ヒヨル 死出の河 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

秋になると急速に空がたかくなるのを、影野はこのもしいと思っている。夏の暑さでだらだらと弛緩しきった風景が、しゃんとしよう、と意思をもって動きはじめるみたいな、コーヒーを飲んだばかりの受験生みたいな雰囲気がいい、と思う。夏の終わりはいろいろなものの終わりだ、と感じるのもこんなときだ。蝉が鳴かなくなり、店頭からすいかや花火が消える。なにかが終わり、そしてまた新しくはじまる季節。影野にとって秋は不思議に厳粛な季節なのだった。通学路にある生木のベンチはもやもやと日なたくさく、苔むした足元に気のはやい落ち葉がふうわりと吹きだまっている。
部活では宍戸が華奢な、というより明らかにほそすぎる二の腕をさすりながら、最近さぶくないっすか、と言うので影野はくちびるをほころばせる。気温の変化に敏感なひとは、ひとの気持ちにも敏感なのだ。小春日和には決まって狂い咲く、やさしい植物たちみたいに。軟弱だと言いながら、染岡がそのうしろあたまを張り飛ばす。染岡はまだ夏の風情をしっかりと漂わせていて、ユニフォームなんかわざわざ肩までまくり上げている。影野は困ったようにわらい、もう秋だからね、とひとりごとみたいに呟いた。染岡さん見てるとよっけさびーっすよ。宍戸が愚痴っぽく言いながら、ぐしゃぐしゃに丸めてあったジャージに腕をとおす。うるせえとまたあたまをはたいて、染岡は肩を怒らせたままグラウンドへ行ってしまった。影野の隣で宍戸は寒そうに肩をすくめて洟をすすっている。風邪を引いたのかもしれない。
いろいろなものが終わってゆく瞬間を見届けるのは、ひどくさびしくて胸がいたい。ぐたりとあたまを垂れ、枯れて腐るのを待つばかりのひまわりや、濁ったまま置かれるプールの水。秋は厳粛だ。厳粛でさびしい、葬送の季節。羽が葉脈みたいにぱりぱりに透けた蝉の死骸が、丸めた足を天に向けて横たわっている。グラウンドの隅に指先で穴を掘って埋めてやった。添える花もないので、せめてきれいに土をかけてやる。影野、と声をかけられ、手を払いながら立ち上がって振り向くと染岡が不思議そうに眉を寄せて、なにしてんだ、とひくくたずねる。なんでもないよ。正直にそう言うと、染岡はきゅっと目をほそめて、言いたいことを我慢しているみたいな顔で影野をじっとにらんだ。半袖のシャツからつき出した染岡の腕は、夏を確かに残している。弔辞を読むうつろな背中のような、それには耐えきれないと思った。もう帰ると言うと、染岡はなにも言わずに自分が先に立って歩き出す。影野は足をはやめて染岡を追い抜いた。空の向こうのほうが燃えるようにあかい。
染岡は鈍感だ。やさしいくせに気づきはしない。いつまでも咲けないつぼみのような、傷んだままだらしなく実りつづける果物のような、それはひどく息のつまるやさしさだった。そして染岡のそんなやさしさを、息がつまるなどと考えてしまう自分に影野はひどく落胆する。追い抜いた瞬間に染岡はどんな顔をしただろう。傷んだ果物ならもいで棄てられるのに、咲けないつぼみなら水をあげられるのに、どうしてそれが染岡にはしてあげられないのだろう。と思った。やさしくないのは百も承知で、でも、それでも。影野は思う。ぶれてしまったら終わってしまうのだ。いつだって、関係なしに消えてしまうものだってあるのだ。
染岡はいつもくるしいみたいな顔で影野を見ている。こわいかなしいつらい顔の染岡。その顔を見てしまうと、その無遠慮なくらいに痛々しい目を見てしまうと、それだけで影野はもうなにも言えなくなってしまう。まるで夜露に濡れた落ち葉の、踏むとしわりと沈むさびしい感触のように、染岡のまなざしはそれだけで影野の芯をしわりときしませる。なにが欲しいのかなんか言わなくてもわかってる、とでも言いたいような、親密さはおもたい沈黙にかき消されてゆくだけだというのに。それを見てみぬふりをする、染岡の視線はとめどない河に似ている。ふたりを閉じ込めて逃さない、ゆけば帰れぬ死出の河に。それに呑まれることは、たぶん自分にはできないのだと影野は知っていた。だからさびしいのだと知っていた。染岡が望むようには、どうしたって自分は生きられないのだ。そんなことはもう十分に気づいていた。染岡がこわいかなしいつらい、くるしい顔をしなくたって。
携帯がわなないた。次から次から、途切れることなくメールがやってくる。くろくつるりとした塊は、影野のてのひらの中で瀕死の蝉のようにもがき続けた。脳裡をどろりとした、倦怠に似たものが満たす。送信アドレスは全部おなじもので、次々にやってくるそのアルファベットの羅列は劇薬のタブレットだった。影野にとって、必要でないものものだった。指先がつめたくかたまる。受け取ったメールを削除しようとしたとたん、すとんと電源が落ちた。がちゃがちゃと画面上に無数のアイコンが点滅し、やがてまっくろに動かなくなる。充電の切れた携帯を手にしたまま、影野はなにもない虚空をぼんやりと見上げた。消すことさえもかなわない、鮮やかすぎる、それは、まぎれもない悪意だった。かなしいことに、それは希望にすら似ていたのだ。あまやかに絶望をまとわせたまま、そうであるようにと願わせてしまう、ほどには。






死出の河
影野。
PR
[305]  [304]  [303]  [302]  [301]  [300]  [299]  [298]  [297]  [296]  [295
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]