ヒヨル ツィツィミトルの花束 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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屋上から応援部の鳴らす太鼓の音が、どおんどおんと気だるく響いてくる。その音がかすかに、薄皮でもかぶせたように濁っていたので、明日はたぶん雨だなと思った。先生。まるでその思考を見透かしたように、昼休みが半ばすぎた倦怠うずまく職員室の扉を、そっとひらいて木野が顔を出す。机の上にぶちまけたままの成績資料を、冬海はいかにも大層に片寄せた。これにハンコくださいと体育館使用許可証を差し出す木野からは、おそらく化粧もしていないのに女生徒特有の甘ったるいにおいがする。梅雨に片足を突っ込んだ職員室に立ち込める、湿気った木と埃とコーヒーのにおいとはほど遠い。なまなましくやけに艶っぽい、生命のシズルめいた欲深いその感覚。自己嫌悪が指先をちりつかせ、だからなにも言わずに冬海はそれを受け取った。いつかのことを思い出す。
引き出しから部活動の月間スケジュールを取り出してぱらぱらめくる。今月と来月の体育館はすべて先約で埋まっていた。木野はそれを覗きこむこともせず、傍らに行儀よく立っている。その全身からふりまかれる甘やかな憂鬱が、開けたばかりの缶コーヒーの地獄のようなあつさくろさを簡単に駆逐していって腹立たしい。からだの前で組み合わせた指にはかすかに疲労がにじんでいた。しろくほそい首筋に、やわらかな髪の毛が一本はりついている。今月は使えません。冬海はバインダーを閉じてきっぱりと言った。業務連絡にはこのくらいが似合う。このくらいどうしようもないくらいが。廃部同然のサッカー部は、ただ書類とそこにすがり付くかすかな火だけでずるべたと生き長らえているようなものだ。瓦礫に水をやるような木野のやり方を、たぶん昔ならうつくしいと思っていた。
書類に形ばかりサインをして手渡すと、携帯がかばんの中で震えてその音がやたらと耳についた。あの、失礼しました。そう言ってあたまを下げる木野のしろくしなやかな腕を、咄嗟に冬海は取っていた。え?木野の澄んだすずしい目が、地獄をたたえて冬海を刺す。鼻腔を若さと甘さとやわらかさと清廉さが満たした。もう冬海にはなにひとつ残っていないものだ。望んでも二度と手に入らないものだ。なんですか、先生。木野はわらっている。鼓膜には羽虫の飛ぶような、いやらしい振動が変に濡れて響いてくる。花壇の手入れを頼まれています。心にもないことを口走る自分に、冬海は驚愕し呆れ果て、そしてわらった。どうにでもなるか。手伝ってくれませんか。いいですよ。木野はわらう。放課後は部活なんですけど。欠席してください。わかりました。木野はさらりとうなづいてみせた。しろい首筋に、今度は蚊がぽつんとはりついている。ああそれと。
「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇ませんか?」
木野はまばたきをして、すこしだけかなしそうな顔をした。わたしには答えられません。先生の言いたいこと、よくわからないんです。困ったような表情の奥に、かすかに侮蔑と享楽がゆらいでいる。そのことに背中をあわ立てながら、どうしますかと冬海は再度問いかける。木野はなにも言わなかったけれど、やっぱりちいさくわらった。太鼓の音はいつの間にか止み、鼓膜には雨の音ばかりが地鳴りのように響いていた。携帯はもう鳴ってはいない。わたし、〇〇じゃないんですけど。先生はそれでもいいんですか。しろいひふにわずかに爪を立てて、喉からせり上がるなにかを冬海はごまかす。わらうばかりの正義をやめて、冬海のてのひらの中で、くらくさびしい目をした木野はかすかにその腕をよじった。地獄をたたえた絶望の目よ。それが嫌悪なら、なにもしなかった。もしもそれが、嫌悪だったなら。
指先で蚊を追ってやった。着信履歴は非通知であった。いつかのことを思い出す。コーヒーが冷めたので全部捨てた。






ツィツィミトルの花束
冬海と木野。
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