ヒヨル 休日のマザコン野郎ども 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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蝉しぐれの代わりに足の指の間を埋めるものが雨だった日だ。そんな日だ。昨日までと言わない、今朝までは腹立たしいほど晴れていたのに、突然空がおもたく塗りつぶされたかと思うと恐ろしい勢いで雨が降り、それはたちまち豪雨になった。染岡はあくびをしてベンチにふんぞり返り、わずかにほそく開いたままの部室の扉を見た。さっきまでそこでおとなしくゲームをしていたかと思ったのに、突然立ち上がってふらりと出ていった宍戸が閉めきらなかったものだ。しぶきこむ雨がコンクリートの色を変え、狭いプレハブは溺れそうなほどの湿気にうずくまる。栗松は居心地がわるそうな顔をして、神経質にスパイクのひもをいじっていた。練習試合が終わったあと、ボールやらばけつやらクーラーボックスやらの荷物はそのまま部室に投げこまれている。じゃんけんで負けた三人が、翌日それを片づけることになっていた。ひどい日に当たったもんだと染岡はため息をついた。栗松がちらりと染岡を見る。
片づけはなんとなく終わったような終わってないような、といった雰囲気で、それは染岡も宍戸も自分からはなにもしないからだった。宍戸はそれでももそもそとボールを数えてノートに書きこんだり新しい試合球をおろして前のやつを練習用のかごに入れかえたりしていたが、染岡はベンチで宍戸が持っていたジャンプをずっと読んでいた。めだかボックスまで読んで顔を上げると、宍戸はタイヤの上にあおむきに寝ころんでいて、栗松は奥の道具入れから石灰の袋を引っぱり出しているところだった。部室が一瞬揺れたのはそのときで、次の瞬間にはすさまじい雨音がいがらっぽい空気を叩いた。栗松ははじかれたように部室を飛び出し、干していたらしいアイシングのサポータを抱えて戻ってくる。それをおざなりにたたんで片づけ、宍戸の方を見た。宍戸はからだを起こして、モンハンやろーぜ、と鞄からゲーム機を取り出す。そうしてふたりで顔をつき合わせてゲームをしていた。ついさっきまで。
あいつ便所か。その言葉に栗松は顔をあげ、さあ、と首をかしげた。その言葉に染岡は鼻から息を吐いて首を回す。へんなやつ。栗松はタイヤに腰かけて低いところをじっと見ている。あいつといてよく平気だな。言いながらちらりとそちらを見ると、栗松は背中を伸ばしてぱたんと後ろに倒れた。さっきの宍戸もそんなふうにごろごろしていたな、と思う。ジャージは膝までまくってあった。部室はただでさえむし暑い。宍戸は。両腕で顔をおおうようにしながら、栗松はぽつりと言った。あれで寂しがりやなんでやんす。へえ、と染岡はちょっと目を開いた。寂しいから、寂しくならないように、いろんなところで考えてるんでやんす。よくわかんねえな。わずかの沈黙を挟み、染岡はぼそりと答える。回りくどいっつか、意味がわかんねえ。なんなんだよ。意図せずなじるようになってしまった口調にはっとすると、栗松がからだを起こすところだった。なんだっていいんでやんす。そう言って栗松はすこしわらった。空洞みたいなうつろな目をして。
そのとき、けたたましい音を立てて扉が開いた。ふたりは弾かれたようにそちらを見る。ずぶ濡れの宍戸が幽鬼のように立ち尽くしていた。部室の温度がすうっと下がる。そのくせ佇むその姿になにも感じることができずに、染岡は顔をこわばらせる。宍戸が入ってくるだけで息が苦しい。その暴力的なほどの斥力。宍戸?栗松が呼ぶと、宍戸は大またで部室に入ってきた。濡れたスパイクの立てる不快な濡れた音。足元のがらくたを蹴散らすまっすぐで一途な歩みは、栗松の前で止まった。思わず顔をかばうようにかざした栗松の手を、宍戸のしろい手がわしづかみにする。有無を言わせぬ勢いでその手を引いて立たせ、宍戸はくるりときびすを返してまた歩き出す。ちょっ。栗松は猛然と引っ立てられ、バランスを崩しかけてはなんとか持ち直す。宍戸。染岡も思わず腰を浮かした。宍戸は振り向きもせず、棒きれのような腕は栗松の手をつかんで離さない。
入り口の段差につまづき、栗松が前のめりになる。しかし宍戸はただ盲目のように栗松の腕を引いた。変わらぬ力で。伸びきった栗松の腕。雨のアスファルトにあかい筋が引く。関節がきしむ音が聞こえたような気がして、染岡は思わず奥歯を噛んだ。ふたりは豪雨の中を進む。前も見えないほどの雨を。宍戸がぐっと腕に力をこめた。半ば引きずられるようにしていた栗松は体勢を立て直す。膝がまっかに染まっていた。だけど栗松も止まろうとはしない。染岡は部室の入り口に呆然と突っ立ったまま、ふたりの背中を眺めていた。ぞっとした。からだの奥から、言葉にならない感情がじわりとにじみ出してくる。それはかたちのない幽霊のように、つめたい手をしていた。宍戸のスパイクが跳ねあげる水しぶきが、栗松を伝う血が、ふたりを打ちのめす雨が雨が雨が雨が、息を飲むほどに(怖かった)。
染岡はビニル傘をつかんで部室を飛び出した。たちまちからだじゅうがおもたく濡れる。開いた傘に、雨は耳を壟するほどに打ち付けた。世界中の悪意の、そのすべてがここに集っているほどに。ふたりはグラウンドのまん中に立っていた。おぼろげなかなしい影法師のように歪みながら、離れもせずに寄り添いもせずに。空が一瞬あかるく光った。遅れて、けものの唸るような音がする。宍戸は栗松の腕をつかんだままで、栗松はなされるがままだった。染岡は息を止める。宍戸がそっと手を伸ばして、栗松の頬をなぞった。「いたかった?」染岡は息を止める。息を止めてまばたきをする。雨の中にしんと響いたその声のすり切れるほどのせつなさ。栗松はそっとわらう。宍戸は。宍戸は、寂しいのだ、と、理解は不意に染岡の網膜を焼いた。耳を壟する雨。おぼろげなかなしい影法師。世界中の悪意がふたりを打つ。寂しかったのだ。宍戸は泣いていた(のかもしれない)。「ごめんね」
地獄があるならここの他はないと思った。









休日のマザコン野郎ども
染岡と宍戸と栗松。
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