ヒヨル 黄昏の山路 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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家にはトースターがないので魚を焼くグリルでパンを焼くのだと言ったら、栗松は愛嬌のあるまるい目をさらにまるくして、変わってるね、と言った。まじで?とか、すごいな、とか、そういう当たり障りのない言葉を簡単に口にはしないのが栗松のいいところだと宍戸は思っていて、ちゃんと考えた上で返事をしてくれたのだ、ということがよくわかるような独特の言葉を選ぶのが、少しおもしろいとも思う。グリルにはトースターみたいなタイマーがついていないので、キッチンに椅子を引っ張っていって携帯で3分測るということも話すと、栗松はまじめな顔でキッチンタイマー使えば、と言った。宍戸はへなっとわらい、探してみる、と答える。栗松の言葉はいつも正しい。そのとき栗松は、キッチンでパンが焼けるのを3分も待つ宍戸がなんだかひどくかわいそうに思えて、それでそういう提案をしてみただけのことだった。宍戸は栗松の言葉にいつも想定外に嬉しそうな顔をするので、栗松はときどききまりがわるくなってしまう。
栗松はそりゃちびで出っ歯でへんな髪型で頭でっかちな、おまけに鼻炎持ちだけど。宍戸は思う(。ついでに、髪型だけはひとのことを言えた義理ではないな、とも)。たぶん自分よりもいろいろものを知っていて、自分よりもちゃんと考えている人間なんだろうな、と感じていた。ふたり並んで帰りながら。栗松が考えていることの、たぶん80パーセントくらいはどうあがいても表には出てこられない。どんな過激な言葉が栗松の中に渦巻いているとしても、彼の口から出るのはいつでも、どことなく臆病な感情と、それから、ちゃんと考えられた言葉だ。その20パーセントを少しでも自分に分けてくれているなら嬉しい。単純にそう思う。栗松と並ぶと頭がちょうど肩くらいに来る。守ってあげなきゃなぁと思いたくなる身長差だ、と宍戸は考える。実際に、栗松に守られているのが、いつでも宍戸の方であったとしても。それでも宍戸は栗松と並ぶたびに、守ってあげなきゃなぁ、と思う。
不当な扱いに傷つくのは、いつも決まって栗松の方だった。行こう。栗松はそう言って宍戸の手を無造作に取る。努力だけではどうにもならないのだと、宍戸は黙って耐えているように見えた。不当な扱いに、ただ黙って。栗松が平気な顔で守り続ける場所から追い落とされたことは、悲しくもあったが安らかなことだ、と、宍戸自身は思っている。選ばれないことは、選ばれることよりも安らかだ。栗松はだけど決まって、宍戸がメンバーから外されたときには、その手を引いて宍戸を連れ出した。河川敷でも倉庫でも、栗松に手を引かれて行く場所はいつでも嬉しかった。栗松が悲しい顔をしていることだけが引っかかる。そんなに悲しい顔をするようなことでもない、と思わなくもない。選ばれないことは安らかだ。事実、選ばれた栗松は苦しい顔で旅立っていったではないか。誰に手を引かれるわけでもなく。
一度、栗松が鞄に持っていたジュースをくれたことがあった。紙でできたうすむらさきのパッケージの、ブルーベリー黒酢ドリンク、という、ひたすら酸っぱくてのどに染みる飲み物だった。栗松はいつも通りの無表情で、宍戸にそれを差し出した。不当な扱い、のあとに。宍戸は黙ってそれを受け取り黙って飲んだ。栗松も黙っていた。飲まないの、と聞くと、いっこしか持ってない、と答えた。自分のためのものをくれたのだと、宍戸はおかしなことにそこで初めて気づき、おかしなくらいに感動した。もしも栗松が女の子だったら。宍戸は思う。ちびで出っ歯でへんな髪型で頭でっかちで鼻炎持ちでも、自分は絶対に彼女を離さない、と考える。その考えは宍戸を奇妙に強く明るくした。そしてそれは、たとえ栗松が男のままでも、実行するのはさして難しいことではなかった。栗松を離さずにいることが、彼への答えであるように思っていた。ずっとふたりでいるんだろう。それはとても自然な考えだった。
それでも栗松は行ってしまった。宍戸を置いて。
守られているのは幸福だった。そこに根差す哀れみに、ずっと前から気づいていたとしても。栗松はいつでも宍戸を連れ出してくれた。20パーセントの言葉を惜しみなく尽くしてくれた。でも、栗松は行ってしまった。宍戸の手の届かない場所に。臆病者のくせに。明日はうちに泊まりに来れば。つっけんどんな栗松の言葉に、宍戸は一瞬立ち止まった。その分栗松は先に進んでいる。うちにはトースターがあるよ。そう言う栗松の健やかな後ろ頭。心臓がひとつ震えた、その瞬間に宍戸は自分の痩せた指を栗松の無防備なてのひらにすべりこませていた。栗松が肩ごしに振り向く。予定調和みたいな自然さで。今うしなえば、なにも残らないとふたりとも知っていた。なにも残らない代わりに、傷つくこともせずにすむと。宍戸は栗松の手を強く握る。今うしなうくらいなら死んでしまった方がましだと思った。難しいことではなかった。守ってあげなきゃいけないと思った。それだけのことだった。
手を引いてくれるひとが、栗松にも必要なのだ。誰が届けてくれなくても、あさっての枕元にはちゃんとおれがいてあげよう。









黄昏の山路
宍戸と栗松。
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