ヒヨル ハローミスタガスパール 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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四月のころのはなしだ。
はじめて使う理科室で器具の説明を受けていたとき、ひとりの生徒が立ち上がって窓際へ行き、フラスコを伏せて並べていた木のラックを掴んで引き倒した。そこに背を向けて着席していた数名の生徒は口々に悲鳴をあげながらそこを離れ、当の本人だけが目障りな帽子のあたまを左右に動かしてなにかを探しながら、破片をぐしゃぐしゃに踏みつけて窓によじ登った。彼はそのままするんとベランダに出ていってしまい、呆気にとられた理科教師がようやく白衣をひるがえして彼を追うころには半田はすっかり冷めていた。不安そうな顔を見合わせる近くの連中にぼんやりと視線をすべらせながら、肩ごしに空っぽの座席を振り向いた。あれガイジかな。近くからひそひそと声がする。一年のときもあんな感じだったけど。あたまいかれてんな。おーいと半田はそっちを向いてにっとわらった。先生くるよ。彼らは気まずそうな顔をして口を閉じた。理科教師はすぐに手ぶらで戻ってきて授業をなにごともなかったかのように始めた。そのときに取り残された彼のペンケースと携帯を、半田が教室まで運んでやった。それだけのはなしだ。
目障りな帽子は松野という名前で、たまたま出席番号が前後だったというそれだけの理由で、やたらと半田は振り回された。松野がなにかするたびになぜか毎回半田が呼ばれ、退部のもめ事やら元カノとのいざこざなんか、間に入ってだいぶ片付けてやった。松野はいつでもおおきな目を見開いて、すこしでも興味があることがあればためらわずそちらへ行ってしまう。授業中でも関係なく、松野はお菓子と携帯を手放さない。望まないままに仲良くなってしまっただけでなく、半田はいやに松野になつかれた。そしていつの間にか、松野が教室を出るときに一緒に連れていかれるまでになった。まぁ嫌じゃねーけどさぁ。勝手に作った鍵で忍び込んだ屋上でPSPで狩りをしながら、半田はぼそりと問いかけた。おまえって、なに考えてんの。あーん?屋上に大の字にひっくり返ったまま、松野がうっとうしそうに半田をにらんだ。そのまま跳ね起きて、松野は半田のこめかみを思いきり突き飛ばした。うわっちょ、なにやってんだよ。松野はひゃっほーと奇声を上げながらフェンスに取りついて、ぐやぐやとなにかを歌い出す。もう意味わかんねーなと半田は電源を落とした。
松野は嫌なやつではない。いつでも真剣で、どんなふざけたことでも全力でやってのける。それが周りにはちょっとあれな感じに映るわけだが、半田は別にそれがどうとか思っているわけではない。よう半端。中身なんか入っていたためしのない通学かばんを振り回しながら(もちろんぶち当てられる)松野が寄ってくる。今日さー学校さぼんね。あーと半田はちょっと考えた。部活だ。ぶかつぅ?半端部活なんかやってたっけ。やってるよ一応。携帯を取り出して時間を確認しながら、いいよ、と半田は言った。さぼるか。じゃ電車乗るべ。目的地あんのかよ。ねぇ。なんでもいいけどはやく行かないと円堂がここを通る。もうどうでもいいことだったけれど。松野はかばんを肩にかけて、通学する生徒の群れを逆流していく。半田はそれに無言でついていった。円堂は通らない。松野の帽子のカラフルな耳垂れがぶらぶら揺れている。
下りの電車はラッシュのすき間で、へんに静かに疲弊していた。松野は七人掛けのまんなかに足を開いてどっかりとすわる。おまえなに部。サッカー。サッカーって廃部なりかけだろ。松野がひひっとわらった。ガスの音とともに扉はしまり、ながい虫のような電車はゆるゆると走り出す。おもしろいの。あーと半田は首をそらした。おもしろいっけ。おれさー野球もバスケもテニスもつまんねかったんだけど。松野はいろんな部活を転々として、そして行く先々でもめ事を起こして退部、をばかみたいに繰り返す。サッカーは全然興味ねえわ。あーそう。あれ怒んねぇの。松野がにやにやしながら半田の顔をのぞきこむが、半田はそれを無視して視線を虚空に投げた。部活欠席のメールはもう送っていた。返信が来ない。円堂つーのがキャプテンなんだよ。バンダナのやつだろ、知ってるよ。そらした後頭部が窓がらすに触れた。円堂があのとき通っていたら、今ごろ電車には乗っていなかった、と思う。あたまがまるく冷えて、だけどサッカーになんてうんざりしていたはずだった。とうに。
もうすぐ夏休みだねと松野はポケットからチュッパチャップスを取り出して包装をむいた。女連れて海いこーぜ。女ねぇ。おめーの彼女わりとかわいいじゃん。別におれはそういうのいいよ。海は行くだろ。めんどくせー。部活あるしって?あー部活はあるけど。半田はがりがりとあたまをかいた。夏休みなんか一生来ないような気がする。こんなところで足踏みしてるんだもんな、当たり前だよな。そんなことを考えながらちょっとわらうと、きめぇと松野が即座に言った。つかどこ行くんだよ。しらね、行けるとこまででいんじゃね。松野のしろい歯が飴をかみ砕く。サッカーになんてうんざりしていた。そのはずだった。おまえサッカーやってみれば。半田の言葉を松野は無視した。今びじつやってるって。いつの間にかその指がメールを打っている。半田の携帯に連絡は来ない。夏休みがいつまでも来ないのとおなじだろ、そう言ってくれ。
六月のころのはなしだ。






ハローミスタガスパール
半田と松野。
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