ヒヨル ただしい水中 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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波の立たない穏やかな毎日、というのは一体どういう理屈から生まれてくるのだろう。そんなことを考えながら、宍戸は屋上の扉を肩で押して開ける。昼間のあおい日射しがどわぁぁぁぁぁっと一方的に視界を満たし、むしろそれをがぶがぶと喰い破るように宍戸のひょろい足がぱきぱきのコンクリを踏んだ。屋上のまん中に、少林寺が三角ずわりをしていて、そのちいさな横顔はちいさなてのひらで持った文庫本を熱心に眺めている。宍戸はあーゆむー、とながく声を引きながら少林寺に横からつっこんで、ラグビーの選手みたいにぐわっとそのからだを押し倒す。もちろんちゃんとあたまにてのひらを添えて。うわぁぁともがく少林寺のからだを両手でしっかり抱え、宍戸は仰向けにごろんと寝ころぶ。腹の上で少林寺がごそごそもがいている、その感触がえろーい、と思った。
なに読んでたの?宍戸は仰向けにちょっとあごをそらしたまま問いかける。借りたやつ。少林寺はごそごそをやめて、宍戸の腹の上で仰向けになったまま続きを目で追っているらしい。宍戸は両てのひらを少林寺の下腹に重ねる。誰から。栗松。さっき一瞬見えた表紙は、てかてかしたピンク色をしていた。胸の上に少林寺の髪の毛がぐるりとわだかまっていて、その有機的な重みがいいな、と宍戸は思う。どんなはなし。少林寺は髪の毛を後頭部でこすりつけるように首をかしげる仕草をした。恋愛?かな。よくわかんない。なんか難しいから。ふうんと宍戸は両手にちょっと力を入れる。のどやかな昼休みは春の海みたいだ。空が発光しながら、逆流して吸い込まれるほどあおい。恋愛してんの。宍戸の無意味な問いかけがぽかんとそこに浮いた。してないよ。少林寺の意識は本の中から帰ってこない。
波も風もない、がらす板みたいなまったいらな時間を、宍戸は思う存分からだじゅうでむさぼる。からだがぽかんと空洞になったみたいだ。なんかいいね、こういうの。そう。恋愛しないの。しない。しようよ。宍戸うるさい。おれしてるよ。興味ないから。おれあゆむのことちょーすき。しらねー。しらねーと言った少林寺の言葉の調子が、いつもよりちょびっとだけつやつやしていて手触りがいい。おれららっこみたいじゃね?こうやってると。少林寺は宍戸の腕の中でからだをちょっとよじり、辺りを見回して、そうかな、と言った。親子らっこ。ふふふ、とてのひらを重ねた下腹が揺れる。なんだか嬉しくなって宍戸は少林寺のちいさなからだを左右にがくんがくん揺さぶった。あっちょっやめて、きもちわるいから。少林寺のちいさなてのひらが重ねた宍戸の手をぺたぺたとはたく。しばらくふたりでうひゃうひゃしていたら、現実感がすぽんと音を立ててあたまから抜けていった。
それからどちらとも唐突に黙る。なんとなく、ざわっとした手触りの強烈な気恥ずかしさを、ふたりともおそらく同時に感じていた。少林寺が息を詰める、その瞬間宍戸はぐるんとからだをひねって横向きになった。少林寺に足を絡め、抱き枕にしがみつくように。少林寺は息を詰めたまま黙っている。なに。宍戸、どきどきしてる。んーと今度は宍戸が黙った。心臓のちょうど上くらいに、少林寺のあたまがある。どきどきしてるかなぁと自分で考えながら、だけどそう意識した瞬間に尾てい骨の辺りがぞわんとしたからあー正解と思って宍戸はブフッと詰めた息を吹き出した。まるでふたりがただしい、とても清潔でただしいかたちで、恋愛をしているように思えたのだ。唐突にあたまから抜けた現実感が夕立みたいに意識を打った。ざばざばの幸福。
してるよ、と返す代わりに、おれら今水ん中だ、と宍戸は言った。ふたりのための世界は、息もできないくらいにひたひたに押し寄せて雨を降らせている。水槽の微生物みたいな、単細胞のいきもののふたり。少林寺はちょっと考えて、水の底だね、と応えた。がらす板みたいなまったいらな現実が、ふたりの頭上、空のあおさと触れ合う位置でぴったりと水槽を閉ざしている。永遠に触れることのできない水面。ほんとだ。ほんとはそこに雨が降り注いで、いくつものまるい穴をあけて、爆弾みたいに落ちてくる現実が単細胞の二匹のいきものを脅かし続けていたのだけれど。なるほど確かにこれは恋愛だ。破壊がないとどこへもゆかれない。ふたりきりの水槽だ。いずれ水は腐り果てる。
少林寺のてのひらからこぼれ落ちたピンク色の文庫本が、紙でできた鳥のようにぱたぱたとぱさぱさとはばたいている。少林寺がそれに手を伸ばそうとするのを、宍戸が止めた。もうちょっと。呼吸さえためらわれる、その聖なる静寂。腐り果てるのを待つ、果実のようにあまやかな時間たち。少林寺はもがき、宍戸の腕を抜けた。がらす板が割れる。ばりばりと音を立てて。少林寺は本を拾い、なにも言わずに立ち去ってしまう。穴を得た水槽から、あとは、それらは流れ出るばかりだ。ふたりきりの、ふたりのための世界。なるほどこれが恋愛だ。空が波打ち、そこから雨が、雨が雨が雨が、次から次から降り注ぐ。波風の立たない穏やかな毎日は、その中に暮らすひとびとを腐らせていく。眠るようにがらすのように、静かに、ただしく、清潔に。心臓がどくどくと打っている。なくしたなら追うだけで、捕まえたら喰うだけだ。とっくに宍戸は知っている。自分がなにに満たされたいのかを。
屋上はあおい。愛は祈りだという。彼らが幸福をむさぼれば、いずれ水は腐るだろう。世界はふたりのために。世界はふたりのために!雨が雨が雨が、雨が降る。なるほど、これが、恋愛だ。







ただしい水中
宍戸と少林寺。
リクエストありがとうございました!ずいぶん久しぶりにこのだいすきコンビを書いたのに、感覚が戻らなくて宍戸があんまりきもくないです笑
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