ヒヨル 夕なずむ 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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弁当箱をぶらさげて、染岡は教室の後ろの扉をがらりと引いた。窓際のいちばん後ろの席。影野がやはり弁当箱を机の上に出しながら、ふと気がついたように染岡を見る。
ケガどうだ。大丈夫か。空席の椅子を引っぱってきて、染岡は影野の机にすわる。ありがとうと言う影野の頬にはおおきな湿布が貼られていたし、顔色もやたらわるかったので、あえて大丈夫とは言わないその返事はひどくいたいたしかった。
なんで松野あんなにキレたんだよ。はしを持って弁当箱のふたを開けながら染岡がたずねた。影野が驚いたように言う。知ってたと思った。なのでわかんねーよと言ってやる。染岡はそういう感情の機微には、面倒なのでうといふりをしている。
影野は言葉少なに、おおよそ染岡が想像していたとおりのことをしゃべった。声が少しくぐもっている。染岡は遠慮なく弁当をかき込むが、影野のはしの先は、きれいに巻かれた卵焼きをくるくるとほどいているだけだ。
そんでなんでお前はそー手加減みたいなことすんだよ。それでも結局責めるような小言のような、そんな妙な具合になってしまう。そりゃ松野だって怒るだろ、プライドとかあんだからよ。言いながら染岡はから揚げを口につっ込む。影野は一向に食べようとしない。
うん。なんだか照れたようなはにかんだような、そういう風に影野がいいよどむ。めんどくせーななんだよ、言ってみろよ。せめてもう少しやさしく言えたら、と、思わないでもない。
松野が。影野がゆっくりと口を開いて言う。松野がケガすると思ったんだ。
はぁ?染岡は思わず目を見開いた。お前、サッカーなんだからケガなんかつき物だろ。いまさら何なんだという意味を込めてそう言っても、影野はなにも言わない。ただうなづくばかりの前髪に隠れたその目が、おそらくは昨日のあの瞬間を見ている。
それにお前、言いかけて染岡は言葉につまる。理由がどうあれ結果がどうあれ、昨日松野はケガをしなかったし、その松野が手を出したせいで、影野はしなくてもいいケガをした。
松野、ものすごく怒ってた。結局影野ははしを置いてしまい、両手で顔を覆うようにした。その仕草があまりにも絶望的だったので、染岡はかけてやろうとした言葉を飲み込んだ。影野がなにをかなしんでいるのかわからなかった。あのとき影野がしたことが、最良だったとは言えないにしても。
どうしたんだよ。染岡が影野の肩にそっと触れて言う。やわらかな髪の毛が落ちてくる。俺あのときなきもしなかったとちいさな声で影野が言った。顔を覆う手のすき間から見える湿布が、やけに目にこびりつく。
なんでだろう。俺あのとき全然かなしくもなんともなかった。
染岡は言葉をなくした。あのときの光景が何度もよみがえる。あおざめた顔をした影野は、松野を通りこしてずっと遠くを見ていた。松野も半田も大声でわめいて、暴れて、泣きじゃくって、それはいたいほど空気をうねらせていたのに。
影野?染岡は呼びかけた。影野はゆっくりと顔を上げて、誰もいない空間にちいさく笑った。なにがこわかったのかもう俺はわからない。そう言いながらほそい指で湿布に触れて、でも松野が怒ってたんだと影野はちいさな声でつぶやく。
お前なきたかったのか?影野はちょっと悩むような仕草を見せたが、それでもなにも言わなかった。はしを手に取って、ああ食欲がないと困ったように言った。問いかけてから染岡は気づいた。なきたかったのはたぶん自分だ。
そう思った瞬間にあのときにっと染岡にわらいかけた半田の気持ちがわかったような気がして、染岡は弁当の残りをいそいで口に押し込んだ。なくものかなくものかと言い聞かせ、影野のあおざめた横顔をながめた。
それでもやっぱお前もわりーよ。影野はその言葉を聞いて、またちょっとわらった。俺もそう思う。落ちかかる髪の毛を肩にかけるようにしてやると、首のほうまで腫れていることに気づいた。俺がわるかったんだ。影野がしゃべるたびに引き攣れるように動くそこに無性に触れたくなって、それでもなにもできずに染岡は手を放す。
本当はあのとき、半田よりも先に松野を殴ってやりたかった。だけどそれさえも今となってはその理由がわからない。松野をそんなに大事にしているくせに、影野が松野を通して見ていたものが、とてつもなくおそろしいと思った。あの日飛び出した夕焼けの色が、今でもまぶたの奥ににじんで動かないのに。そうしてもっとお前にやさしくできたらと、今この瞬間だって思っているのに。
そういえばケガは大丈夫かと逆に問われたとたんに、松野にしつこいほど蹴りつけられたスパイクの傷がひどくいたんでまたなきたくなった。答えることはせずに、影野、とあきれるほど何度も呼びかけた。言葉が返るたびに影野は染岡を通りすぎていくし、あの夕暮れは動くこともしない。





夕なずむ
染岡と影野。もやもやするふたり。
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