ヒヨル ジントニク・レイニー・レイニー・デイ 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

表紙があめ色になってビニルカヴァのふちがぱりぱりになったふるいアルバムの、いちばん最後の写真はどこかのリゾートのうす暗いヴィラのものだった。木をつないだすだれみたいなものの向こうはしろく飛んでしまうほど晴れているのに、反対にヴィラの中はしっとりと静かに翳っている。すき間から光をほろほろとこぼしているすだれの前に立つ人物を、少し離れた場所から撮った写真。簡素なワンピースを着た現地の少女が、右耳の上にわざとらしいほどおおきいハイビスカスとブーゲンビリアを飾り、ちょっとうつむき気味のはにかむような仕草で写っている。化粧気もないのに黒ぐろとした眉とくっきりした目鼻立ちがうつくしい、まだ幼い少女だ。やわらかにウェイブしたくろい髪の毛が、胸の辺りに落ちかかっている。藤で編んだ揺り椅子が写真の端に見切れながら覗いていて、そこには無造作にタオルだかシャツだか、しろい布がだらしなく引っかかって発光したみたいにわる目立ちしていた。
夏の暑気だけは駆け足でやって来たのに、この辺りは梅雨がいつまでも居すわってだらだらと間延びした雨を降らせている。むっと立ちこめる湿気に辟易して、最近は部室にも集まらずに雨が降ったら即解散だ。それでもやるべきことはある。除湿剤を換えたり、結露を拭いたり、生えかけたかびをブラシで落としてしまったり。一年生とマネージャーで持ち回りでする雨の日の作業は、単純作業がすきな栗松にはこのもしいものだった。トタンに雨が落ちるばらばらという音の、いかにも梅雨っぽい雰囲気も嫌いじゃない。窓から見る雨にけぶる校舎の非現実的なたたずまいなんかも。朝から鬱陶しく降り続く雨の、その放課後。少林寺とふたりで傘をさして部室に向かうと、入り口の前に木野が立っていた。おつかれさまです。声をかけると木野は驚いたように振り向き、なぜかほっとしたような顔をした。
入れないの。その言葉に近づくと、部室の引き戸に土色のでくぼくしたかえるが一匹貼りついているのが見えた。うわ、と栗松は思わず顔をこわばらせるが、少林寺は物怖じした様子もなく、ひょいと手を伸ばしてかえるをちいさなてのひらに掬い取る。きょろきょろと辺りを見回して、部室の裏に回り込んでいってしまったのは、放してやる場所を探しに行ったのだろう。ああ、びっくりした。詰めた息を吐き出すように木野は言う。少林寺くん、すごいね。栗松はあわててかくかくとこまかくうなづいて見せた。木野はかえるが貼りついていた取っ手さえさわるのをいやそうにしていたので、これは栗松が扉を開ける。ありがとう。そう言ってほほえむ木野は完璧だなと思った。木野はかばんと手提げをベンチに置いて、除湿剤をひとつずつ回収してはばけつに中を空けていく。栗松は入り口に所在なく立ち尽くしたまま、ちょっと視線を動かす。どこまで行ってしまったのか、少林寺はまだ戻ってこない。潔癖なくせに、生きものラブ、なのだ。
ばけつはそう大きいものでもなかったが、水は半分にも満たなかった。それを外の排水溝に流す。傘を持っていかなかったので、後頭部と肩がいやな感じに濡れた。ばけつは底の方があかく錆びていて、それが水を流したときに一緒に流れて、ぼこぼこに歪んだ内側に縦に一直線にこびりつく。あとはおれたちがやりますから、って言おう。栗松はてのひらをわき腹にこすりつける。だから、先に帰ってください、って。水道でばけつの底の錆を洗い落とし、それをだらだらと振りながら栗松はゆっくりとあるく。てん、とん、てん、と、ときどきばけつの底を雨粒が打った。息をすると肺までもざぶざぶに濡れてしまいそうになる。部室に戻ると木野は除湿剤を全部換えてしまっていた。ちょうどごみ袋の口をしばっていた木野は、顔を上げて、びしょびしょだよ、とわらった。なんとなく気恥ずかしくなって、栗松もちょっとわらう。肩に貼りつくカッターが体温でぬるんで、ひどく不快だった。
わたし、帰るついでにこれ捨てちゃう。あと頼んでいいかな。あ、はい。おつかれさまです。言いたいことを先に言われて、栗松は肩透かしをくらったような気分になる。ありがとう。それじゃあ、またね。木野はいそいそと立ち上がり、かばんと手提げを持って、ちょっと焦ったふうに出て行った。お待たせ、という声がかすかに聞こえる。木野は傘を持っていなかった。栗松はかばんからタオルを取り出し、顔を覆う。雨の音がなんだか鋭角だ。後ろからかるい足音が聞こえる。わ、なにしてんだよ。しょーりんどこ行ってたの。え?しょーりんおれ置いてどこ行ってたの。どこって。少林寺はいぶかしげにタオルに顔を埋めたままの栗松を見上げた。手、洗ってた。外の生きものはばいきんがいっぱいいるって。そこまで言って、それでも栗松が無反応なので、少林寺はうんざりしたように首をかるく回し、ねえどうしたの、と辛抱づよく語りかける。
どうもしてないって言うか、どうもしてないからなんかこう、変なんだよな。意味わかんないよ。しょーりんなんでおれのこと置いて行くわけ。もーいちいちうざいな。だったらおまえがかえる取ればよかったじゃん。それはやだ。少林寺は栗松のふくらはぎをかるく蹴り、じゃあもう今日は帰ろうよ、と言った。栗松は顔を上げる。あのさぁここが東南アジアだったらいいと思わない?は、と少林寺はぽかんとする。いきなりなに。そんでこれがスコールだったらすげーよくない?栗松どうしたの。大丈夫なの。別にーと栗松はかばんにタオルを押し込み、うん、となぜか満足そうにわらった。たぶんくだものがうまいよ。あそお。まったく興味なさそうに少林寺は答え、先出てるよとさっさと行ってしまう。どうかしてたんならその方がいいなぁ、と思いながら、栗松は足元のばけつをかるく蹴飛ばした。くぐもった音が鼓膜に沈むように響く。無人の部室は、日陰のヴィラなんかでは全然なかったけれど。
(あ、なんか、かわいそうじゃね?予想外)
ほんとはなにが怖かったのだろうか。







ジントニク・レイニー・レイニー・デイ
栗松。
PR
[410]  [409]  [408]  [407]  [406]  [405]  [404]  [403]  [402]  [401]  [400
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]