ヒヨル 1/22、花とクリスマス 忍者ブログ
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夜の電車はすいていて、もうすっかりネオンを落としつつある街と、眠ろうとする住宅街ばかりをうねうねと縫うようにはしっていく。まぶたの奥をギッとつまむような、電車の中の白色電灯のあかるさがなんだか目に毒だ。まるで暗やみの海中をおよぐからだのながい魚の腹みたい。栗松はしきりにまばたきをした。宍戸は隣のシートで、わずかにあごを上げておそらくは窓の上に貼られた広告を見ている。てのひらにはまだ植物のあおくさい感触とにおいが残っているようで、気をそらすようにそっと両手をこすりあわせると電車ががたんと揺れた。宍戸の首ががくんと落ち、なに、とその顔がこっちを見る。いやおれじゃないし。あそう。宍戸はそう言って深々とシートにすわりなおした。ぐずぐずと洟をすすっているのは引きはじめの風邪のせいだろう。夜の電車はきらきらと疲弊しながら速度を増していく。
宍戸はうすいグレイのいかにも女物っぽいテーラードに、カラーのふちにちいさな星の刺繍がひとつだけついたしろいカッターシャツを着て、ふくらはぎから下がくしゃくしゃによれたくろいジョッパーズパンツを履いている。テーラードの胸にはうすねずみどり色、みたいな色のコサージュがついていて、それが吐き出される温風にときどきひらひら揺れている。超一級の正装だ。栗松は銀色ぼたんのついたくろいブレザーにくろいカットソー、濃いグレイのヘリンボンのバミューダを履いてその下にはヒートテックのレギンス。手首にりぼんのかたちをしたしろいシュシュを巻きつけて、これをせめても弔意とした。靴はふたりともてらてらしたハイカットのスニーカーにして、それはなんとなく、なんとなくだけど、そうしたほうがいいような気がしてふたりで揃えたものだ。あんまりにも肩に力を入れすぎると、かえって戻ってこられなくなるような類いの人間だったからだ。ふたりとも。
宍戸の右のひじがずっと栗松の腕に触れている。それが電車の振動にあわせてときどき小刻みに揺れる。ふたりとも無言で、それは口をひらくと絶対にひとつのおなじことしか言えなくなる、と気づいているからだ。もうそれはさんざんやった。あの絶望の夜。ふたりで家を飛び出して、車に乗って、気づいたら九十九里浜まで来ていてそこで大声で一晩中歌った。のどの奥がびっくりするくらい塩辛くなって、でもたぶんふたりとも、この状況を分かち合ってくれる相手がいたことに、心の底から安堵していた。くしゃくしゃでめしゃくしゃで、ずるずるに泣いたふたりはそのままどうしても帰る気になれずに車の中でぼおっと外を眺めていたのだ。たぶんあのとき、日本で同時多発的に、花が咲くみたいにわき起こったあの渦の、ふたりも、そのひとつだった。なん億光年も向こうの花火を、雲のすき間からそっと覗き見るように。
おれが死んだらさぁ。宍戸が相変わらず宙を見たままぼそりと言う。おまえ泣かんでいいから。あと、なんか、悲しんだりとか、せんでいいから。栗松はゆっくり宍戸の横顔を見て、なんでだよ、と言った。だって。宍戸は答える。やじゃん。おまえとか泣かすの。やなん。やだよ、かっこわりいよ。泣くのはかっこわるくないだろ。いやそーゆーんじゃなくて。宍戸はごりごりと後頭部を掻きながら、言葉を選ぶみたいに首をかしげる。なんつうかさ、おれのために泣くなよ、みたいな。つか、おれのせいでおまえ泣いとんのかー、って、なる。死なんかったらよかったねーもうちょっと生きといたらよかったねー、ってなるから。うーん、と次は栗松が首をかしげた。よくわからん。でっすよねー。宍戸ののどがひくっとふるえる。
下腹の辺りで手を組みながら、そんでもおれかなしいし、たぶん泣くけど、と栗松は答えた。勘弁して。ほんと無理。じゃあおまえおれが死んでも泣いたりかなしんだりするなよ。やーそれも無理。ムリムリ。おれ号泣よ、と宍戸はちらっと歯を見せてわらう。たぶんおまえの家族とか親戚とか引かす勢いで泣くわ。えーと栗松はちょっと上半身を引き、でも宍戸ならなんとなくやりかねない、と思った。宍戸は泣き虫だ。かなしいくらいに。じゃあおれも泣いていいじゃん。いやおまえはだめ。なんでよ。だからおれのせいで泣かしたくねえっつってんだろ。わかれよ。でもさぁと言いかけた栗松の足を、宍戸のスニーカーが踏んづける。いてえよ。嘘。うん。わからんでもいいから泣かんで。そう言って宍戸はくちびるを閉ざした。とたんに手持ちぶさたになって、栗松は宍戸とおなじようにあごを上げて宙を眺める。
ふたりに言うべき言葉は尽きて、それなのにふたりきりの車両にはせつなさよりももっと密度の濃いものがどろりと漂って、ふたりの間にひたひたと押し寄せては引いてゆく。ぎーこたん、ばったり、する、シーソーみたいに。星がぼろぼろとこぼれて、窓の外はびろうどみたいな空だった。やみの底があかく燃えている。東京炎上。うん。だね。うん。電車は眠りの街をしずかに縫う。だったら一緒に死なれたらいいのに、と思った。そうしたら、せめて、あなただけは泣かせなくて済む。宍戸はうすねずみどり色のコサージュを外して、くしゃくしゃに握ってぽけっとに入れてしまう。駅に降り立った、そのとき、宍戸の手がびっくりするほどつよい力で栗松の腕を引いた。







1/22、花とクリスマス
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