ヒヨル 空人 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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あのしろくて清潔な檻のような部屋で、宍戸は天井ばかりを見ている。風丸は窓の外ばかりを見ていて、染岡は日がな一日文句を言いっぱなし。半田は不景気な顔で見舞いをむさぼり食うし、松野はナースにセクハラ三昧。栗松はゲームにのめり込んで、少林寺は屋上で風に打たれる。影野は死んだようにひっそりと静かに寝てばかりで、そして、宍戸は天井ばかりを見ている。
宍戸は入院してすぐ、砕けた脚に金属を入れる手術をした。二度に渡り、三ヶ所も。彼の脚はめちゃめちゃだったのだ。痛みに叫ぶ気力さえ奪うほど。初回の手術のあと、宍戸はひどく吐いたらしい。それ以来、宍戸は生きながらがいこつみたいにどんどん痩せていく。点滴がだらりと伸びた腕は、海岸に流れ着いた流木みたいにしろくてこぶこぶにほそい。その静脈ばかりがあおい河のようにはしる腕で、その果ての指で、宍戸は栗松の入院着をつかんで離さない。ときどき栗松は宍戸の手を握り返してやる。会話もなく反応もしない宍戸の薄い胸がかすかに上下して、それを栗松は安心する。それを確かめるために、栗松はいつまでも宍戸のそばから離れない。宍戸は天井ばかりを見ながら、わらいもしなければ泣きもせずに、ただがいこつのようになりながら、生きている。
少林寺は病室があまりすきではない。鬱憤と不満と嫉妬と底のない深くくらい怒りばかりが渦巻く、清潔なだけの薬くさい掃き溜めだ。全身に染みついた倦怠を洗い流すために、少林寺は可能な限り外にいるようにしている。もうすでに、からだは家畜のように鈍っていた。血液からも薬のにおいがする。このままだと死んでしまう、と、ほとんど比喩ではなく少林寺は実感していた。傍らに立てかけた松葉杖が、風にあおられて高い音で転がる。それを拾おうとしてかがんだ、その視線の先で金属のおもたい扉がほそく開いた。ひどく苦労しながら、宍戸がゆっくりと出てくる。少林寺はギプスの脚を引きずって、扉を開くのに手を貸した。宍戸は抜けるほどしろいひふと枝みたいな指をしている。抜けるようなあおい空から眩しそうに顔を背ける、その横顔ががらんどうだ。
ふたりでベンチに並んで腰かける、その間ずっと宍戸が無言のままで少林寺はなんだかいたたまれなくなる。今日は風がつめたい。さむくない。少林寺は小声でそっと訊ねる。宍戸は空の遠くを眺めたまま、首を横に振った。どうして宍戸が突然外に出てきたのか、少林寺はどうしても聞けない。その代わりに宍戸のギプスの脚を見た。宍戸は脱皮したばかりの虫みたいにしろくて、それ以上に異物然としてそこに座っている。何年もあそこに寝ていたわけではないのに、宍戸のからだからは少林寺が拭おうとしている何倍も強く絶望のにおいがする。あのしろく清潔な檻と宍戸は、もう少林寺の中でひとつの絵画のような風景だった。髪の毛がさわさわと風をはらむ。あのさ。なにか言葉をかけなければ、と少林寺が思った、そのとたんに宍戸の手が伸びてきた。骨格標本みたいな胸に抱き寄せられて、少林寺は言葉を飲みこむ。あゆむ。かさかさにかすれた声と、枝みたいな指と、どろりとまとわりつく絶望。宍戸の胸のぽけっとには、まるくでくぼくしたなにかが入っていた。
なんかあいつ元気になった。栗松に問いかけられ、少林寺は首をかしげる。天井ばかりを見ていた宍戸は、最近よく病室を出てあちこちを歩き回っているらしい。なぜかそれをきっかけに病室の風通しは妙によくなり、それが今度はへんに後味のわるい違和感となって少林寺の脳裏に鬆を立てた。栗松もその宍戸の変貌に納得がいかないらしく、落ち着かない様子で宍戸の空っぽのベッドをちらちらと盗み見ている。寝てるよりはいいんじゃない。まぁそうなんだけど。栗松が伸びをすると肩がぽきりと音を立てた。なんの意味もなく、ただずるずると病院内を徘徊する宍戸は、生きているだけの幽霊みたいなものだ。わらいもせず、泣きもせず、ほとんど言葉もなく、宍戸のからだはただ生きているだけだった。がらんどうの宍戸を、突き動かしているものの正体がわからない。深い海の底のような息苦しい病室で、天井ばかりを見ていたのに。
宍戸は屋上で膝を抱えてうずくまっている。窓際に枯れ木のように立ち尽くしている。生きている幽霊みたいにあるいている。しろい海底ではるか頭上の水面ばかりを見ている。宍戸は鶴のように痩せて、がいこつみたいにがらんどうで、砕けた脚を引きずって、それなのに生きている。少林寺はこんなところにいたら死んでしまいそうになるのに。ぶわりとカーテンがはためいた。音が遠ざかり、色がなくなる。栗松がゆっくりと立ち上がって、宍戸にそっと歩み寄った。宍戸は栗松のてのひらに、胸のぽけっとから取り出したなにかをそっと置く。栗松の横顔がおののき、宍戸の横顔はうつろにわらっている。生きている幽霊。少林寺の指先がぞっとこわばる。栗松のてのひらに乗せられたのは、芽がながくながく伸びたじゃがいもだった。うつろな宍戸の横顔。しろい檻の哀れな囚人。「一緒に死のう、おれと」
宍戸は今日も天井ばかりを見ている。
じゃがいもの芽にはソラニンという毒がある。







空人
入院組一年生。
リクエストありがとうございました!すごく書きやすくてツボな内容でした。宍戸メインって仰ってくださったのがとっても嬉しかったです。
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