ヒヨル 明日は雨かもしれない 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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少林寺の足は身長に比較すると大きめで、親指がすんなりと伸びたきれいな形をしている。ひらべったい貝のような爪と、海外モデルの少女のそれみたいな優雅なカーヴの土踏まず。使い込まれてがさついたかかとや親指の付け根がかすかにあかく色づいていて、水から上がったばかりのひふはなめらかにくたびれている。少林寺は派手な靴紐を指で引っかけて、白地にそらいろのラインが入ったスニーカーをぶら下げている。くるぶしがやけに出っぱった裸足の足首が、奇妙になまなましく思えて影野は目をそらした。息がつまる。ユニフォームのポケットからくしゃくしゃの靴下を出して左だけ履き、それからぶら下げていたスニーカーをぱたんと落として片足ずつ突っ掛ける。右の膝からふくらはぎにかけて広範囲に擦りむいた傷が消毒液と血でてらてらとひかっていて、それが少林寺の動作をぎこちなく重たくしていた。いたそー、と音無が棒読みみたいな口調で覗き込んでいる。
精度の高いプレイをする少林寺にしては珍しく、カットミスでえらく派手に弾かれていた。ぶち当たったのは半田でそのことに大げさなくらいにうろたえ、豪快に怪我をした少林寺をおぶってあっという間に手洗い場まで走っていってしまった。そのときにスパイクも破損して、今は交代要因でベンチに収まっている影野の隣の『負傷者席』でつまらなそうな顔をしている。影野のさらに向こうから目金が心配そうに何度も身を乗り出してくるが、少林寺はそれには気づかずに歯の部分がべろりと剥離したスパイクを所在なげにいじっていた。監督がぬっと後ろから少林寺を覗き込み、痛いか、とみじかく尋ねる。少林寺はそれには答えずに、スパイク壊れたし、とくちびるを尖らせた。そうして影野の方を向き、ね、と小声で同意を求める。影野が答えに窮していると、監督の分厚くおおきな手のひらが少林寺のあたまをあやすように撫でた。すぐになおるよ。ほんと。ほんと。よかった、と少林寺はようやくくにゃりと背中をまるめ、それと同時に目金の方から安堵のため息が聞こえた。
プレイ中のグラウンドからは半田がせわしなくベンチに視線を投げかけている。少林寺はそれに気づいて、左足をぷらぷらと揺らしながら両手を振った。半田もそれに応えるように手を振り、それとほとんど同時に松野のドロップキックで吹き飛ばされる。詰め寄る半田にジャッジスルーの改良版云々と講釈を垂れる松野を見ながら、少林寺はあはははと気楽にわらっている。怪我。影野は小声で問いかける。痛くない。痛くないですよ。少林寺はにこりとわらう。そう。先輩も監督も、気にしすぎです。そうかな。それにスパイクのが重傷ですよ。またマァマに怒られます。ふふふ、と影野はひくくわらい、半田が見てるよ、とグラウンドを指さした。
言われた通りにグラウンドに視線を向ける少林寺の、つるりと乾いた消毒液のひふにきまりわるく視線を落としながら、それでも影野も、よかった、と思った。少林寺が自分に対してぶつけてくるものに、往々にして影野はひるむ。ね、と囁かれたあのちいさなちいさな一言が、そこに潜む過剰なほどの親愛や遠慮が、会話としてならとっくに押し流されてしまった向こうから今もまだ影野の喉のあたりをじりじりさせている。少林寺は決して組織にも個人にも従順な質ではなく、それでも影野に相対するときにだけ、少林寺はその傲慢さにほとんど病的な素直さをまとってしまうのだった。いつまでも部屋になじまない拾いものの動物みたいに、聞き分けのないお仕着せの子どもみたいに、少林寺が素直さでもってぶつけてくるものはいつでも影野を居心地のわるい気分にさせる。しかもそれだけじゃなく、その病的な素直さは自らよそおう少林寺にすらちぐはぐで、いかにも慣れないししっくりとはこないのだ。いかにも親しげにわらいあったり寄り添ったりしながら、まるでお互いにお互いを、世界で一番疎んじているみたいに。どうせなら。おざなりにわらいながら影野は思う。栗松や宍戸に対してするみたいに、居丈高で傲慢でいてくれればいいのに。そうしてくれたら、こんな風にかける言葉に詰まったりはしないのに。きっと。今よりはもっと上手に、親愛だろうとなんだろうと、してあげられるのに。そうしたっていいと今だったら思うのに。
ほほを片方ずつ膨らませながら、少林寺のちいさな手のひらが片膝の汚れを擦り落としている。つくりものみたいな足が、目に見えないものをかき混ぜていた。だらだらとぐるぐると、なにもしないことをいとおしむみたいに。ひょっとしてこの子とわかり合うことは、一生を費やしてもできないことなのかもしれないと影野は思った。後ろから手を回して前髪をそっとさわると、少林寺は大げさなくらいにびくりと肩をふるわせて振り向き、そしてゆっくりとわらった。ゆっくり、ゆっくりと。密な親愛をひそやかにのぞかせて。その表情に胸の奥の方がくしゃくしゃにきしんで、影野はそうっと息を吐く。伝わることもなくて、わかり合うこともできなくて、それでも今ここにふたりはいてしまうのだから、決して嘆くべきではない。わらって受け入れ、咀嚼して呑み込む。そうするべきなのだ。一生を費やしても叶わない、つくりものみたいな夢の代わりになら。







明日は雨かもしれない
影野と少林寺。
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