ヒヨル 十三月の海は犬のブルース 忍者ブログ
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稲妻町から電車でおよそ一時間、観光地の穏やかな砂浜の片隅に、くじらの骨が流れ着いたというニュースが流れた。波に磨かれ破損の少ない、しろいうつくしい骨だったといい、通常なら海底深く沈んで多数の生態系を養う温床になるそれが、なぜ砂浜に流れ着いたのかはわかっていない。原因の調査とくじらの生態解明のため、サンプルはしかるべき機関によって回収・研究されるという。ニュースはそうやって結ばれて、そこまで観て姉はテレビを消した。やなもの見ちゃったと言って食器を片づけ、足早に部屋に戻ってしまう。影野はひとりもくもくと食事を続け、その日は早いうちに寝てしまった。
グラウンドは長雨に底まで水が染みてしまい、緊急のメンテナンスをしている。重機がそこかしこに並ぶグラウンドを見ている少林寺の隣に無言で並び、影野もまたグラウンドに視線をやる。掘り返された湿った土はどことなく哀れっぽく、濁った曇り空に押しつぶされてよけいに憐憫を誘った。干からびた水槽みたいだ、と思ったのは、のたりとうずくまる重機たちが、死んだくじらの群れのように見えたからだ。錆びた海原に捨て置かれた、しろいうつくしいくじらの骨。少林寺は黙ったまま立ち尽くしている。ひどく姿勢がよいその姿が、健全すぎるために却ってちぐはぐに見えた。なにを見ているのか、影野にはわからない。海はすきか。唐突な言葉に、少林寺は無言で影野を見上げた。まるで予定調和のような自然さで。海は、すきか。影野は再度問いかける。少林寺はまばたきをして、じっと影野を見上げている。
骨が。影野はゆっくりとくちびるを開いた。流れ着いたって。静かな言葉を、むやみに連ねる。くじらの骨だ。きっと、すごく大きい。指を伸ばして、少林寺のしろいこめかみに触れたのは、無言の少林寺に堪えかねた、からかもしれない。どこを見ているのかわかりづらいくろい目。きゅっと閉じたけなげなくちびる。可憐な少女にも似た、ぞっとするほどいたいけな佇まい。しっとりとやわらかなひふの、その奥には。おれは海がきらいだ。指先を少林寺に触れさせたまま、影野はひとりごとみたいにつぶやく。あれは、いやなものだ。
少林寺はまぶしいみたいなしぐさで目を伏せ、ちょっと首をよじって、閉じたくちびるをへの字に曲げた。先輩。耳に心地いい、凛とした声。先輩、なにを見てるの。ここは海じゃありません。なんにもない、ただの場所です。影野は髪の毛の奥でまばたきをして、わずかに首を横に振る。くじらが死んでる。おまえこそ。なにを見ている、と問いかけようとして、影野は唐突に口をつぐんだ。少林寺に触れた指を一瞬びくりとこわばらせる。なぜか突然、すうっと体温が下がったような気がした。少林寺は影野を見るのをやめて、またまっすぐに前を見つめている。ひたむきなほどに。湿気を含んだ空気が溺れそうなほど押し寄せて、影野は胸につかえた空気を咳き込むように吐き出さねばならなかった。少林寺はすっと腕を伸ばし、遠くの、どこともしれない場所を指さす。このずっと先に、ニジニャヤ・ツングースカ。その向こうにイェニセイ。くじらは、シベリアの海にいます。
影野は喉の辺りにねたりとした重みを感じてくちびるをうすく開く。今も、いるのか。少林寺は腕を下ろし、さあ、とちょっと首をかしげる。少なくとも、ここにはいないと思います。影野はじっと少林寺を見つめる。少林寺はまっすぐに前を見つめている。骨が、ほしいんだ。くじらの骨だ。それがなければ。そこまで聞いて少林寺はぱっと影野を見上げた。言ってはだめ。少林寺の奥に燃え盛るもの。揺らめくもの。時に牙を剥き、爪を磨いではとぐろを巻くもの。先輩に足りないのは、『それ』じゃない。少林寺の奥で吼えるもの。闘争心。生の根幹。ふるく誇り高いけだもの。シベリアの海のくじらたち。影野がその奥に光差す闇を飼い、月の浮かぶ夜を沈めるように。錆びた海で骨を孕む雄大な肉のように。ひとのかたちの願望。先輩に足りないのは、
(わかっているさ)
影野は手を伸ばした。(わかっているとも)少林寺のほそい二の腕をそっと掴む。少林寺は影野を見る。予定調和のような自然さで。けなげに閉じたくちびると、少女のような佇まいをして。それならば『それ』は、おれとおまえで喰い尽くそう。ひとのかたちの願望。打ち上げられたくじらの骨。それはどんなにかどんなにか、欲しかったものだろう!どんなにか、求めていたものだろう!今はない。求めてはならない。それでかまわない。(だってそうじゃなければ)ひとりでは、始めることすら叶わない。(だから今度は、おれが)
後日、ひとりで海に行った。くじらの骨はどこにもなく、能天気に遊ぶ若者や子どもの声ばかりが、潮騒と混じりあってだらだらと空間を埋める。影野は波打ち際を選んでひたすらにあるいた。剥き出しの手の甲が日光に焼かれてちりつく。しろい砂浜が尽きるころ、ごろごろと岩がのさばりそのすき間にごみが打ち寄せ多足の虫が這うみじめな光景に出会うころ、影野はそこに一頭の犬の死骸を見つけた。皮は剥げて肉は腐り、羽虫にたかられた凄惨な亡骸は、それこそが恐らく、影野の見たいものだった。そんなものでなくていい。そんなうつくしいものでなくていい。影野は黙って死骸を見下ろす。肉からはみ出すぬらぬらした骨。汗が鼻の横を伝った。くちびるの端から潮と血の味がする。骨だ。影野はぽつりとつぶやいた。そんなものでなくてよかったのだ。そんなうつくしいものでなくても。『それ』を奪うには、影野には本当はもう足りていた。浚い尽くして惜しみなく与え、すべてを擲って、北の海に捨て置かれても、なお。









十三月の海は犬のブルース
影野と少林寺。
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