ヒヨル されどなれは旅人 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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納得いかねえよ!という罵声だか怒声だかはもう数えるのもばからしいほど頻繁に発せられているので構わないことにした。まぁなぁ気持ちはわかるがなぁ、と、広い額に青筋を立てる辺見をなだめながらも、なぜ自分ばかりがこういう役回りなのかとばかり思ってしまう。構わないと決めたはずなのに、気づいたら自分ばかりがあのでこぱちをなだめている。割に合わないが、無視できない自分が悪いのだ。どうせ。奴らに言わせれば。ベッドに転がったまま音楽を聴いている鳴神と、ベッドに転がったまま特になにもしていない万丈に順番に視線をやったが、やはりどちらにも気づかれなかった。ジャンプを読んでいる咲山、恐らくはわけもなく窓辺にぬうと突っ立っている五条、ベッドに窮屈げに座る大野とその膝にもたれた洞面、松葉杖の源田と佐久間がようよう部屋にやって来て、さらにそれを見ている寺門とで、いつもの、まぁいつもよりは多少いろいろ足りないが、いつもの帝国サッカー部になる。ただしよれよれで満身創痍の。
辺見の憤りは最もだったし、ある意味ではそれはこの病室にうらなる面々の総意でもあった。腹立たしいことに。しかし、彼らをこんな目に合わせた世宇子に対してだか、鬼道がまるで帝国を見限るように去ったことだか、そんな鬼道を受け入れた雷門だか、またその雷門が(あんな弱小校が!)のほほんと快進撃を続けていることだか、に、無差別に投げつけられる単なる苛立ちには辟易していることも事実であった。ただでさえ気の滅入る入院生活だ。先日見舞いだか冷やかしだかに来た雷門イレブンと言い争いになり、見舞いの果物を派手に投げ合ってからはそもそも誰も見舞いすら来ない。誰に対してだかますます声を張り上げる辺見に、腹筋の力だけで起き上がった鳴神がヘッドホンを投げつけ、うるせえ!と一喝する。掴み合いの心配をしなくていいのが唯一の慰めだ。辺見も鳴神も点滴やギプスで固定されてベッドから動けない。みんなうんざりした顔でそれを見ている、と思ったら見ているのは自分だけだった。途方に暮れた気持ちで、寺門はため息をつく。
まぁでもおれたちがなにをできるわけでもないからなぁ、と、洞面の頭を撫でながら(、そして嫌がられて避けられながら)、大野がのんびりと言う。鬼道が決めたことならいいだろ。万丈が寝返りを打って肘を枕に目を閉じる。なに言ったって負け犬の遠吠えだ、おれらは。ヘッドホンをぶち当てられた額を撫でながら、辺見はでもよぉ、と言いかけ、言いかけたまま反論は止まる。辺見だって言いたくて言っていたわけではないのだろう。たぶん。恐らく。誰もそれと言わないから、辺見が言うしかなかった、のかもしれない。かなり贔屓目に見て。ちらりと源田を見たら、五条の横に立って洟をかんでいた。予想以上に出すぎたのか、ティッシュと鼻の間につうっと引いた糸に真顔で焦っている。きたねえな、と咲山が噎せるように笑うのが見えた。今回の事態をキーパーの源田が一番重く見ているのではないだろうか、もしかしたら気に病んでいるかも、という杞憂があたまの中で崩れ去る。やはりどうにも、割には合わない。
鬼道はもう帰ってこないかもな。佐久間が唐突に言った。その言葉も唐突なら、沈黙もまた唐突だった。なんでだよ。かすれた声で辺見が問う。今勝ってるから。佐久間は眼帯の上から右目を掻きながら、左目をまたたく。血の引いたように黙る一同を見回して、佐久間はズズッと洟をすする。風邪か?大野の言葉に佐久間はそうかもしれないと二度頷く。ふと源田に視線を送ると源田はまたティッシュを抜いて鼻に当てていた。まばたきをして、それでもいいよ、と、言った言葉が自分の口から出たことに寺門は一瞬気づかなかった。なにを言ったっておれたちは。それでも続けようとした言葉はやはり途中で折れ、しかしその隙間には源田が鼻をかむズビーという音が滑り込んだ。ああ、風邪だ。たぶん。間の抜けたようなその言葉には佐久間だけが反応した。腹出して寝てたからだ。おれもだけど。そのやり取りに、怒声も反論もなにもかも削がれたらしい辺見が、振り上げかけた手でベッドの脇に置いてあったティッシュの箱を差し出した。なんとも言えない顔で。
その顔がおかしくて思わず苦笑したが、それはあまりにもうまく噛み潰せてしまったためにくしゃみのように聞こえた。おまえもか、とこちらを向く万丈に軽く手を振る。大丈夫だ。寺門は目を伏せて少し笑う。世宇子に叩きのめされたあの試合、焼け野原のようなグラウンドをベンチから一人呆然と眺めていた鬼道の顔を思い出す。鬼道のことだ。どうせなら一緒に叩きのめされたかった、くらいは思ったかもしれない。でも、それは言わなかった。先に鬼道を一人にしたのは自分たちだった。一緒に、は、叶わなかったのだ。鬼道も共に傷つくことなど誰一人望みはしなかったが、それでも。一緒にいてやることもできなかった。仲間なのに。仲間だったのに。鬼道は一人になってしまった。なにを言ったっておれたちは、鬼道を止めることなんてできはしない、と。源田がぼんやりと宙を見て、ああ、と言った。五条が隣で頷く。見透かされたようなそのタイミングで、むしろ見透かされていたい、と思った。どうせなら、振り向かずに行けばいい。戻らなくたって構わない。風邪を引いていなければそれでいいと、みんなだってきっと言うだろう。









されどなれは旅人
帝国学園。
リクエストありがとうございました!他校だけで一本書いたのは初めてです。
タイトルは三好達治「なれは旅人」より。この詩は鬼道さんのようです。
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