ヒヨル プリザーブド・マイガール 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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すんなりと鼻筋の通った横顔を、凛としているくせにひどく脆い、うすい色がらすでできたグラスみたいだと思った。いつも背中を伸ばして、つややかな髪の毛を無頓着にそこに流したまま、孤独と懊悩と悲壮とをまとわせて、それでも彼女がまっすぐに見据える瞳の鋭さは磨き抜かれた刃のようにうつくしい。迷いのないまなざし。なにかご用かしら。ひたりと突きつけるように言われ、夏未は思わずひるみそうになった。そしてそれを恥じる。いいえ。彼女は読んでいる文庫本から顔さえ上げていない。使いこまれていい色合いになった、あめ色の皮のカヴァがかかっている。ならどこかへ行きなさい。彼女はそう言いながら、華奢なしろい手ですわっている生木のベンチをそっと撫でた。それが嫌なら、ここにすわるといいわ。夏未は足音を忍ばせてそっとベンチに近づいた。彼女からはつめたい雪のようなしずかな香りがする。
吉良瞳子という女性に対するチーム内の評価を、福岡に差し掛かろうとしている今でさえ夏未は測りかねていた。キャプテンである円堂は彼女に対して非常な盲目であり、その指示を違えることはない。だがそれは円堂の本心というより、彼女に従うことで得られる絶対的な復讐を望んでのことだと夏未にもうすうす感じられていた。あからさまに彼女に反発するものが少ないのも、その円堂の姿勢に一同が諾諾と従っているためだ。内にくらい野心を秘めた円堂は待ての上手なけもののようで、しかしその手綱を握っているのが彼女だとは夏未にはどうしても思えない。その華奢な指には、そういう類のものは不釣り合いに思えた。だからこそ興味がある。円堂をいびつにも飼い慣らすこの女に。木野が蛇蝎のように嫌う、がらすのような横顔をした吉良瞳子に。
夏未はレースの刺繍の入ったハンカチをベンチに敷き、プリーツをきちんと撫でつけて腰を下ろした。瞳子の視線は文庫本に注がれたままで、カヴァの間に見えるページはかどがよじれて褐色に縁取られている。何度も読み返されたに違いないその本に降り積もった俗くささが、奇妙な憐憫になってふと夏未の胸を刺した。そうっと手元を覗きこむ。武蔵野。瞳子がなんでもないように言った。国木田独歩。知っているかしら。名前だけは。思わず素直に答えてしまい、夏未は恥じらうようにうつむいた。瞳子は黙々とページを繰っていく。彼女の虹彩がよどみなく文章を追う、そのちらちらとしたかすかな動きがいかにも読み慣れている感じで、夏未はその目を横からじっと見つめた。蝶が羽ばたくような、かすかな躍動。生きている。と、唐突な実感は、次の瞬間には罪悪感になってぎたりと夏未の脳裏にはりついた。
ずっとそうしているんですね。夏未の言葉に瞳子はわずかに視線を動かした。曇った鏡のような瞳子の目。瞳子は誰とも会話をしようとしない。試合から離れてしまえば、なおさら。そしてそれを、おそらくは誰もなんとも思っていない。そういうひとだから、と、誰もがこれ以上の歩み寄りを諦めている。瞳子は夏未を見て、しおりを挟んで本を閉じる。他にすることはないでしょう。夏未はちょっと考え、わたしとなにかはなしませんか、と切り出した。あなたとはなすべきことはなにもないはずよ。夏未はかすかに微笑む。わたしにもありません。そう。瞳子は、視線を皮のカヴァに落とす。表紙を撫でる手つきが、やさしいくせにへんにおざなりだ。独歩、おすきなの。嫌いではないわ。じゃあ、すきなのね。瞳子はちょっと迷うように沈黙し、ひとつだけね、と言った。ひとつだけ、すきなはなしがあるわ。どんな?裏切られるはなしよ。投げやりに瞳子は答える。つまらない物語だけど、それだけは何度も読み返してしまうの。
裏切られるはなし。夏未は考えるように繰り返した。裏切られたことが、あるの。夏未の言葉に、瞳子はかすかにくちびるをほころばせる。いいえ。裏切ったのはわたし。大切なひとを傷つけたわ。夏未は目をまるくする。その言葉は瞳子にはそぐわないように思えた。親を泣かせてばかりの不良少女があたまに浮かび、自分の発想の貧困さに内心あきれ返った。瞳子は視線をまっすぐ前に向ける。だからわたしは罪滅ぼしをしているの。ひどいことをしたから。どうして。夏未の問いに瞳子はゆっくりとまばたきをする。どうしてかしらね。蝶のようなかすかな躍動で。だけどわたしには、償うべき罪がある。それは事実なの。脆い横顔で瞳子は言う。孤独と懊悩と悲壮とをまとわせた吉良瞳子。興味ではない。夏未のこころが音を立ててきしむ。
監督は。夏未はみじかく息をしながら呟いた。わたしたちを頼ってくれないの。ええ。針ほどの沈黙で、瞳子はきっぱりと言う。どうして。震える指を握りしめながら、夏未は声を振り絞った。それはね。夏未とは逆に、小揺るぎもしない口調で瞳子は答える。あなたたちには守るものがあって、わたしには、それがないからよ。言葉のひとつひとつが鋭利な刃となって夏未のこころを削いでいく。夏未さん。瞳子の華奢なつめたい指が、まつ毛のながい夏未のまぶたをそっとかすめた。勘違いしてはだめ。誰もがあなたの隣にいるけれど、ひとは本当は孤独なものよ。あなたも、わたしも、とても孤独ないきものなの。だから間違ってはいけない。差しのべる手を、今一度よく考えなさい。感覚を研ぎ澄ませて、何度でも立ち止まるの。ひとりで生きてゆくことができない人間に、誰かとともに生きることなんて絶対にできないわ。
夏未はからだをひるがえし、瞳子の肩に額を押しつけた。その指は、もう髪の毛すら撫でてはくれない。ひどいひと。なんてつめたいひと。裏切り、傷つけ、傷ついて、ひとりぼっちで、孤独を飼い慣らす吉良瞳子。いつか誰かとともに生きていくために、その日を待ちながら彼女はそれに耐えている。泣きたい気持ちを必死で押さえこみながら、夏未はそっと呟いた。監督をやめてはだめ。あなたはここから、逃げてはだめ。せめて今だけは、ともにゆきたかった。せめて彼女に差しのべたてのひらに、夏未はなりたかった。そうね。瞳子のつめたいてのひらが、王女のローブにかしずくようにそうっと夏未の背中に触れた。だから見届けてちょうだい。見届けて、そして赦してちょうだい。ひとはとても孤独で、寂しくて、だけどそれだけでは生きてはゆかれない。差しのべられるべき手もあれば、赦されるべき罪もあるはずなのだ。
だってそうでしょう。夏未は夏未に問いかける。わたしたち、ともに生きていくことだってできるでしょう。凍てついた花のようなひと。凜と気高い殉教のひと。夏未は手を伸ばして瞳子のあたまをかき抱く。びろうどのような髪。がらすのような吉良瞳子。伝わるものならば、すべてを投げ出して願いたかった。彼女が解き放たれ、なにもかもが赦されるであろう、その日を。








プリザーブド・マイガール
夏未と瞳子。
リクエストありがとうございました!あんまり百合ぽくならなくてすみません。マイガールはばらの名前です。文中の作品は、独歩「源叔父」
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