたとたん、ぼろりと頬にこぼれたそれが、涙だとはわからなかった。だけどあまりにもたくさん、いくらでもいくらでもそれは頬を伝うものだから。流れていくものだから。
待ってようと思ったんです。ようようそれだけを言った。待ってたかったんです。
影野はそっとからだを起こし、出っぱった左のひじを伸ばして少林寺の背中をそっとおさえた。やわらかく抱き寄せるように。
ありがとう。
おずおずと発されたその言葉に、思わず抱きついたからだは痩せていた。すかすかのジャージのその中に、入れてもらいたいと思った。どうせ。
(俺も先輩も、さびしい)
椅子にすわった影野の上に、少林寺は抱えあげられた。あやすように背中を撫でるてのひらに、涙はいくらでも流れ出た。
なにも聞かず、なにも語らず、今いちばん近い場所にいることが嬉しかった。どうせさびしいふたりなのに。
先輩がいてうれしい。
つぶやいた言葉は、届かなくてもいいと思った。顔をうずめたうすっぺたい影野のからだの奥で、心臓がしずかに動いている。
やさしい音だった。やさしすぎて泣けるほど。
そうして少林寺はまた涙をこぼした。そんなわずかな言葉さえ、拾いあげては飲み込んでくれる。
もうさびしくはなかった。このひともそう思ってくれたら。そんなことを思いながら少林寺は目を閉じる。しゃくりあげるその背中には、影野がてのひらを置いてくれる。はりついてずっと傍にいたい。こんなことさえふたりなら叶う。



プリズム
影野←少林寺
接し方がわからずにぐるぐるしてしまう少林寺と、来るものは拒まない影野。
少林寺が待ってることを知っていて、それを待っていた影野のおはなしです。
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