ヒヨル だって!本当は!クレイジー! 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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嘘がうまいひとになりたかったと思う。周りがみんなよくわからないひとばかりだったのだ。たまに遠くと近くがちぐはぐに見えたり、そのせいでぶつかったり転んだりすることが多かった。鼻はその名残で、いまだに少し歪んでいる。父方のじいちゃんはおまえはロンパリでかわいそうだ、というようなことをよく口に出して、父親とか母親とかにいやな顔をされていた。ばあちゃんは特になにも言わなかったけれど、ときどき左のまぶたに指を当てて、ここを見てごらんと不思議なことを言う。じいちゃんは今ではロンパリと言わなくなったけれど、これは今も習慣として続いている。視界にぼやけて映るばあちゃんのななめになったつめたい指。周りはみんなよくわからないひとばかりだった。何もかもおかしいと思っていて、それは今も引きずっている。どうしてかはわからないが、車に乗るのもあまりすきじゃなかった。信号はひとりでは絶対に渡らせてもらえなかった。
ときどき影野が自分をじっと見つめていることを、栗松は変なひとだなと思いながらもかすかな嫌悪感とともに甘んじて受けていた。不注意なのかなんなのか、栗松は練習中によく他のプレイヤーと接触することが多い。体格差でだいたいは栗松が弾かれるのだが、そうして怪我をするそのたびに影野は栗松をじっと見ていた。なにかを考え込むように、じっと。
以前、ひとのめったに通らないふるくてぼやけた歩行者用信号の前にずっと立ち尽くしていたら、近所のひとが不審な目でこっちをうかがっていたことがある。別にすきで立っているわけではなかったのだが、あのときのかすかな、本当にかすかな嫌悪感にそれは似ている気がする。嫌悪感と、不条理。自分の周りには、よくわからないひとがたくさんいる。理由がまるでわからない。そのあと後ろから来た自転車のおっさんと一緒に信号を渡って、それから二度とその道を通らないようにしようと決めた。そうやって少しずつ、自衛を身につけている。
栗松、と呼び止められたときに、部室にはふたりしかいなかったので居心地が妙に悪かった。なんですかと振り向くと、ちょうど逆光になった窓際に影野が立っていて、そのシルエットが不気味で気持ち悪かった。影野は骨がでっぱった肉の薄いがたがたの手首と指をしている。その手が、ぬうと栗松の額に触れた。栗松の家族は。ぼそぼそと呟き、そこでうん、と考えるように首をひねり、嘘が上手だね、と言った。は。なにを言われているのかよくわからなくて栗松がぽかんと口を開けると、だって知らないんだろ、と陰気な口調で影野は続けた。重たい前髪の下から重たい視線を寄越しながら、にこりともせずに続けた。
少林寺と一緒に弁当を食べていると、おまえってときどきすごいとこ見てるな、と言われたことがある。意味がわからないので首をかしげると、少林寺はじれったそうに左目のまぶたを(ここを見てごらんとつめたい指でやさしくさわるばあちゃんのように)押さえて、こっち、と言う。左、たまにすごいとこ見てるよ。それでも何のことかよくわからなくて黙っていると、少林寺は驚いた顔をして、それからちょっとわらって、そうだよなとへんにやさしく言うのだった。自分のことじゃわかんないよね。別におかしくないよ。おかしいとかおかしくないとか、まずそれがよくわからないので適当に神妙にうなづいておいた。にんじんとブロッコリは口に入れるまで区別がつかないということは、そのときは黙っておいた。
歩行者用信号、上と下で違う色してるんだよ。影野は陰気な視線で陰気な口調で、それなのにやけにせつなげに、そう言った。にんじんとブロッコリは、色で区別がちゃんとできる。あと、壁山と宍戸って、髪の色違うんだよ。栗松はまばたきをする。影野が一瞬ものすごく遠くに遠くに見えて、だけど次の瞬間には額に手を触れてそばにいた。うすいくちびるが動いている。奇妙に、陰気に、それ以上に痛々しく。知ってた。知らないんだろ。
(知らないんだろ)
それから数年後、ひとりで信号を渡ろうとしてそれは見事に車にはねられた。血がものすごく出たけどただ鉄くさいだけの液体だった。あっという間に病院に運び込まれて、ついでに目の手術もしてくださいと母親は頼んだらしい。再生不可の左の鼓膜と左目をぐるぐるに巻かれて、そんな風にしておいて神妙な顔で医者は言う。うんてんめんきょのしゅとくわおすすめできません。ひかえられたほおがいーかとおもいます。わるいことわいわないのでやめておきなさい。みどりとあかの、緑と赤の区別がつかないのは致命的です。ちめいてきです。
十八のときに免許を取って、あのときの手術が斜視矯正のものだと知った。じいちゃんはもうロンパリと言わないし、ばあちゃんがつめたい指でまぶたを押さえることもしなくなった。信号の区別はまだできないので、上下左右で覚えて理解した。嘘がうまいひとになりたかったのは、周りがみんな嘘をついているからだと思っていたし、あの頃確かに自分は限りなく自分だけの世界に棲んでいた。望みもしなかったのに。周りには今もよくわからないひとがたくさんいて、だからあの頃身につけた自衛をいまだに全身にまとっている。自分にはそうするしかないと気づいてしまったのだ。陰気な口調で知ってたと問われて、知らなかったとしか答えることのできなかった自分には。
栗松が自分が色盲だと知ったのも十八のときだった。嘘がうまいひとには、今もなりたいと思っている。








だって!本当は!クレイジー!
栗松と影野。
栗松が色盲で斜視だといいな、というはなし。あと影野がアスペルガーだとこんな感じかな、というはなし。
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