ヒヨル 憩へかし泣くにつめたきリオの船 忍者ブログ
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どうして戻ってこなかったんだ。そう訊くと彼は丸い目をますます丸くし、うーんうーんと文字通り大いに首をひねったがなかなか言葉は出なかった。無駄だと思ったか。重ねて問うといやまぁそれも少しはあって、となんともきまりも歯切れも悪く答える。どう足掻いても仕方のないこともある。怪我が完治するに加えリハビリまでにかかる時間だとか。プレイヤーの数とベンチに入れる数は合わせて16人までであり、それは決して増えることをしないだとか。色んな面で周りに劣っていることを知っていたのは栗松自身であったし、半端な慰めだって叱咤だってなくとも栗松が従順に久遠の指示に従うことはわかりきっていた。その諦めの早さが欠点だと半田や染岡は言う。本当はもっとやれるはずなのに。そんなことは半田に言われずとも円堂だってわかっていた。栗松が帰ってしまったときに恐らく円堂は栗松よりも悲しんだし悔しかったし、挙げ句戻ってくるという言葉を誰よりも信じた。誰よりも。栗松よりも。
栗松はさんざん唸ったあとに、うまく言えないでやんすが、と前置きして、さっきキャプテンが言ったことが一番正しいでやんす、と答えた。戻っても無駄。それでやんす。ふうん。円堂が鼻を鳴らすと、あーと栗松は困ったような顔をする。ええと、あと、他にもあって。言ってみろ。栗松はますますきまり悪いような照れ臭いような顔をした。居心地がよくて。円堂は眉を寄せる。当たり前だろ。誰が作ったチームだと思ってんだ。ああそれは、ハイ、ええと、おれは雷門でキャプテンや先輩たちのすごさを痛感したでやんす。なんかこう、と栗松は半端に宙を見上げて唇を曲げた。円堂は深く息を吐く。栗松がびくりと肩をすくめた。ええと。円堂は唇を横に開いて歯を剥き出すようにする。言いたいことはわかる。はぁ、すみません。んでも自分の言葉で言え。栗松は驚いたように円堂を見つめた。短気な円堂はまだるっこしいのを好まない。普段ならば面倒くさいとこの会話自体を既に切り上げている頃だった。
栗松は困ったような顔をして、それからちょっと笑った。珍しいでやんす。なにが。キャプテンとこんなに長く話すの。そうか。意外な気がした。それもそうかと思い直す。おれは日本に帰って、半田さんや松野さんや影野さんとたくさん話をしたでやんす。シャドウさんや一斗さんや、宍戸やしょうりんやたまごろうとも。栗松は膝の上で広げたてのひらをじっと見ている。サッカーの話じゃなくて、普通の話を。みんなサッカーが好きかどうかとかは関係なくて、みんなそういう関係ないもので、笑ったり、怒ったり、喜んだり、したでやんす。おれは、と栗松は言葉を切った。おれはキャプテンとどのくらい話をしたんだろうって思ったでやんす。その言葉に、円堂は目を開いて栗松の横顔を見る。あ、キャプテンがあんまり話すの好きじゃないってのはわかってるでやんすよ。不意にこちらを向いた栗松に、おう、と円堂は我知らず声をこぼした。栗松はまた前を向き、でも、と言う。でもおれは、やっぱりもっと、キャプテンとたくさん話をするべきだったでやんす。
円堂は言葉を探し、見つけあぐね、結局あえぐように短く息をした。それで。栗松が円堂を見る。なにが変わる。おまえに、なにかいいことがあるのか。栗松は一瞬悲壮なほどの目をした。それから真面目な顔をして、たぶんもう遅いでやんす、と言った。もう終わってしまったから。ああ。円堂はやりきれない思いになる。もう終わってしまったことだ。あのときもあのときも。そしてそのどちらにも、円堂は栗松になにひとつ言葉をかけてやれなかった。悲しかったし悔しかった。それでも。それでもおれは。そう言ったのはどちらだっただろうか。円堂はいたたまれないような気持ちになる。どうして。拒んできたのは円堂だった。拒んで、拒んで、孤独になって、分け合うものがなくなれば、救われると思っていた。天国のようなサッカーから、救われると思っていた。救われたいと思っていた。たったひとりで。栗松は円堂をじっと見ている。こんなに果てしない後悔をするのならば。円堂は目を閉じる。行かせてしまうのではなかった。あのときも。あのときも。
キャプテン。栗松が呼びかける。キャプテン、泣いてるの。冷たいものが頬に触れた。その言葉と同時に。冷たくて柔らかくて小さいもの。本当は円堂はちっとも泣いてなんかいなくて、涙はとうに枯れ果てたと思っていたし泣くという贅沢な行為はとっくに忘れてしまったと思っていた。それでも。それでもきつく閉じた目の隙間から涙は果てしなくぐずぐずとだらしなくこぼれた。円堂がとうに枯らしたと思っていた涙は栗松の冷たくて柔らかくて小さい指先をしとどに濡らす。円堂は自分がなぜ泣いているのかすらわからず、それでもとめどなく突き上げるものに逆らうこともせずにただひたすらに泣き続けた。おれは。円堂は思う。今まで誰かと話したことはあっただろうか。誰かと、サッカーと関係ない普通の話を。普通の話で、誰かと、笑ったり、怒ったり、喜んだり、したいと思ったことがあっただろうか。ひとりがよかった。ひとりで救われたかった。だけどこんなにも悲しかった。誰かと分け合うことが、自分を傷つけると思い込んでいた。
どうして戻ってこなかったんだ。円堂は洟をすすり、独り言のように呟いた。栗松はやはり独り言のように、キャプテンに会いたかったんでやんすよ、と答えた。だからずっと探してたでやんす。円堂は胸まで溢れた感情をこらえきれずにうつむいた。円堂は傷つくことが怖かった。誰も気づかなかったそれっぽっちを、栗松はずっと知っていたのだ。あのときから、ずっと。












憩へかし泣くにつめたきリオの船
円堂と栗松。
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