ヒヨル 石川や浜の真砂は 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

尽きないものというのが誰にでもあって、誰にでもあるからこそ人生は死ぬまでの暇つぶし、なのだ。自分の中に無限に湧き出るものものと、上手くとも下手だとしてもなにかしらの折り合いをつけられないならば、特に。それを例えば死ぬまで背負った業だとでも呼ぶのであれば、松野のカルマは退屈だった。なにをしても満たされない空虚は、最初からあらゆる娯楽を求めてはそのくせ拒んでいたので、松野もそれに従うように決めたのはいつ頃だったろうか。例え限りない喜びや楽しさでそこを満たしたとしても、本質的にはなにも変わらないのだという事実が、ある日唐突に松野に降ってわいたからかもしれない。なのでその日からだったかもしれない。果てしなく餌を食い続ける視床下部を破壊された動物のような空虚はその日から始まり、その日から退屈は松野のカルマになった。人生なんて死ぬまでの暇つぶしだよと誰かが言っていたので救われた。あのときの自分は救いを求めていたのだと気づく。しかし何故?
周りを見れば種なんて案外どこにでも転がっているものだったし、なので目につくものを片っぱしから拾い集めては自分の中のブラックホールに次つぎ放り込んでいく。例えば違う誰かの中に植えられたならば、世界という土壌で鮮やかに開いたかもしれない種たちを、その結果を見ずに潰して捨てていくことは安らかだった。遣りすぎた水が腐らせるのでも無情な乾きが奪うのでもない。ただ、自分の意思で、そうすること、が松野を救った。安らかだと思うのは、脳の奥にごおっと火がついて自分の体にたったひとつのことが押し寄せる衝撃でも、そのたったひとつのことに浮かされたように過ごす日々でもなく、脳の火が小さく小さくなるにつれて松野の体中からだらだらとそれらが染み出して消えていく、その圧倒的な喪失間だった。ある日唐突に潮の引くように消え失せるそれらを儚いとは思わない。これでもない。そうして松野はまた種をひとつ捨てる。これでもない。そう思うことは安らかだった。
円堂守というのはいつも不機嫌そうな顔をした憂鬱そうな同輩で、松野が知る限り四六時中彼は火花のように苛立っていた。松野を無遠慮にねめつける視線。サッカーやる?と、一応は取り繕ったような言葉。火花のような苛立ち。松野は円堂を気に入った。いいよ。その言葉に円堂はあからさまに顔をしかめた。暗い目をして、4組、木野。と言う。そこに行けということだったのだろうが、松野はそれを無視して拳を握って円堂に殴りかかった。松野の腕が円堂の左頬に吸い込まれるように伸び切る。しかしその確かな手応えよりも先に脳を揺らしたのは、焼けつくような痛みだった。松野が打ったおなじ場所を、寸分違わず殴り返す円堂の暗い目。気に入った。暫く睨み合ったのちに、腫れ始めた頬を歪めて笑うと、円堂はなにがおかしいんだかという顔をした。鼻腔から垂れた真っ赤な円堂の血。なにやってんだよと今さら喚く一般生徒やら坊主やらがやって来る。円堂は血の混じった唾をべっと廊下に吐き、上履きで擦って踵を返した。
あのときの円堂はクソかっこよかったしなんかもうどうでもいい感じだけは嫌というほど伝わったので。という理由だった。決めたのはそれだけだ。サッカーは面白くも楽しくもなかったが、面白かったり楽しかったりしている振りができる。サッカー部はサッカーばっかやるくせにやけに喧嘩っ早いやつが多いし、実際喧嘩が強いやつも多い。松野も殴ったり蹴ったり殴られたり蹴られたりする。面白くも楽しくもなかったが、いつまで経っても脳の奥に火もつかないし、だから変な風にハマったりしないし、安らかな喪失感も訪れそうもない。松野は戸惑う。戸惑って、だけどなにをするわけでもなく、いつまで経っても依然として、サッカー部にいる。
円堂。えんどーお、と二回目に声をかけると円堂は不服げに振り向いた。爪割れた。あんだけ殴ればな。円堂は血と泥にまみれたタオルで顔を拭う。目の周りが腫れているし口のわきも切れている。自分もひどい顔をしているのだろうと思うと笑えたのでダハハハと笑うとなに笑ってんだよと脇腹を軽く蹴られた。円堂の向こうでは宍戸が擦りむけた指の関節にテープを巻いている。顔を半分隠しているから被害状況はわからないが、宍戸の細長い指と拳はボロボロに見えた。傘美野サッカー部はしばらく再起不能だと思う。3人で本気で叩いてあのレベルで済むならラッキーだと雷門中サッカー部なら誰もが言うに違いない。明日まこに言うよ。グシッと濁った音で洟をすすって円堂は言う。もう河川敷使っていいって。バカだよなあいつら、普通がきから練習場所取り上げるか?松野が言うと自業自得だろと円堂は答えた。おまえ立てる?宍戸は尻を払って立ち上がると、思ったより力強い動作で円堂を引っ張り起こした。続いて松野も。
おれってこれでも飽きっぽいのよ。松野の言葉に円堂も宍戸も無反応だった。いやーサッカー部おもろいね。サッカーに喧嘩に美人マネージャーつき。おい。円堂が低い声を出す。円堂はこれ以上なにがほしいのだろうと思った。人生って死ぬまでの暇潰しだと思う?かわりにそう訊くと円堂はおれの人生なんかとっくに天国にくれてやったと答えた。なんのことを言っているのかわからずに、わからないまでもニシシと笑うとおまえってほんと意味わかんねえと円堂は呆れた顔をした。それはこちらの台詞。サッカーやめねえの。逆に円堂がそう訊いてきたので不意打ちをくらった気分になってやめるよ、と松野は答える。飽きたらやめる。じゃあまだ大丈夫だなと円堂はやけに断定的な口調で言った。見透かされたような気持ちで松野は黙る。3人ともばかみたいに暴れまわってあちこちに怪我をしたけれど、3人の6本の脚にはひとつの擦り傷も切り傷も打ち身もない。明日にはちゃんと、グラウンドでボールを蹴ることができる。
救われたいと思っていたはずだ。松野は思う。退屈は敵で、背負い続けなければならない業で、松野に巣食ったブラックホールで、一度は確かにそれでもいいと思ったのに、それでも松野は救われたかった。何故。なにも変わらないと諦めてしまったのに。何故。円堂おれサッカー楽しいよ。松野はひとりごとのように言った。そうか。円堂はそっけない。おれは全然楽しくねえよ。松野は少し笑う。円堂がいるから、松野はサッカーが楽しいのだと気づいた。円堂が当たり前みたいな顔で、サッカーなんて全然楽しくないと言うので、松野は当たり前みたいな顔で、サッカー部にいられるのだと気づいた。あーサッカーうける。松野は大声で怒鳴るように言う。うけるんですけど!!宍戸がうるせえなぁみたいな顔をしたのでスニーカーを脱いで鼻先に押し付けてやる。うお、ちょ、くせえ。珍しく声に感情をにじませた宍戸を見て、円堂は目を丸くして、おまえらばかじゃねえの、と吐き捨てるように言ったあと、ちょっとだけほほえんだ。
救われたいと思っていた。なのでまだ松野は救われはしないし、種にはまだ、芽が出ない。豊富に遣りすぎた水が、もじゃもじゃと根っこばかりを伸ばしていく。いつか芽が出たら、花を咲かせる前に折ってしまおうと思っている。人生は死ぬまでの暇潰しだと、ここでは誰もそんなことを言わない、ので。

「石川や浜の真砂は尽きれども世にぬす人の種は尽きまじ」









石川や浜の真砂は
退屈を盗まれる松野。
お誕生日おめでとうございます。
PR
[467]  [466]  [465]  [464]  [463]  [462]  [461]  [460]  [459]  [458]  [457
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]