ヒヨル いちねんせいのはなし 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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夜には鬼が来てねないこを喰うというので、夜になるほど目を開きたがるおれは本当は鬼なのだと思う。夕焼けを喰い荒らすくろい群れの翼がまっかに焼けてぎらつく光景、ながくながく伸びる影には確かに鬼が棲んでいた。

遠くの街並みに覆いかぶさるように育ったしろくおおきな雲は、つい何日か前まで梅雨だったとは思えないほど夏のにおいで健康的にひかっている。グラウンドを巨大なあしあとみたいに雲の影がぞろりと横切ると、燃える陽をさえぎったのとはまた違ううそ寒いような気持ちが足元をざわざわとくすぐっていく。光のあまりの強さにまっしろに飛んだ校舎やグラウンドが、雲の影に撫でられるたびに形を取り戻し、そしてまた光に消える。とおくでかげろうが揺らいでいて、てのひらを目の前にかざすと血がうすあかく透けた。汗が目のすぐわきをだらだらっと伝っていく。骨を喰いつぶすような疲労。休憩、と言うなりなが袖のユニフォームを脱ぎ捨てて、まっしろな背中をさらす円堂を見て、一歩、ベンチに戻ろうとした足がぶれた。雲の影が困憊のイレブンを飲みこんでは流れていく。
まるで海岸に打ち上げられた魚の群れのように、ベンチでは誰もが疲れきって声も発しない。マネージャーがていねいに打ち水をした上で、さらにホースにミストの出るノズルをつけてそこら中に水を撒いている。スポーツドリンクを煽ってはつめたく冷やしたおしぼりを顔に当てて黙りこむ、真夏にはそぐわないほどに静かな午後。せみばかりがにぎやかに鳴き立てて鼓膜をじりじりとふるわせる。ミストが撒かれると空気中のほこりが落とされてなんとなく視界がクリアになる。よくできたポートレイトのような光景を眺めながら胸を撫でていると、気分わりーの?と宍戸が顔を覗きこんできた。別にー。一度顔を拭っただけで砂まみれになったおしぼりを手の中でぐるぐる揉みながら、栗松はくちびるを曲げる。毎日これだけ運動しているにも関わらず、最近は夏ばてで食欲がない。事情は似たり寄ったりの様子で、マネージャーが愛情をこめてむすぶおにぎりの数も減った。余らないよう必死で食べるが、どことなく皆億劫な顔をしている。
おまえ今日なんか元気な。あー、まあね。宍戸は暑いのが得意らしく、誰もが参っている暑さの中で、いつもどおりの飄々ぶりだった。汗を拭いながら平然としている宍戸の腕はあかく焼けて、皮が剥けはじめている。ちゃんとくってるから。うなじの後ろを撫でながらそんなことを言う宍戸に、栗松は眉をひそめた。宍戸はもともとひどく少食だ。アイスとかばっかくってんの。ちげーよ。ちゃんと肉とかくってる。あと、なんだ、鉄分とか、カルシウムとか。うえーめっちゃえらいじゃん。だろーと宍戸はなんだかうれしそうにわらった。急にどしたの。やーなんか気づいた的な。なにに。昼間活動してるからよくないんだわ。だからおれ今ちょー夜型。夜いいよ。涼しいし。へー。栗松は目を丸くする。宍戸は以前学校から帰ったら寝てばかりいる、というようなことを言っていた。意外な。そうかなー。宍戸は首を左右に揺らす。夜楽しいよ。一緒にいこうぜ。どこにだよ。栗松は半端にわらう。宍戸は答えずにほほえんだ。そうすると犬歯が目立つことに栗松ははじめて気づく。
いいだけ木野にあおいでもらってすこしは満足したのか、円堂がユニフォームに腕をとおしながらやるぞーと声をあげた。締まりのない返事をしながらベンチからばらばらと立つメンバーにまぎれて、栗松も重い腰をあげる。影。不意に聞こえた言葉に肩ごしに振り向くと、宍戸はベンチの前に突っ立って栗松を見つめていた。おれの影、踏むなよ。栗松は宍戸の足元に視線を落とす。宍戸の足の先からは奇妙にほそながい影が栗松とは逆方向に伸びていた。あれ。栗松は自分の足を見下ろす。栗松の影は栗松から見て右手に伸びている。その瞬間、ぐにゃりと宍戸の影が波打ったかと思うと、まるでいきもののように宍戸の周りを旋回し、その足元にくろく広がってかたちを変えた。なにかとてもおそろしいものに。栗松は目を見開く。宍戸の影はまっかな口をひらいてわらった。昔話に出てくる残虐非道のばけものみたいに。
宍戸がかるくかかとで地面を叩くと、影はまたかたちを変えて動き、栗松のものとおなじ方向におなじくらいのながさで伸びた。なに、今の。え?宍戸はきょとんとする。なに言ってんだよ。なにって今。知らないふりしてもむだむだ。そう言うと宍戸は栗松の肩をつかんでくるりとグラウンドへ向けた。そのまま両手で肩を押す。ほんとはわかってんだろ?耳元に氷のような鋭さで囁きかけられた言葉。栗松は息を飲む。グラウンドは灼熱で、誰も彼もが影ぼうしみたいだった。太陽がまっかに腕を伸べ、やがて空はマグマの海になる。栗松は汗を拭ってまばたきをする。ほんとはわかってる。宍戸の中に棲むもの。あれに真っ先に喰われたのは栗松だった。だから栗松に夜は来ない。いつの間にか意識をなくし、気づけば東はあおくうるむ。もうすぐ宍戸の時間が来る。宍戸の影がぞろりと伸びて、栗松の足首を、そっと、つかんだ。

夜はおれの味方だった。誰もおれを守らない。おれは子どもを探してあるく。ねないわるいこを喰いに行く。流れて消えても、ちぎれて飛んでも、咲いて散っても、泣いて逃げても、おれは止まらない。おれの影がながくながく伸びて夜風の中をはしゃぐ。おおきなまっかな口をあけて、子どもたちを喰っている。そんなことを繰り返すために生まれてきたのではなくても、今はそれでよかった。夜はおれの味方で、おれには鬼が棲んでいて、いつか気づいてしまったときには、今度はおれが誰かの影になってそこに棲む鬼になる。置いてゆこう置いてゆこう置いてゆこう。おれには靴だっていらない。おれはずっと前泣き虫だった。夜には泣いてばかりだった。今夜もきみのところへゆくよ。きみを迎えにゆくよ。きみと一緒にゆくよ。きみと一緒にゆくよ。


(そういえば最近朝起きるとやけに腹がいっぱいで)









ナイトウォーカーズ
8月5日に寄せて。
実はおなじ穴のむじな。
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ショーコチャンとの出会いは住宅街の中のちいさな公園だった。すべりだいの下にうつぶせに倒れているショーコチャンを見たとき、おれはおおいに驚いて、えっなんでなんで?なにやってんの?とあたまの中を疑問だらけにした。無視しようかとも思ったけれど、ほっとくと後味がわるそうだったので、どうかおれがやったと思われませんように、と周りを不自然なくらいにきょろきょろ見ながらそおっとショーコチャンに近づいて、声をかけた。ショーコチャンは雷門中の制服を着て、オレンジ色の靴下をはいていた。たっぷりしたつやつやのボブの、毛先だけが外側にほんのちょっと跳ねている。ショーコチャンはすべりだいの上から落ちて痛くて悔しかったからそのまま寝ていたのデスヨ!とわけのわからないことを言って、だけどけがをしてるみたいだったから家までおぶってあげた。うひゃぁぁこんな親切な殿方に出会えるなんてー!とじたばた暴れるのでへんなひとだなぁと思った。ショーコチャンはとてもへんなひとだ。
次の日にわざわざショーコチャンは教室までお礼に来てくれて、そのときに携帯のアドレスを交換した。けがは全然平気みたいでぴんぴんしていたから、お礼なんていいよーと言ったけれど、それじゃあわたしの気が済まないので!さあ!さあ!とごり押ししてきたよくわからない戦隊モノの武器的なおもちゃを勢いに押されて受け取った。ぼたんを押すと光って鳴る。目金さんが喜びそうだと思った。ではまた放課後に!ショーコチャンは高笑いを上げながら行ってしまった。また放課後に?なんとなくいやな予感がして部活が終わったあとにひとりでこっそり裏門から出たら、予想どおりというか予想外れというか、ショーコチャンはそこにいた。遅いぞ!指さされておれはちょっとびびる。ショーコチャンは手作りっぽいへんな仮面?紙で作ったやつをつけて道のまん中で堂々とポーズをとっていた。
ショーコチャンはおれを見て、とおっ、とむやみに掛け声なんかかけながら走ってくる。壁くんにも作ってきたからあげるね、とショーコチャンは自分が着けているのとおんなじ仮面を鞄から出した。折り目がついてへたっている、その額には2、とでかでかと書かれている。打倒ヤッターマンとかなんとか言いながら、ショーコチャンは仮面をはずしてにっとわらった。八重歯がおおきい。壁くんと一緒なら宇宙だって救えちゃうねっ!おれは目をまるくして、なんとも言えない気持ちがこみ上げてくるに任せてわらった。わるい気はしない。ショーコチャンのハリケーンみたいな勢いに一方的にめしゃくしゃに巻かれて、それでも全然わるい気はしなかった。パトロールは一緒にやるもんだぞ2号、とショーコチャンが言うので、おれはその日もショーコチャンをうちまで送った。
知ってるよーと音無がハエ叩き片手に蚊を追いながら言う。ツツさんでしょ。ツツ?ジャンプを読んでいた宍戸が顔をあげる。壁山、ツツのこと知ってんの。うんと頷くとふたりは顔を見合わせた。なんか。な。意外すぎて。そんなに意外かなと問いかける壁山に、ふたりは揃って首を縦に振る。まさか壁山がな。あのひとちょっと変わってるから。ショーコチャンは自分のことをショーコ隊員と呼ぶので、壁山はなんとなく彼女をショーコチャンと呼ぶようになったのだが、それに名字がつくといきなり彼女の存在がうそっぽくなることに壁山は驚いた。ツツショーコ。へんな名前。
ショーコチャンはその日もこっそり壁山を待っていたので一緒に帰った。両膝をはでにすりむいている。どうしたの?転びましたのです!いたくない?ヒーローは強いから平気なのだ!八重歯を見せてわらうショーコチャンをじっと見て、そのすり傷だらけの手を壁山はそっと取る。痛いような思いで。どえええ2号!?なっ、なに。どうしてショーコ隊員の気持ちがわかったのだ!?ショーコチャンは目のあたりをあかくしながらそう言った。壁山はまばたきをする。わからないっす、ショーコ隊員。ショーコチャンがのけぞった拍子に手があごに当たって痛かった。公園で手と膝を洗ってやると、ショーコチャンはまたすべりだいに登る。あぶないよ。あぶなくないでござるぞ。またけがするって。壁山の言葉にショーコチャンはにっとわらい、ひと息にすべりだいから飛び下りた。鳥みたいに。
ショーコチャンが変わったのは二年の夏休みのあとからだった。髪の毛を染めて化粧をして、学校に来たり、来なくなったり、遅刻したり、来てもすぐいなくなったり、するようになった。ちょっと前まで壁山に彼女ができたと騒いでいた同輩たちは、そのあまりにも劇的な変貌に口をつぐみ、いっそ哀れむかのように壁山を窺ったりしたが、その代わり壁山はなにも変わらなかった。壁山がいるところにショーコチャンはいて、それは例えば合同授業とか、体育の見学とか、そういう、些細な時間だけだったにも関わらず、必ずその些細な時間を見逃さず、ショーコチャンは壁山を見ていた。夕焼けがひどくあかかった日、壁山は校門でよその学校の生徒に呼び止められ、これショーコに渡しといて、と言われるがままに通学かばんを受け取った。根元がくろくなりかけた金髪の、不健康に痩せた、鶏がらみたいな男子生徒。壁山はだまってそれを受け取り、そのとたん、男子生徒のからだがぐらっと揺れた。ショーコチャンが後ろから彼を蹴飛ばしたのだ。
化粧をしたきらきらの金髪のショーコチャンは男子生徒の胸ぐらをつかんで道に突っ放した。ヒーローとは思えない言葉で口汚く彼を罵った。目のあたりをあかくして。息を切らし、そして壁山を見て、泣き笑いのような顔をした。ショーコチャン。壁くん。がさがさに荒れた声。ショーコ隊員には、すきなひとがいたのですよ。壁山はなにも言わずに、そのちいさな手にかばんをそっと手渡した。ショーコチャンは夕焼けみたいに鮮やかなオレンジ色の靴下をはいている。ショーコ。鶏がらの男子生徒が立ち上がる。行こうぜ。あんなに怒鳴られていたのに、彼はちっとも怒ってないみたいだった。ショーコチャンは彼を見て、そして彼に引っ張られるようにして行ってしまった。何度もつまづいて、転びそうになりながら。
壁山はひどくやるせない気持ちに、痛いような気持ちになりながら、ふたりが見えなくなるまでそこに立っていた。せめてショーコチャンの前では、なにも知らないしわからないふりをしていたかった。ショーコチャンは両膝におおきな絆創膏を貼りつけていた。もう、あの日のすべりだいみたいに、壁山が受け止めてあげることはできない。手作りの仮面のヒーローだったショーコチャンは、今は違う仮面で戦っている。壁山のしらない場所で。ショーコチャン。ショーコチャン。ぼくにもすきなひとがいたのですよ。ショーコチャン。さよおなら「笑子ちゃん」









ショーコチャンとぼく
津々笑子。モデルはマミーズと某おともだち。オリキャラ失礼しました。
表紙があめ色になってビニルカヴァのふちがぱりぱりになったふるいアルバムの、いちばん最後の写真はどこかのリゾートのうす暗いヴィラのものだった。木をつないだすだれみたいなものの向こうはしろく飛んでしまうほど晴れているのに、反対にヴィラの中はしっとりと静かに翳っている。すき間から光をほろほろとこぼしているすだれの前に立つ人物を、少し離れた場所から撮った写真。簡素なワンピースを着た現地の少女が、右耳の上にわざとらしいほどおおきいハイビスカスとブーゲンビリアを飾り、ちょっとうつむき気味のはにかむような仕草で写っている。化粧気もないのに黒ぐろとした眉とくっきりした目鼻立ちがうつくしい、まだ幼い少女だ。やわらかにウェイブしたくろい髪の毛が、胸の辺りに落ちかかっている。藤で編んだ揺り椅子が写真の端に見切れながら覗いていて、そこには無造作にタオルだかシャツだか、しろい布がだらしなく引っかかって発光したみたいにわる目立ちしていた。
夏の暑気だけは駆け足でやって来たのに、この辺りは梅雨がいつまでも居すわってだらだらと間延びした雨を降らせている。むっと立ちこめる湿気に辟易して、最近は部室にも集まらずに雨が降ったら即解散だ。それでもやるべきことはある。除湿剤を換えたり、結露を拭いたり、生えかけたかびをブラシで落としてしまったり。一年生とマネージャーで持ち回りでする雨の日の作業は、単純作業がすきな栗松にはこのもしいものだった。トタンに雨が落ちるばらばらという音の、いかにも梅雨っぽい雰囲気も嫌いじゃない。窓から見る雨にけぶる校舎の非現実的なたたずまいなんかも。朝から鬱陶しく降り続く雨の、その放課後。少林寺とふたりで傘をさして部室に向かうと、入り口の前に木野が立っていた。おつかれさまです。声をかけると木野は驚いたように振り向き、なぜかほっとしたような顔をした。
入れないの。その言葉に近づくと、部室の引き戸に土色のでくぼくしたかえるが一匹貼りついているのが見えた。うわ、と栗松は思わず顔をこわばらせるが、少林寺は物怖じした様子もなく、ひょいと手を伸ばしてかえるをちいさなてのひらに掬い取る。きょろきょろと辺りを見回して、部室の裏に回り込んでいってしまったのは、放してやる場所を探しに行ったのだろう。ああ、びっくりした。詰めた息を吐き出すように木野は言う。少林寺くん、すごいね。栗松はあわててかくかくとこまかくうなづいて見せた。木野はかえるが貼りついていた取っ手さえさわるのをいやそうにしていたので、これは栗松が扉を開ける。ありがとう。そう言ってほほえむ木野は完璧だなと思った。木野はかばんと手提げをベンチに置いて、除湿剤をひとつずつ回収してはばけつに中を空けていく。栗松は入り口に所在なく立ち尽くしたまま、ちょっと視線を動かす。どこまで行ってしまったのか、少林寺はまだ戻ってこない。潔癖なくせに、生きものラブ、なのだ。
ばけつはそう大きいものでもなかったが、水は半分にも満たなかった。それを外の排水溝に流す。傘を持っていかなかったので、後頭部と肩がいやな感じに濡れた。ばけつは底の方があかく錆びていて、それが水を流したときに一緒に流れて、ぼこぼこに歪んだ内側に縦に一直線にこびりつく。あとはおれたちがやりますから、って言おう。栗松はてのひらをわき腹にこすりつける。だから、先に帰ってください、って。水道でばけつの底の錆を洗い落とし、それをだらだらと振りながら栗松はゆっくりとあるく。てん、とん、てん、と、ときどきばけつの底を雨粒が打った。息をすると肺までもざぶざぶに濡れてしまいそうになる。部室に戻ると木野は除湿剤を全部換えてしまっていた。ちょうどごみ袋の口をしばっていた木野は、顔を上げて、びしょびしょだよ、とわらった。なんとなく気恥ずかしくなって、栗松もちょっとわらう。肩に貼りつくカッターが体温でぬるんで、ひどく不快だった。
わたし、帰るついでにこれ捨てちゃう。あと頼んでいいかな。あ、はい。おつかれさまです。言いたいことを先に言われて、栗松は肩透かしをくらったような気分になる。ありがとう。それじゃあ、またね。木野はいそいそと立ち上がり、かばんと手提げを持って、ちょっと焦ったふうに出て行った。お待たせ、という声がかすかに聞こえる。木野は傘を持っていなかった。栗松はかばんからタオルを取り出し、顔を覆う。雨の音がなんだか鋭角だ。後ろからかるい足音が聞こえる。わ、なにしてんだよ。しょーりんどこ行ってたの。え?しょーりんおれ置いてどこ行ってたの。どこって。少林寺はいぶかしげにタオルに顔を埋めたままの栗松を見上げた。手、洗ってた。外の生きものはばいきんがいっぱいいるって。そこまで言って、それでも栗松が無反応なので、少林寺はうんざりしたように首をかるく回し、ねえどうしたの、と辛抱づよく語りかける。
どうもしてないって言うか、どうもしてないからなんかこう、変なんだよな。意味わかんないよ。しょーりんなんでおれのこと置いて行くわけ。もーいちいちうざいな。だったらおまえがかえる取ればよかったじゃん。それはやだ。少林寺は栗松のふくらはぎをかるく蹴り、じゃあもう今日は帰ろうよ、と言った。栗松は顔を上げる。あのさぁここが東南アジアだったらいいと思わない?は、と少林寺はぽかんとする。いきなりなに。そんでこれがスコールだったらすげーよくない?栗松どうしたの。大丈夫なの。別にーと栗松はかばんにタオルを押し込み、うん、となぜか満足そうにわらった。たぶんくだものがうまいよ。あそお。まったく興味なさそうに少林寺は答え、先出てるよとさっさと行ってしまう。どうかしてたんならその方がいいなぁ、と思いながら、栗松は足元のばけつをかるく蹴飛ばした。くぐもった音が鼓膜に沈むように響く。無人の部室は、日陰のヴィラなんかでは全然なかったけれど。
(あ、なんか、かわいそうじゃね?予想外)
ほんとはなにが怖かったのだろうか。







ジントニク・レイニー・レイニー・デイ
栗松。
ひとりになる時間が必要だと言っては試合前に人知れず長々とトイレにこもるくせに、ひとりはさびしいと開き直るように宍戸は昼休みには必ずコンビニの袋を下げて遊びに来る。あのよく伸びたからだがどうしてこれで持つのか不思議なくらい宍戸は少食で、たべるという行為に消極的だ。入学当初は昼食を摂ることすらしていなかったというので、傾向としては、まあ、わるくはないけれど。中庭の校舎の影はいつもじめじめしていて、ベンチなんか常に湿っているのでそれなりにいい穴場だった。なのでいつもそこで、五人で昼食を摂る。脚が苔に侵食されたささくれのベンチで。
宍戸が持ってくる袋の中身はいつも、おにぎりがひとつとキシリトールのガムがひと箱。ペットボトルは手で持ってくる。コントレックスというミネラルウォーターで、飲むとなんだかのどのあたりがよじよじする。他はみんな彩り鮮やかな手弁当を持ってくるので宍戸はいつもなんとなく浮いていて、しかもひとつっきりのおにぎりさえたべあぐねる様子で、かじりさしの端をそのまま地面に転がして、ありがくうだろ、などと嘯いてはへらへらとわらっている。もうちょっとたべたら?と水を向けても、これ以上くったら腹壊す、と真顔で言うので(、しかもたぶんそれは本当なので)、宍戸の偏った食生活にはもう誰も口を挟まない。ぎすぎすの膝と肘をした宍戸は、薄着になるこの時期はどことなく痛々しい。この間染岡が冗談で宍戸をたかいたかいして遊んでいたが、しきりにもっと太れもっと肉をくえと繰り返していた。冗談ぽく見せかけてはいたが、染岡はまじめな顔をしていた。
ベンチにふんぞり返った宍戸ののどのひふは爬虫類のそれめいて奇妙にしろい。隣にすわっていた栗松が宍戸をちらっと見て、お、とのどに顔を寄せた。てーつ。息こしょばい。宍戸ひげ生えてる。ひげー?ほらここ、と栗松は宍戸の削げたあごの先に触れる。見えねー。あそっか。そんなもん誰でも生えるでしょー?おれ生えたことないよ。うそーん。ほんとほんと。栗松はしきりに宍戸のあごの先をつついている。半分くらい中にもぐってるっぽい。あんまいじんなってこしょばいから。宍戸は真顔のままくすぐったそうに足先をそわそわさせている。おれおとなだべ?おとなじゃーん。おとなの男ー。メンズだメンズ。って言うかね、てつ、さっきから近い。んー?おれおとなの男だからドキドキしちゃう。
言うなり宍戸はそれまでだらしなく弛緩していた腕をはね上げて、有無を言わさず栗松のあたまを抱えこんだ。そのままからだをくの字に折り曲げる。栗松のからだが、無理やりななめに曲げられて、だけどたぶんそれよりもっと別の理由でもがいている。むーむーと栗松のくぐもったうめき声が聞こえるが、栗松を抱えこんだ腕に顔をうずめるようにしている宍戸は無言のままだった。やがて宍戸が顔を上げ、また背もたれに深く寄りかかる。栗松は地面に転げ落ちてしばし放心していたが、やがて勢いよく立ち上がると宍戸の肩を思いきり張り飛ばした。いてえ。おまっほんとばかじゃねぇ?ばかだよー。しねっまじしねっ。あーしねとか言っちゃいーけないんだーいけないんだー。栗松は耳までまっかにして拳をふるわせていたが、突然ぱっとこちらを振り向いた。あわてて目をそらす。
たまたま目をそらした先にトイレから戻ってきた音無たちが見えたので、無駄にぶんぶん手を振る音無にかるく手を振り返した。たっだいまー。すっきりさっぱり。報告はいいよ、とつっこまれて音無はくちびるをとがらせる。が、なにかに気づいたのか小首をかしげるようなしぐさをした。てっちゃん、どしたの?なんか顔めっちゃあかいけど。なっなんでもないっ、と言う栗松の声が裏返っている。さっくんは昼寝?そーそー。ふーんと音無はいつもの場所に腰かけて、ぽけっとから出したチョコレートを口に入れる。ちょっと融けてる。そんなとこ入れるから。いっこあげるよ。うわほんとに融けてる。そんな会話を聞きながらさりげなく栗松を見る。栗松は居心地のわるそうな顔をして、本当に寝てしまったように微動だにしない宍戸を見下ろし、力なくその赤毛の額をはたいた。ごめんて。宍戸は栗松を手招きする。なんとなくそこで目をそらした。
空はどろりと濁り、息苦しくてうなだれる。なんだかなぁ、と思いながら、そういうもんなのかな、とちょっと考えこんでしまう。音無たちと一緒に行けばよかったと思った。行かなくてよかったとも思った。これから昼めしとか部活とかどうしよ、と思った。足元をありの行列がゆっくりと動いている。








一刹那
一年生。
彼が見た宍栗。
夜の電車はすいていて、もうすっかりネオンを落としつつある街と、眠ろうとする住宅街ばかりをうねうねと縫うようにはしっていく。まぶたの奥をギッとつまむような、電車の中の白色電灯のあかるさがなんだか目に毒だ。まるで暗やみの海中をおよぐからだのながい魚の腹みたい。栗松はしきりにまばたきをした。宍戸は隣のシートで、わずかにあごを上げておそらくは窓の上に貼られた広告を見ている。てのひらにはまだ植物のあおくさい感触とにおいが残っているようで、気をそらすようにそっと両手をこすりあわせると電車ががたんと揺れた。宍戸の首ががくんと落ち、なに、とその顔がこっちを見る。いやおれじゃないし。あそう。宍戸はそう言って深々とシートにすわりなおした。ぐずぐずと洟をすすっているのは引きはじめの風邪のせいだろう。夜の電車はきらきらと疲弊しながら速度を増していく。
宍戸はうすいグレイのいかにも女物っぽいテーラードに、カラーのふちにちいさな星の刺繍がひとつだけついたしろいカッターシャツを着て、ふくらはぎから下がくしゃくしゃによれたくろいジョッパーズパンツを履いている。テーラードの胸にはうすねずみどり色、みたいな色のコサージュがついていて、それが吐き出される温風にときどきひらひら揺れている。超一級の正装だ。栗松は銀色ぼたんのついたくろいブレザーにくろいカットソー、濃いグレイのヘリンボンのバミューダを履いてその下にはヒートテックのレギンス。手首にりぼんのかたちをしたしろいシュシュを巻きつけて、これをせめても弔意とした。靴はふたりともてらてらしたハイカットのスニーカーにして、それはなんとなく、なんとなくだけど、そうしたほうがいいような気がしてふたりで揃えたものだ。あんまりにも肩に力を入れすぎると、かえって戻ってこられなくなるような類いの人間だったからだ。ふたりとも。
宍戸の右のひじがずっと栗松の腕に触れている。それが電車の振動にあわせてときどき小刻みに揺れる。ふたりとも無言で、それは口をひらくと絶対にひとつのおなじことしか言えなくなる、と気づいているからだ。もうそれはさんざんやった。あの絶望の夜。ふたりで家を飛び出して、車に乗って、気づいたら九十九里浜まで来ていてそこで大声で一晩中歌った。のどの奥がびっくりするくらい塩辛くなって、でもたぶんふたりとも、この状況を分かち合ってくれる相手がいたことに、心の底から安堵していた。くしゃくしゃでめしゃくしゃで、ずるずるに泣いたふたりはそのままどうしても帰る気になれずに車の中でぼおっと外を眺めていたのだ。たぶんあのとき、日本で同時多発的に、花が咲くみたいにわき起こったあの渦の、ふたりも、そのひとつだった。なん億光年も向こうの花火を、雲のすき間からそっと覗き見るように。
おれが死んだらさぁ。宍戸が相変わらず宙を見たままぼそりと言う。おまえ泣かんでいいから。あと、なんか、悲しんだりとか、せんでいいから。栗松はゆっくり宍戸の横顔を見て、なんでだよ、と言った。だって。宍戸は答える。やじゃん。おまえとか泣かすの。やなん。やだよ、かっこわりいよ。泣くのはかっこわるくないだろ。いやそーゆーんじゃなくて。宍戸はごりごりと後頭部を掻きながら、言葉を選ぶみたいに首をかしげる。なんつうかさ、おれのために泣くなよ、みたいな。つか、おれのせいでおまえ泣いとんのかー、って、なる。死なんかったらよかったねーもうちょっと生きといたらよかったねー、ってなるから。うーん、と次は栗松が首をかしげた。よくわからん。でっすよねー。宍戸ののどがひくっとふるえる。
下腹の辺りで手を組みながら、そんでもおれかなしいし、たぶん泣くけど、と栗松は答えた。勘弁して。ほんと無理。じゃあおまえおれが死んでも泣いたりかなしんだりするなよ。やーそれも無理。ムリムリ。おれ号泣よ、と宍戸はちらっと歯を見せてわらう。たぶんおまえの家族とか親戚とか引かす勢いで泣くわ。えーと栗松はちょっと上半身を引き、でも宍戸ならなんとなくやりかねない、と思った。宍戸は泣き虫だ。かなしいくらいに。じゃあおれも泣いていいじゃん。いやおまえはだめ。なんでよ。だからおれのせいで泣かしたくねえっつってんだろ。わかれよ。でもさぁと言いかけた栗松の足を、宍戸のスニーカーが踏んづける。いてえよ。嘘。うん。わからんでもいいから泣かんで。そう言って宍戸はくちびるを閉ざした。とたんに手持ちぶさたになって、栗松は宍戸とおなじようにあごを上げて宙を眺める。
ふたりに言うべき言葉は尽きて、それなのにふたりきりの車両にはせつなさよりももっと密度の濃いものがどろりと漂って、ふたりの間にひたひたと押し寄せては引いてゆく。ぎーこたん、ばったり、する、シーソーみたいに。星がぼろぼろとこぼれて、窓の外はびろうどみたいな空だった。やみの底があかく燃えている。東京炎上。うん。だね。うん。電車は眠りの街をしずかに縫う。だったら一緒に死なれたらいいのに、と思った。そうしたら、せめて、あなただけは泣かせなくて済む。宍戸はうすねずみどり色のコサージュを外して、くしゃくしゃに握ってぽけっとに入れてしまう。駅に降り立った、そのとき、宍戸の手がびっくりするほどつよい力で栗松の腕を引いた。







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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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