ヒヨル 風のとらえかた 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

つま先の冷たさを覚えている。あのときの感覚は、ただ沈んでいくだけの無抵抗な自分だった。その次には、もう浮かべないと泣きじゃくる無力な自分だった。自分の周りに舞い上がった湖底の泥が、ありとあらゆるものから自分を隠してくれることを祈っていた、無抵抗で無力で、無意味な自分だった。たったひとりで空を帰りながら、何度も何度も、消えたいと思った自分だった。つま先の冷たさを覚えている。ようやく楽になれたのだと、ねじ切れた心臓が叫んだのも覚えている。ずっと楽になりたかったのに、いざその瞬間が来てしまうと、怖くて、恐くて、なにもできない自分だった。このまま消えてしまいたい自分だった。なんの役にも立たない、ひとりぼっちの自分だった。
みんな優しかった。優しくて、強くて、まるで空を飛ぶかのように、次々と勝利をもぎ取っていくような、そんなひとたちだった。疑問に思ったことさえもなかった。彼らの傍にいるから、だと、思っていた。仲間だから。共に戦っているから。憧れているから。あんな風になりたいと努力しているから、だから空飛ぶ彼らの姿がよく見えるのだと。だからあんなにはっきりと、まるで天使のように、鳥のように、優雅に華麗に空を舞う彼らの姿を、目にすることができるのだと。何のことはない。なにもおかしなことはない。よく見えるはずだ。自分だけは地面を這っていたのだから。翼は、あのときには既にもがれていたのだろうか。逃げ出した罰だったのだろうか。それより、もっと前だろうか。最初から、翼なんてなかったのだろうか。最初からあのひとたちと同じ場所には行けなかったのかもしれない。最初から、地を這うことしかできなかったのかもしれない。空が飛べないから、翼がないから、誰の役に立てなかったから、だから。だから。だから。
皮肉な話だ。空も飛べない自分が、たったひとりで空を帰る。みんな優しかった。空を飛ぶかのように、次々と勝利をもぎ取っていくひとたち。だから、忘れられたいと思った。ひとりぼっちで。沈んで沈んで沈んでいった湖底の泥が自分を隠してくれるように。飛べもしない自分には、それがお似合いだ。飛べもしない自分には。地を這うことしか、空飛ぶ彼らを見上げることしかできない自分には。帰ってしまったら、また誰かが自分の名前を呼ぶ。そうして、自分をたったひとり、地面に置き去りにする。つま先の感覚はとうにない。そこで泣きじゃくる無抵抗で無力で無意味で、無価値な、自分を、置き去りにする。どれだけ自分を抱き締めてもどこまでも遠いまま、刻一刻と日本は近づいてくる。こわい、と思った。なにが。なにもかもが。可能ならばあの日に戻りたいと思った。初めてあのサッカー部の、掘っ立て小屋のような部室の前に立った、あの日に。そしたら、気づかなくて済んだ。痛い思いだって。
つま先の冷たさを思い出す。その冷たさはそのまま痩せた指になる。やってみたかったから。あの日の自分に語りかける声。一緒にやろうよ、サッカー。冷たい指。背中を押す、痩せた、冷たい指。
喉の奥で呻いて、顔を上げた。いつの間にか眠っていたらしい。どしたの。至近距離で覗き込まれて、栗松はびくりと肩を振るわせた。くしゃくしゃの赤毛に赤鼻、薄いくちびる。あ、え?おいおい大丈夫かよ。もしかして酔った?その言葉に、慌てて栗松は首を振る。今日は練習試合の日だ。キャプテン!キャラバンの扉から後輩が首を突き出して、自分を呼んでいる。あーうん、ごめん。ちょっとぼーっとして。栗松はもたもたと鞄を抱え、席を立つ。栗松。その声に振り向くと、宍戸が指の背で頬をそっと撫でてきた。え、なに?ん。ごめんね、って。はぁ。あのときもあのときも、傍にいてあげられなくて。栗松はまばたきをする。うん。うん?ああ大丈夫なら、いい。いこ。そう言って宍戸はそっと栗松の背中を押した。
日本に戻ってきたとき、消えたくて消えたくて堪らなかったとき、痩せた冷たい指でそれに連なる手のひらで腕で、宍戸は自分をしっかり抱き締めた。おかえりと言った。もうどこにも行かないでと泣いた。空は飛べない。翼もない。無抵抗で無力で無意味で無価値で、だけど、少なくともひとりではなかった。宍戸がいてくれた。だから、もうなにもこわがらなくていいのだと思った。傷つくことだって、痛い思いだって、翼なんてなくたって、もうなにもこわくない。なのに、今さら謝ったりするのだ。間の抜けた彼は。









風のとらえかた
宍戸と栗松。8月5日に寄せて。
PR
[486]  [485]  [484]  [483]  [482]  [481]  [480]  [479]  [478]  [477]  [476
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]