ヒヨル 花束の褥 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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夢なんかはなかった。枕にあたまを押しつけてのそれの他には。この門の内側にはいつも未来だとか進路だとかなりたいものだとかやりたいことだとか、それを求めるあまたの手が引きも切らないので辟易する。なりたいもの、なんかは、ないのだ。今時分は特に。それではだめなのだろうかというようなことを、自分よりはいくらか未来について考えていそうな同輩に問うと、そういうのは教師が喜びそうなことを適当に書いておけばいいのだと豪語する。教師が喜びそうなこと、とはどんなことなのかとまた問うと、おまえなんか真面目そうだから、医者になりたいとか言っとけばいいんじゃねえの?と言われて、ああ最もだ、と思ったので今の夢は医者になることだ。医者になることはそう悪いことではないように思える。そう、まさに夢のような。水鳥ちゃんはなにになりたいの、と訊くと、あたしはお嫁さんになるよ、とあっけらかんと答えられたのが楽しくて笑ってしまった。彼女なら間違いなくいいお嫁さんになるに違いない。
ファインダーを覗くとほんのわずかに彼は内向きにたわんで見える。柔らかな髪をした端正な横顔とファインダーの間の直線には、いつも誰かのからだがうろうろと入り込んだり忙しなく横切ったりした。魚のようだ、と思う。あおい芝を泳ぐたくさんの魚たち。本当は写真を撮りたいわけではない。なので、声をかけられたらすぐにカメラを置いてベンチを立つ。べろりと剥けた傷口に(、一応は洗ってきたのかうっすらと血を浮かべててらてらしている)、ティッシュをあてがってマキロンをしゅうしゅう吹き付けると、強がりな同輩は眉をしかめて奥歯を噛んだ。染みる?ねえ染みる?倉間に肩を貸してベンチまで連れてきた浜野が、興味津々と言った顔でうろうろしている。うるさそうに浜野を追い払い、行きがけの駄賃と投げ出されたスパイク(中にぐしゃぐしゃの靴下が詰め込まれている)を取ろうと足を伸ばすので、立ってそれを拾ってやった。倉間は驚いたような顔をして、汚いのにごめん、と言った。答える代わりににこにこと笑って見せる。笑顔は存外に
雄弁だ。自分のものは特に。
傷口に有り合わせで作った絆創膏を貼って、絞ったタオルを渡してやる。擦りむけた両手を拭い、顔をごしごしと拭いて、ドリンクを持ってきたときには倉間はもうじっとグラウンドを眺めていた。視線に気づいたのかちらりと顔を上げ、手はいいよ、と言う。見ると片手にまだマキロンを持ったままだった。救急箱に、切り取ったガーゼやテープや脱脂綿と一緒に丁寧に片付ける。汚れたティッシュをビニル袋に入れて縛り、ごみ箱に片付けるついでに雑巾を持ってきてベンチを拭く。倉間はちらちらと横目でこちらを伺い、怪我をした足をぶらぶらと揺らした。釣り上げられた魚のようだ。退屈で、それ自体が危機のように。よく働くな。ふと魚が口をきくので驚いた。は、としてまばたきをする。どんくさそうなのにな。よく言われる、という気持ちを込めてまたにこにこと笑う。倉間は優しい。優しいのに、それをごまかそうとしているだけで、それでもごまかしきれないので倉間は優しい。しきりに鼻を擦るのでちり紙を渡した。
使い終わってくたびれた泥よごれのタオルを拾い集めてかごに入れながら、ぼんやりと明日のことを考える。きっと明日も今日の繰り返しで、明日もなに一つ見つけられないまま明後日に思いを馳せる。違うことなどなにもない。明日だってまた、昨日と同じだ。茜はお医者さんになるんだってなー。浜野がニヒヒと笑いながら話しかけてくる。意外と似合うんじゃない?ちゅーか、手際めっちゃよかったし。浜野の隣には倉間がなぜか憮然とした顔をして立っている。医者か。いいな、と彼は涼しく笑った。山菜が医者になったら、プロになっても安心だ。キャプテンゆーねぇ。浜野が言うのに合わせて、ゆーねぇ、と珍しく倉間も笑った。かごを抱えてにこにこと笑う、この顔を見て、みんなはなにを思うのだろう、と思う。雄弁な笑顔で、それでも語れないことはたくさんあるのに。明日がまた昨日の繰り返しであることみたいに。夢なんかなくたって、明日が何度だって来てしまうみたいに。
みんながにこにこと笑うので、いつも笑っていられる。笑っていると、明日が来ることを疎んじないままでいられる。なにになりたくったって、どうせなんにもなれなくて、どうせなんにもなれなくったって、きっといつだってにこにこと笑っている。雄弁な笑顔で、伝えられないことがたくさんあっても。伝えられないまま、それを笑える。あおい芝を泳ぐ魚の群れを見守ることは楽しかった。楽しくて、だから切なかった。お嫁さんになると言った水鳥ちゃんは、どんな夢を見て眠るのだろうと思った。お嫁さんになりたいと言えば、彼は笑ってくれただろうか。








花束の褥
茜。
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