ヒヨル たましいのいちばんおいしいところ 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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『神様が大地と水と太陽をくれた』
『大地と水と太陽がりんごの木をくれた』
『りんごの木が真っ赤なりんごの実をくれた』
夢の中でおかしいほどに孤独な夜の、その翌朝にはさびしくて誰でもいいので手を伸ばしたくなる。朝食を億劫がりながら摂っている間なんかはもうさびしくてさびしくて死んでしまいたくなるくらいに心細いのだが、家を出るころにはもう別のものがちゃんと意識を包んでいるので大丈夫なのだ。太陽のまわりだけまるく削がれたような重たい曇天が、やんわりと重力のてのひらで染岡のあたまや肩を押しつけている。おはよー、とか、おーす、とか言いながら自分を追い抜いていく友人たちの指や背中が、視線のずうっと先でわらわらと粒になって寄り集まる奇妙な感覚。後ろからすごい勢いで女子生徒が自転車を立ち漕ぎしてきて、その透明なくらいしろいひざの後ろとそれに連なる足の見とれるくらいにきれいなひふが、それ自体発光しているような鮮烈さでもって網膜を打ち抜いていった。意識の中身がゆっくりとゆるんでぐずつく。嫌な朝。嫌な感じ。
『まるで世界の始まりのような朝の光と一緒に』
席について鞄を開けて、あ、と染岡は言葉を飲む。数学の教科書が入っていない。ちっと舌打ちをしてしぶしぶ席を立ち、染岡は教室を出た。影野の教室を後ろの扉からそうっと覗き込むと、それに気づいた知り合いの何人かがおーすと寄ってくる。よう。よ。なんか用事。あー、影野いる。影野ぉ?影野ー。ひょろひょろとせいの高いバレー部の友人が、一度教室の中を振り向いて見渡し、来てない、と首を振った。めずらしーな。な。影野になんか用事あんの。教科書忘れた。貸してくれ。別にいーけど、なに。数学。今日うち数学ねーよ。まじかよ。早く言えよ。知らねー。友人たちはげらげらとわらい、隣はあったよと指をさす。さんきゅと軽く手を挙げてもと来た廊下を引き返すうちに、朝しっかりと包んできたはずの意識がぐずぐずに染み出してきてべたついていることに気づく。脳の内側にどろりとさびしさを塗り込めたような、空虚で不快な嫌な感じ。隣のクラスの半田からよれよれの教科書を借りて教室に戻る。机の上で開いたままの鞄の中からは今朝方の自分が覗けていて、中身を全部ひっくり返して空っぽのそれをロッカーに投げた。
『何ひとつ言葉はなくとも』
焼却炉にごみを捨てに行く途中、飼育小屋の前にしゃがんでいる女子生徒を見た。空の小屋の金網のすき間に、草を山ほど押し込んでいる。ぎょっとして思わず遠くからその横顔を盗み見たが、むしろどこか穏やかな表情をしていた。目の力強さが少しだけ木野に似ている。焼却炉にまるいごみ袋を押し込みながら、染岡は思い出していた。今朝の通学路で、立ち漕ぎで自分を追い抜いていった彼女のことを。草を押し込む彼女の指は、曇天を削ぐ太陽のようにしろくまぶしい。無言でそこにしゃがみこんで、それでも彼女は驚くほどに力強かった。空っぽの小屋は宝箱みたいだった。愛情で丁寧にぴったりと覆われた、空っぽでさびしい宝箱。センティメンタルに釘をさすつもりなんかなかったけれど、染岡は直感のように思った。もしも自分がだれかに恋をするなら、それはこういう女と、ひっそりと孤独に始めるのだろう。部活に影野は来なかった。そのせいで松野は終始不機嫌だった。金網に詰められた草はしおれてかさかさになっていて、夕陽がうなじを焦がしていく。まるで茶番劇のように、あらかじめ決められていたように、染岡は見てみたいと思ってしまう。影野の空っぽのロッカーの中に、押し込められている有象無象を。
『あなたはわたしに今日をくれた』
やがて夢の中で、脱皮するみたいに起き上がった影野が、骨みたいなしろい脚でつよくつよく歩いてゆくのを、染岡はまぶしいものを見るように送った。葛藤や鬱屈をいっぱいに抱え、それでもそれしかしらない嬰児のように、どれだけ打ちのめされてもいつの間にか影野は歩いてゆく。染岡が気づくよりずっと前に、たったひとりでそれを始めてしまう。染岡は目を閉じた。耳元で誰かが泣いている。影野がふつりと立ち止まり、名前を呼びながら振り返る聖なる幻想。失ってしまったことには、今すぐにでも気づかなくてはならなかった。だけど誰が責められる。彼のきよらでまばゆいその指の甘しことを。いつの日か消えてしまうものたちを、拾い集めた透明な宝箱に、永遠という鍵をかけて、それがすべてだと信じていたかった。分かたれないものを分かち合おうとする。ぼくらは孤独でさびしくて、思い出を燃やしてきみを、または、ぼくを繰り返す。
『そうしてあなたはじぶんでもきづかずに
あなたのたましいのいちばんおいしいところを
わたしにくれた』
その代わりきみは希望なんてくれなかった。







たましいのいちばんおいしいところ
染岡と影野。
谷川俊太郎「魂のいちばんおいしいところ」より。
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