ヒヨル かげののはなし 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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ホイッスルがつめたい空気を裂いて高々と鳴り響いた。
目金は中指で華奢なフレームのメガネを押し上げる。ほそくつり上がった、平常でもきつい目でベンチの端を眺めた。そこには影野がひどく居心地が悪そうに座っている。
「隣、いいですよね」
高飛車に問いかけると、影野は視線をグラウンドに向けたまま、右のてのひらでベンチの隣をそっと擦った。
目金はそこにどすんと腰を落とす。背が高いが猫背気味の影野の顔は、目金のそれのわずか上にあった。にらむようにその無表情の横顔を眺め、苛立ったように目金は立ち上がる。
「もう少し真ん中に来たらどうなんです。辛気くさい」
影野はやはり何も言わなかった。ただ、グラウンドを見ている。見つめている、というような真剣さはない。精々が、眺めているといった具合だ。
視線も反らさないのに、熱意もない。ああーと目金は一度足をだんと地面に叩きつけた。
「聞いてるんですか」
「聞いてる」
言葉が返ってきたことに、目金はややひるんだ。ベンチも常連だというのに、このチームメイトとまともに言葉を交わした覚えは、そういえばない。
長い髪の間から、耳の先が覗いている。その耳は飾りじゃなかったんですね安心しましたと、目金は皮肉を吐いてわらった。
グラウンドから歓声がわき起こる。シュートを決めた豪炎寺に、皆が笑顔で次々と駆け寄っていく。
影野は立ち上がらない。ただ、喜びにわくチームメイトを、他人事のように眺めている。
目金はグラウンドの中の騒ぎを冷ややかに一瞥すると、ふたたび影野の隣に座った。肩に引っ掛かっている髪の毛をひとふさ取り上げて、それを指先でいじる。
「僕らは何をしているんでしょうね」
枝毛でも探すように、広げた毛先に顔を近づけてじっくり見ながら、目金はひとりごとのように言った。
髪の毛はすべらかで冷たかった。手にとって、少しだけ罪悪感に喉がきしむほど。
そのとき、強い風が吹いた。ぶわりとその手の中から髪の毛がさらわれる。目金は思わず影野を見た。その突風に、長くすべらかな髪は舞い上げられ、吹き散らされ、風をはらんで広がって
影野の横顔を一瞬だけさらした。
目金は思わず手を伸ばした。それは本当に一瞬の出来事だった。長く重たい前髪の下の、それは。
伸ばした目金の手に、髪の毛のひとふさがふわりと落ちてくる。それはすべらかで冷たかった。
「あなた」
言葉を必死で選びながら、目金はあえぐように声を上げた。影野が目金をそっと見た。髪の毛を目金の手の中に掴ませたまま。
「何も言うな」
そうしてそのうすいくちびるはやわらかく動いた。たしなめるでも、諭すでも、懇願するでも命令するでもなく、ただ。ひどくやさしくそう言った。それだけを、ささやくように言った。
「い」
目金は深呼吸をした。何を言いたいのかわからなかった。隠す理由ならこれ以上なく理解できて、しかしこれは揶揄でも同情でもなかった。もっと刹那的な、痛いほどの感情だった。
影野が立ち上がった。目金のてのひらの中から髪の毛がするりと逃げていく。つま先を軽くとんとんと地面に打ち付け、髪の毛を翻して影野は走り出す。
「何ぼーっとしてんの?」
入れ替わりに戻ってきた土門が、受け取ったスポーツドリンクを飲みながら問いかけた。いいえなんでも、と目金はグラウンドを見る。
気づかれたくはなかった。心臓がやたらに鳴っている。逃げていったあの髪の毛。てのひらに残された、その感触。
(僕らは何をしているんでしょうね)
今なら言いたかったことが少しだけわかる。やろうと思えば言葉にできるかもしれない。
だけどそんなことは言えまいと目金は足を組んだ。隣に土門がいる。その存在は目金を圧迫する。影野は遠くにいた。隣にいても、触れていても、圧迫しない唯一のひと。
サッカーなんてできなくてもよかったが、居心地はひどく悪かった。辛気くさくてもよかった。隣が影野であればよかったのだ。
(あなたでないと僕はいやだ)
だから目を反らすことすらできない。恐らくは誰一人見ることの叶わない、彼のすべらかで冷たい髪の毛の、その下から。


(僕は何をしようというんでしょうね)
(あなたに対して)





目金と影野。
ベンチな二人。あと向かい合わせで暗くチャーハン食べてた二人。仲がいいんじゃなくて、変な連帯感。
目金のしゃべり方がわからん。
影野の目に(というか隠れてる部分に)、何らかの形で欠損があるんじゃないか、という妄想。
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するりと背中から伸びてきた腕に髪を掴まれた。
影野はびくりと肩をすくめて振り返る。どんな理由があろうと、顔を覆う長い前髪に触れられるのは嫌だった。
後ろを向いた瞬間、ゴッと鈍い音がした。額から、頭の後ろに抜ける。痛みは後からやって来た。
「よーよージン、ぼさっとしてんじゃねーよ?」
前髪をむんずと掴んで遠慮会釈もなく引っ張り、ゼロ距離からふざけたようなからかうような口調でそう言うのは折田だった。
少女と見まごう大きな眼をした、先輩をうならせる実力と後輩から慕われるやさしさを持ち合わせる、物腰の穏やかな同級生。
普段は。影野は心中その言葉を付け加える。折田には、ひとに言えない悪癖がある。
自分の額に影野の額をぶつけてもなお、その声はやさしかった。その表情も、容易に想像できる。取り繕ったその声音や態度が、影野は少し怖かった。
練習中だった。DFだった影野の髪の毛が風で広がり、ドリブルでかわそうとした折田の視界を一瞬遮った。
走ってきた勢いのまま折田は影野を突き退けようとしたために、二人は派手に接触した。弾かれた影野はさしたる抵抗もできずに地面に叩きつけられ、折田はなまじ勢いがあり、さらにボールで足をもつれさせたために、上半身からグラウンドに崩れた。
満ちかけた沈黙を、二人の名を呼ぶ円堂の大声が打ち砕く。わらわらとメンバーと、救急箱を抱えたマネージャーが駆け寄ってきた。
影野は染岡に抱え起こされた。頭がぐらぐらした。折田は地面にうずくまるような姿勢で横たわり、心配するメンバーの手を拒んでいた。
結んでいた髪がほどけて、ひどく凄惨だった。 すりむいた頬が痛々しかった。
影野が立ち上がるのを染岡は止めた。それを無視して影野は折田の前に膝をつく。擦りきれて血がにじむそこは痛かった。折田は影野の長い髪を掴み、そのままその首にすがるように抱きついた。
ごめん。誰もがその折田の声を聞いた。円堂がなきわらいのような顔をした。折田はそのまま、影野から離れようとしなかった。
今日はこれ以上のプレイは危険だという監督の指示で、左右から染岡と土門に支えられた二人はそのまま保健室送りになった。二三日練習は休めとも言われた。
そこでの出来事だった。
づあーいってーと、折田は頬に貼られたうすい絆創膏をはがす。影野の顔を覗き込んだまま、あかい舌を覗かせてわらう。
寝ていろという保険医の指示は、はなから聞くつもりはないらしい。 頭が痛くて起きていられない影野のベッドに、折田はずかずかと上がりこむ。
「本心とか思ってねーよなぁ?あ?」
悪かった。肘と膝をあつい包帯とネットでぐるぐるにされた影野は無理やり上半身を起こして、同じような折田から視線を反らして謝った。
つか謝れなんて言ってねーよ。ばーっか。
折田は顔を離すと、影野の側頭部をぱしんとひとつはたいた。そしてそのまま抱きついてくる。
打ち合わせた額が痛んだ。そこに額を無理やり触れさせた折田は一瞬複雑な表情をして、しかしまたにやりとわらう。
「お前の髪ちょーきれい。うぜっ」
影野の後ろ髪を救っては落としながら、鼻の上にしわを寄せてけたけたと折田はわらう。影野は重い頭痛を感じた。 どこかにぶつけでもしただろうか。鼓動にあわせてずくずくと痛む。
折田はそんな影野の様子に気づかない。うひーいてーと肘を曲げたり伸ばしたりする。
まぁ謝っても許してやんねーけどな。折田はがばりと影野からからだを離し、円堂たちの前では到底見せないすさまじい顔でわらった。
「顔見せてくれたら許してやんよ」
影野をベッドに突き飛ばして、腹の上にまたがるような姿勢で折田は影野の頬にさわる。おざなりな指先はつめたかった。
身をよじっても折田は離れてくれなかった。いやだ。それだけは嫌だった。伸びてくる指から逃れようとして、影野はもがいた。
頭が痛い。よわい抵抗が途切れようとした、そのとき。
「ツクルなにしてんだよ」
前触れなく扉が開いた。先輩の由馬と冷泉が立っていた。部活が終わったばかりなのだろう。二人ともジャージ姿で、ガムを噛んでいた。
「ケガどーなのよー?まーじびびったぜー」
「影野。大丈夫か?」
ずかずかと室内に踏み込んだ二人は、折田が寝ていたベッドに座る。先輩まじおせぇと折田が舌打ちをする。
由馬は面白がっているようだが、冷泉は少なくとも影野のことを心配しているようだった。影野はからだを起こしてゆっくり頷いた。折田が影野から降り、 足を組んだ由馬がぷうとガムを膨らます。
「俺もいてぇっつうの。スイさん俺はなぐさめてくんねーの」
「知らん」
ケケケと折田はわらった。そっけない顔をして、しかし冷泉もわらっている。自業自得ぅーんと、由馬がこの上なく馬鹿にした口調で言って、ぱちんと割れたガムをまた膨らます。
あんなもん事故だっつの。そう言う折田に由馬が舌を出した。事故でもなんでもケガしたやつはばぁか。つーわけでお前らばぁかばぁか。
つめたすぎるその言葉は逆にやさしいように聞こえて少しおもしろかった。影野がふっとわらうと、おおわらった、と冷泉がわらう。
「もーすぐ円堂たち来っから俺らは帰るぜ。ファミレスで待ってっからー早く来いよー」
由馬は二人の頭を順番にはたいて、ジンジンもな、と付け加える。 ずくんと頭が痛んだ。
がやがやと賑やかな気配がしたので、由馬と冷泉は立ち上がる。折田はベッドにするりと潜り込んだ。
じゃーなーと言葉少なにふたりは出ていった。円堂たちと鉢合わせはしなかったらしい。ぴしゃりと閉まった扉に、しんとした沈黙が落ちた。
沈黙の中、影野は思い出していた。行き会ってしまった暴力沙汰に。
由馬も冷泉も、なにも言わずにそれを見ていた。折田はわらっていた。すさまじくやさしい顔で。
振り下ろされる拳がひどくゆっくり見えた。 だけど容赦なくそれは叩きつけられた。
思わず声を上げてしまい、三人は揃って影野を見た。そして三人ともわらった。悪意も敵意もこれっぽっちもない、飄々としたいつもの顔で。
その日、ジンと呼ばれた。それでも彼らはやさしい同輩で先輩だったのだ。
殴られていたのは同じクラスの人間だった。 折田との接点はわからなかったが、顔見知りだった。
ジン。折田が影野を呼ぶ。
「逃がさねーよ?」
折田のわらいを含んだその声が、円堂たちによって切り裂かれる直前の沈黙に沈んだ。声はなかった。折田はくつくつとわらった。
折田にはひとに言えない悪癖がある。不特定多数に精神的苦痛を伴う暴力を振るうこと、俗にいじめと呼ばれるそれが、やめられないという悪癖。
言うべきことなら既に失っていた。からだをふるわせすすり泣く同級生を見た瞬間。顔の下半分が鼻血で染まっていた。凄惨だった。ジン。折田の声が耳によみがえる。
円堂たちの気配がドアの前に立ち止まった。ちいさくため息をついた。頭はまだ痛む。ひどく痛む。
折田は影野をジンと呼んだ。にっこりとわらって、その頬を殴って抱きしめた。そのときだった。もがく余力も逆らう術も。なにもかもを奪われたのは。





閃光症候群証明
折田とグレイと冷泉のいじめっこトリオと影野の話。
この続きはいつか書きたい。
朝早くから携帯に電話があった。
とにかく髪の毛をとかして厚着をして河川敷まで行った。まだ陽も昇ってはいない。
後輩はちゃんと待っていた。ちいさな両手にちいさな箱を抱えて、うつむいて。
埋めたいんです。
消え入りそうな声だった。まっしろい息が立ち上ってその表情を隠す。
箱の中にいた、ハンカチにくるまれたそれをそっと開くと、ひらひらしたあかい金魚が入っていた。
ひらきっぱなしの目は濁っている。
朝起きたら水面に浮かんでいたと後輩は言った。普段ちゃんと縛ってある髪の毛は、寝起きそのままのようにめちゃくちゃになっている。
箱を受け取って、一度髪をそっとなでてやると、たまらないように腰に抱きついてきた。
こんな風に、何かを伝えてくるようなことはしないやつだと思っていたのに。
手袋をはずして、河川敷の端の、川に近い場所を素手で掘った。指先は冷たく、土はおそろしく固かった。
深く掘りすぎてしまったか、と後輩を振り向くと、箱をしっかり抱えてうずくまるようにしていた。
そもそも生き物がすきではない自分には、よくわからない感覚だった。
だけどたかだか金魚だろうと言うことはとてもできなかった。そのかなしみは、わかりはしないが、想像はできる。
川べりを上ってくる空気がすさまじく冷たかったので、てのひらを払ってマフラーをはずし、うずくまったその上から巻いてやった。
マフラーをはずしたとたんに吹いた風に、髪の毛がばらばらと広がった。指先が石くれを引っかいた。
こんなところに埋められてしまうあの金魚を思った。一瞬だけ。
ここなら練習するたびに見てやれる。そういう風なことを言ってやると、ようよう後輩は顔を上げた。鼻と頬がまっかになっていた。
丁寧に土をかけてやった。指先が痛かった。それよりも、隣の後輩の気持ちがきちんと汲んでやれないことのほうが痛かった。
後輩は掘り返された地面、ひらひらの金魚が埋まっているそこにてのひらをあてた。
マフラーありがとうございます。ぐず、と一度鼻をすすり上げて後輩は言う。
言うべき言葉がみつからなくて、汚れているてのひらをジーンズにこすりつけて、手の甲で後輩の頬を撫でた。あつく湿っていたそこに、ますます言葉を失った。
こんな単純なことにもかなしめないし、理解してやることだってできない。
なのに。
後輩は泣くのだ。腰に痛いほどしがみついて。マフラーを巻いたまま。
(知っておけてよかった)
(なくすことは、かなしい)
せめて今日が晴れればいいと、ふと見下ろした指先に血がにじんでいた。死んだ金魚に似たその色。
赤い金魚。そのひらひらが、どれだけいつくしまれたのか。
指先が痛くて、首筋は寒かった。こんなにも無力なのに、空さえもまだ暗い。




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影野と少林寺。
少林寺からおもっくそ影野へ矢印出てます。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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