ヒヨル 静脈セヴン 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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音がする、と思った。果てしないつよい音だ。遠くをじっと見ていた。とてもまぶしい日だった。すんだ空は眼球と口の中をあおくした。金魚が溺れてもがいていた。音がしていた。果てしないつよいうつくしい音だ。そんなような気がしていた。
壟であったのだ。と思う。
ことばというものにどうしてもなじまれなかった。ずっとだ。からだのまわりをらせんにめぐるアストラルベルトの浮遊虫。今よりずっと幼かったころには、木だの草だの石だの川だのばかりに興味を向けていた。ことばのないもののことばを探していた。自分とおなじなのだろうと、嘲笑うために。目は早くになくした。必要がなかったからだ。ひそやかに手放した夜にはそれでも限りのない喪失が脊椎を燃やして、焼かれたそれが痛んでなかなか寝つかれなかった。代わりに携えてきたものはすこしの挫折に傷ついて、いらいらと揺れる重みに広がる苦味を諦めと呑んだ。仕方のないことだったと思っている。今も。
あの夜にはもうひとつを手放した。つめたいしこりが南極で、だったらそれはエリュドラドだったのだと思う。からだの中が二億年も渦まいて、目や鼻から海が溢れた。苦しかったのかと聞かれれば、どうだろう。(などと考えられる程度には、むやみなだけの逃避行だった。だったら逃げたかったのかと聞かれれば、どうだろう、と言わざるを得ない。)残ったものはほんの少しだった。かき集めて手足や指や心臓にした。どうしても余ってしまったものは、仕方なくそのままにした。憐れなものがよかった。たかがひとつをなくしただけで、この有り様だ、と。みすぼらしくみじめでせつない、憐れなものがよかった。言葉をなくすほど。シャガールみたいな星がばらばらした空だった。星がぶつかって砕けてまた星になった。ごちゃごちゃでばらばらでずたずたでぼろぼろだった。言葉はそこで手に入れた。今思えば。
「それも幸福だったよ。きっとそうだった」
ささくれた爪を無言で丸めた指で、そうっとちいさなてのひらに触れる。つくりもののような華奢な指。彼の背中は優雅で、そこにまとうひやりとした空気の底をけだものの香が這う。喉を限りなくこみあげるものがふさいだ。泉に溺れる七色の魚。エリュドラド。白磁の牙の象。海で死ぬ気高き佛たち。彼は楽園だった。ただひとりで。呼吸は肺を歓喜にわななかせる。彼はこちらを見ない。彼は楽園だった。彼のためにありとあらゆるものを擲つもの。彼のために。彼の楽園のために。そうありたかった。そのために棄てたのだ。そのために。りんりんと空気を静かに裂いて彼はほほえむ。彼がそうでなければ、誰が幸福など。沈黙は三秒を踏んで次の足は彼のまばたきだった。彼はそのてのひらを持ち上げて、やさしく耳を覆うようにした。
音がする、と思った。果てしないつよい音だ。彼をじっと見ていた。とてもまぶしい目だった。すんだ空はふたりの骨と血管の空洞の中をあおくした。涙に溺れてしんでしまいたかった。音がしていた。果てしないつよいうつくしい音だ。不意にこみあげるものに喉をつまらせ、影野はまばたきをする。聞こえる。幸福だ。きこえる。アストラルベルトの浮遊虫。きこえる。脳に焼きつくうつくしくのびやかではかなくてきよらかなもの。きこえる。ああもうしんでしまってもいい。きこえる。楽園の海の底に眠る気高き佛。きこえる。沈黙の果てのけだものの咆哮。きこえる。ああもうしんでしまってもいい!きみのために棄てたのだから!きこえる。きこえる。きこえる。(きみはおれの光だ)(許してよ、)(、もう二度としないから)
壟であったのだ。それより前には。









静脈セヴン
詩歌に巧みに糸竹に妙なるは幽玄の道
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