ヒヨル マザーハーロットの聖杯 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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木野とは三度セックスをした。本格的な梅雨に入ったために、校舎中がどっぷりとした倦怠に浸ってしまい、冬海の思考にはいつも雨のようにうすい膜がぴったりとはりついて邪魔をする。木野のうなじからはまだ未成熟な清潔な女のにおいがして、逆に冬海のくちびるからただようピースとコーヒーと消しがたい年齢を、いつも木野は眉をひそめてくさいと言った。お決まりのようにそのあとに、正義の笑顔を貼りつけて。花壇は重たすぎる曇天の放課後に、一度だけ手入れをした。隣で雑草をつむ木野は、不意にその華奢な肩を抱き寄せられても驚きもしなかった。ただ刺すような目で冬海を見て、言葉を待つばかりだった。きれいに耕して肥料をまいたあの花壇も、おそらくはこの数日の雨に腐り果てて流れ去っている。冬海のくろい傘の下で指を絡めるとき、雨に侵された脳裏には昔のことばかりが蘇ってそればかり辟易した。他に不足はない。
傘からわずかにはみ出た木野の肩が霧のような雨に打たれ、ブラウスを吸い付けて下着の線を浮かせている。傘を傾けようとした冬海の手を、木野がそっとおさえた。いいの、先生。通学路からも国道からも外れた、自転車ばかり通る裏道で、ふたりで並んで言葉少なに歩きながら冬海はすこしわらった。ごむのかっぱをぴっちり着こんだ自転車が、しゃあっと水溜まりをはね上げて追い抜いていく。ふと見下ろした木野のソックスの足首が、雨水と泥はねでぐずぐずに汚れていた。日々降り続く雨のために、屋外の部活はほぼ強制的に活動中止を余儀なくされている。グラウンドが使えないために生徒は鬱屈を抱えて校舎にたまり、それがますますべたつく梅雨の気だるさに拍車をかけている。ジャージ姿で校舎の階段を上から下まで何往復もしていた円堂を、木野は止めなかったらしい。だって無意味です。それがどのような意図で放たれた言葉なのか、冬海は図りかねて結局問うのをやめた。ストイシズムが嫉妬にも似ていることがばかばかしい。天性のまっすぐさを、毒に感じる人間だっているのだ。冬海のように、あるいは、木野のように。
木野の手がふと冬海の袖をつかむ。顔をあげると、数メートル先の電柱のわきに、こちらを向いてひとりの男が立っていた。雨足がだいぶ強くなっているにも関わらず、傘もささずにずぶ濡れのまま、たったひとりで立ち尽くしている。冬海はかばうように木野の肩を抱き寄せた。それと同時に、男がゆらゆらと歩き出す。傘にかくれて顔は見えないが、上半身をぐらぐらと揺さぶる独特の歩き方をしていた。冬海もゆっくりと足を進める。木野の体がこわばっていた。きれいなお嬢さんですね。すれ違いざまに突然傘を覗きこんできたその男に、木野は喉の奥でちいさく悲鳴を上げた。なんですか。手で立ちすくむ木野を後ろへやりながら、冬海は傘を持ち上げて男の顔をじっと見る。爬虫類じみた奇妙な目をしたその男は、ぼたぼたと身体中からぬるい雨水を垂らしながらと冬海にわらいかけた。けものが威嚇するように、にたりと。
わたしもこの子と寝てみたい。いくらですか。はぁ?あなたはいくらで彼女と寝たのです。私は。きれいなきれいなお嬢さん。木野に差し伸ばされた手を冬海は払った。驚くほどつめたいひふをしたその手で、男はゆっくりと顔を拭う。いつまでならいいのですか。きれいなお嬢さんあなた、いつまでこのひとと寝るのです。飽きるまでですか。そうなさい。木野は目をまるく見開いて、それでもじっと男をにらんでいる。汚濁を飲んだきれいなお嬢さん。男は再び指を伸ばし、今度は木野のしろいほほに触れた。そのとたん、弾かれたように男はのけ反り、奇妙に首を曲げた。振り落とされた雫が雨に消える。草合離宮転夕暉。孤雲飄泊復依何。あああああああ。あああああはははははは。悲鳴とも笑い声ともつかない音を立てながら、男はぐりんと首を動かして冬海を見た。あのひとはどうしました?あなたの愛したひとは。今はどこにいるんです。もう忘れましたか。忘れましたか。忘れましたかああああああああああああああはははははは。
男はそのまま、声を上げながら行ってしまった。ぐらぐらとからだを揺らし、あさっての方向をぎろぎろと眺めながら。心臓が速い。知らず知らず詰めていた息をそっと吐くと、後ろでちいさく息を吸う音がした。木野さん。冬海が振り向くと、木野は両手で顔をおおってうつむいていた。木野さん。ばさりと手の中から傘が転げ落ち、冬海はそっと両手で木野のぐしゃぐしゃに濡れた肩に触れた。やわらかな髪の毛を雨粒がいくつもすべり落ちていく。肩は震えていない。木野さん。再度呼び掛ける声を、先生、と木野が遮った。(汚濁を飲んだきれいなお嬢さん。)言わないで。木野はきっぱりと言った。涙にすら濡れていない声で。愛してるって言わないで。冬海は言葉を飲み込んだ。レンズを雨がいく筋も伝う。その日も結局セックスをした。木野の目が何度も冬海を刺した。汚濁を飲んだきれいな木野。それに気づかないふりをしながら、昔のことばかりが蘇って辟易した。鼓膜にこびりついた絶叫を鼓動で削ぎ落とし、這わせた指が脳からわなないた。聖杯はありとあらゆるもので満たされていた。他に不足はない。






マザーハーロットの聖杯
冬海と木野とジキル。
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