ヒヨル ザ・上れる下り坂 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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三人目が欲しいとのことだったので少し憂鬱になる程度が罪悪感だ。妻はひとりっ子だったので、大家族というものに憧れている。自分と妻が出会ったきっかけであるサッカーになぞらえて、チームができるほど欲しい、などと。妻とは中学生の頃に出会った。あの時期は彼の人生のうちに他にないほどたくさんのものに出会った時期だ。たくさんのものたちは長じるにつれひとつ離れ、ふたつ離れ、を繰り返し、気づくと一番近くに妻がいた。妻と出会った頃、自分には他に愛する少女がいたのだが、彼女もまた彼の元から離れていった。そういう時期だったのだ、と思わざるを得ない。そういう時期だったのだ。彼にとっても、妻にとっても。つつがなく結婚し、子どももできた。上も下も元気に育って、ありがたいことにどちらも妻に似ている。おおむね仲はよく、ケンカもまぁたまにはして、好き嫌いが多少あったりして、マンガとお菓子が好きで、よく笑ってよく泣く。上は妻の真似をして、パーパ、と彼を呼んだりもする。彼の愛する家族たち。そして彼。34歳の影野仁。
輝く同輩たちと一緒くたに、まるで伝説のように持ち上げられるかつての自分にはどうしようもない違和感が纏いつく。それでも伝説は伝説であり、今なお彼らの光は増すばかりであった。イタリアでプロとして活躍している染岡からは、上の小学校入学祝にチーム全員のサインを入れた彼自身のユニフォームが送られてきた。その中に混じったフィディオ・アルデナやマック・ロニージョ、ロココ・ウルパなどの名前は各々が繚乱する欧州の華である。染岡竜吾というプレイヤーの人脈を手繰れるだけ手繰ったようなそのプレゼントには、子どもよりもむしろ妻が喜び、そのことを正直に伝えると染岡は笑った。おまえのヨメは変わってるからな。そうだろうか、と思った。確かにあの頃は変わっていたとも。でもそんなものは20年も前の話だ。20年経った今はふたりの子どもの母親で、20年経った今も染岡は結婚していない。染岡は、20年前から点取り屋よりもむしろ父親に向いているように思える。さすがに口に出したことはなかった。影野の20年は、まぁそんなものだ。
染岡は日本に帰ってくるたびに必ず雷門中に寄り、雷雷軒でめしを食って金閣寺でいい酒を飲み、円堂や豪炎寺や目金や、あの頃のメンバーに会えるだけ会って、唐突にイタリアに戻る。今ではむしろ教育者というような意味合いが強い円堂たちにも、別段思うところはないらしい。10年ほど前の騒動には染岡も多少関わったらしいが、そのことも遺恨として残った様子はなかった。でろでろに酔い潰れて電柱の根元で吐いては影野の家に転がり込む悪習とともに、友情めいた面映ゆい関係は静かに続いている。酔いつぶれて盛大に吐き、死んだように眠った翌朝には染岡はいつも元気に朝めしを食い、子どもと遊んで、また酒を飲む。酒量だけは負けたことがない。普段からこうなのかと問うと普段はこんなんじゃないと言い張る。日本の酒がうまいからだとどろどろの酔眼で言う染岡に、笑ってしまうのはいつも影野だった。肩を貸してやるのも。リョーマ・ニシキもこうなのだろうかと思う。染岡の秘蔵っ子は染岡よりたちの悪いばかだったと円堂は言っていたが。
染岡がイタリアに発ってからこっち、何度会っても、何度同じような泥酔の夜を繰り返しても、社交辞令も湧かなかったのは不思議だった。染岡はいつまで経っても染岡だった。それこそ20年経っても染岡のままだった。染岡はこのまま死ぬまで染岡のままいるんだろうかと思った瞬間、不意に染岡がそれを手放したがらないことに気づく。惜しんでいたのだろうか、とも思えるほど、それは本当に不意打ちだった。並々ならぬ苦労もあっただろう染岡はそれを一度も口にしたことはなく、影野もまた、染岡にはすべて完了したあとの、きれいに成形された事実しか話さなかった。結婚も、子どもができたことも。ふたり目ができたことも。三人目を欲しがっていることも。惜しんでいたのだろうか。理由もなく?染岡はいつも、そうか、と言った。自身の言葉を意識のどこかに納めるように。あるいは、適当な言葉で、適当な感情を、あえて選んでよそおうように。だからいつも影野の言葉は過去形になる。惜しんでいたのだ。匂やかな負傷の気配を。
おまえが独り身だったらな。冗談めかしたそんな言葉にも、もう慣れた。社交辞令も湧かないような、そんな風な時間でしかなかったはずなのに、時を経て、海を隔てて、あの頃築いたものものは深まっていくばかりのように思える。意図せぬ場所で、ぶすぶすと燻るように。それでも。ボブ・アンド・キャンディ・ペポパルーニとはいかないよ。なんだって?と染岡が眉間にしわを寄せて聞き返す。影野は髪の毛に(、すっかり短く清潔に切ってしまった、もう20年近くも前に)、髪の毛に手をやりながら、関係ないことを言おうとして、不意に言葉を選んでしまった。20年もは戻れない。染岡は白い歯を見せて笑った。そりゃそうだ、と。そりゃそうだ。影野も繰り返し、手酌でグラスを満たした。惜しんでいたのだろうか。それはない。染岡の中でだって、影野はいつでも過去形のはずだ。戻れない場所から、思い出したようにパスを出す、影法師でしかないはずだ。そうだと言ってくれ。そうだろう染岡。おれの親友はおまえだけだ。そうだと言わせてくれ。「染岡」










ザ・上れる下り坂
染岡と影野。34歳。
リクエストありがとうございました!どんな感じなんだろうなと思いながら、こんな感じになりました。仲はいいはずなのに、という距離感があるといいなと思ってます。
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