ヒヨル ディスコ・ブラディ・ディスコ 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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凍てつくような冬の夕焼けは燃えるようにあかい。芯から冷えた手のひらを擦り合わせながら夏未はそっと足を踏み換えた。ジャージの下にヒートテックと厚手のタイツに靴下を履きネックウォーマーを重ねても、深まりつつある冬の寒さはしんしんと骨に響く。夏生まれの夏未は寒さに弱い。マネージャーなんかやっていなければ、こんな日には暖かな部屋で温かなロイヤルミルクティーでも飲んでいるところだ。汚れた軍手を押し込んだぽけっとがまるく膨らんでいる。水仕事が多いマネージャー業には、軍手はあまり役に立たない。それでもないよりはましだと木野が夏未と音無にくれたものだ。夏未の軍手は手首の飾り糸がピンク色をしている。その軍手いいなと円堂が言ったので、それを言われた日から毎日夏未は軍手を手洗いし、部活のときには欠かさず身に付けている。軍手はいいものだと夏未はそこではじめて知った。いつもきれいに手入れしていた爪が割れて欠け、ささくれや細かい傷が目立つようになった自分の手を包んで隠してくれる。
そっと部室を覗くと、同輩が机に向かって部誌を書いていた。ぞろりと長い髪をした、鼻の高い横顔。夏未の視線に気づいたのか、影野はふいと顔を上げて夏未を見た。なんで外にいるの。もそりとした問いかけに夏未は一瞬息を飲み、まばたきをして、だって変だわ、と答えた。変。ふたりでいるなんて、変よ。そう思わない?その言葉に影野は髪の毛を背中に払って振り向いた。ああ、おれだけか。影野のする緩慢なしぐさは、夏未にいつも草食動物を思い起こさせる。からだの大きな、やさしい瞳をした草を食べる動物。鍵当番代わろうか。影野の言葉に、夏未は扉から顔だけ覗かせたまま、その首を横に振る。いいえ、結構よ。じゃあ、入れば。影野はゆっくりと周りを見て、中も寒いけど、と続けた。その言い方がなんとなくおかしくて夏未はちいさく微笑む。大丈夫。それより早く仕上げてくれた方が助かるのだけど。ああ、ごめん。急ぐ。言いながらも影野のしろい手は緩慢なままで、夏未はそっと目を細めた。彼のそういうところは嫌いではない。
扉を閉め、脚をからだに引き寄せるようにしゃがむ。グラウンドは既に藍色が濃い。恐らく夏未に気を遣って、鍵当番は2年マネージャーにはほとんど当たらないようローテーションが組まれている。それでも夏未は遅くまで残るのが嫌いではなかった。最後に当番をしたときに部誌を書いてたのは半田くんだったかしら、とふと思い出す。半田はカッターの腕をまくってあっという間に部誌を書き、夏未を駐車場まで送ってから彼女と一緒に帰っていった。じゃあまた明日、と、半田と一緒に夏未と面識のないはずの彼女までも手を振ってくれたことがとても嬉しくて、その光景が夏未の中に妙に鮮明に生きている。ぽけっとから軍手を引っ張り出して手にはめる。ささくれの指や欠けた爪を、たとえ半田くんの彼女がしていても。夏未は思う。それでも半田くんはあの子と手を繋ぎたいと思うのかしら。指を曲げると関節の皮膚がきしむように突っ張る。あかぎれになるかもしれない、と思った。
軍手の、薄汚れたタオル地の甲を見ながら、夏未はちいさくため息をつく。わたしの手はもうちっともきれいじゃない。きっと、この細かい傷やささくれや割れて欠けた爪たちが、一番繋ぎたいあのひとの手を傷つけてしまう。肩の辺りに這い寄る冷気にぞくりと身震いをする。木野のことを思った。まっしろい頬ときれいな手指をした木野の美しい横顔。木野は、ときどきあのひとの鍵当番を交代してやっている。どうしても用事があってと拝むようにするあのひとに、当たり前のようににこりと笑って、いいよ、と差し出される鍵を受け取る木野のしろくて華奢できれいな手指。木野の軍手の飾り糸は濃い緑色をしている。その奥に守られた木野の手となら。夏未は息を吸った。あのひとは手を繋ぎたいと思うのかしら。それは、わたしとはできないことかしら。そこまで考えて、夏未は唇を曲げて笑った。やめよう。身も蓋もない。詮もない。せめてそういうみっともない女にはならないようにしようと思っていたのに。木野の隣で、せめて対等のように、立っていられるようにしようと思っ
ていたのに。
扉が開いて、影野がぬっと出てくる。遅くなってごめん。夏未ははっと顔を上げて、首を振る。影野は扉に施錠する夏未を恐らくじっと見て、それいいね、と言った。夏未は軍手を見下ろす。ピンクの飾り糸の、薄汚れた軍手。あのひとが誉めてくれたもの。いいなと言ってくれた、はじめてのもの。なんと返したものか戸惑っていると、ごめん、と影野は静かに言った。おれなんかに誉められても嬉しくないよね。夏未は目をまるくし、慌てて首を振った。違うの。嬉しいの。ただ、びっくりして。びっくり。そう、と夏未は笑う。円堂くんとおんなじこと言うんだもの。影野は一瞬言葉を詰まらせ、それはびっくりだね、とやさしく繰り返した。ふたりで連れ立って行った守衛室には木野が当たり前のように待っていて、影野とふたり、夏未に手を振って帰っていった。世の中はままならない、と夏未は思う。一番手を繋いでいたいひとと、手を繋げることなどないのかもしれない。凍てつく夕焼けが傷つけたものたちに、それでも自分だけは傷ついてなどいないと涙を溢した。










ディスコ・ブラディ・ディスコ
夏未。
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