ヒヨル いつか死んでやろうと思っていた 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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壁山が珍しく歯切れの悪い物言いをしているのを、影野はベッドに横になったままぼんやりと聞いていた。壁山は病人の陰気がべたりと層になったしろい部屋には居心地のわるい様子も見せずに、言葉少なに横たわる宍戸の手を恐らく無意識に握ってやっている。今度は沖縄に渡っていたとかで、黒糖や紅芋のちんすこうだのシークヮーサー味のハイチュウだのを手土産に下げてきて、それらはありがたく松野が食い散らかした。キャプテンはもうここには来ないって。ひとしきり互いを労ったあと、壁山は厚いくちびるを曲げてそう言い、本当にすまなそうに巨体を縮めてうなだれた。それを聞いた風丸が覗く片目を大きく見開く。なにかろくでもないことを言い出しそうな風丸を先制で半田がはたいて止め、なんでだ、と染岡が低い声で訊ねる。ゲエッと松野がわざとらしくげっぷをし、壁山はますます途方に暮れたような顔をした。各々が焦り、いら立ち、絶望し、それらがゆくあてもなく尽きていった病室で。
円堂が前に来たのは風丸が来る前、栗松が急患のように運び込まれてきた少しあとだった。円堂は相変わらずの不景気な顔をして相変わらずの不景気な面々を見渡し、座り心地のわるい堅い丸椅子に腰かけていた。入り口の近くで、ひとり。見舞われたはずの彼らはそんな円堂の様子に気を揉み、恐らくはこうなることをわかっていたのだろう壁山(他のメンバーと一緒にわざわざ時間をずらして見舞いに来ていた)が置いていった菓子を勧めた。円堂は勧められるまま黙々とそれを食った。松野がいやな顔をする。いいだけ食った円堂は眉を寄せて病室をぐるりと見渡し、ため息をつく。ごちそうさん。なんだよ。半田が声をあげる。もう帰るのか。円堂は立ち上がりながら、驚くほど去りがたそうな顔をした。明日出る。そうか。拍子抜けしたような半田に円堂は視線を向け、ここはいいな、とぎこちなくほほえんだ。おまえらといると落ち着くよ。あとこれ目金から栗松に、と半田はでかい箱を受け取っていた。コズミックプリティレイナ、のロゴがビニルから透けて見えた。
寝てばかりだと背中が痛いのだと影野はそこではじめて知った。壁山はいいやつだな。彼が行ってしまったあと、妙に打ち沈んだ病室で影野は別のことを考える。あんなこと、言いたくて言いにきたわけじゃないだろうに。円堂もだからわざわざ壁山に託したのだろうと思った。壁山ならそれを誰より上手に伝えてくれるだろうと。効果はてきめんだった、と言わざるを得ない。あまりに上手に伝わりすぎた。円堂はここには二度と来ない。そしてその考えは決して翻らない。全員にそれがわかってしまうくらいに。それをわかって、受け入れて、受け入れられるはずもないのに、そうしなくてはいけないのだと突きつけるみたいに。誰もなにも言わなかった。風丸は呆然と立ち尽くし、松野は握った拳を震わせ、半田は顔を伏せた。少林寺は身動きもせず、宍戸は死んだように息をひそめ、栗松は視線を扉へと投げかけた。染岡が出ていったままそこは開かない。
影野の枕元には目金が栗松によこしたレイナのフィギュアが飾られている。けばけばしいピンク色の服を着て、光線銃を構え、レイナは虚空に向けてにこやかにほほえむ。栗松はそれを照れくさそうに影野の枕元に置き、レイナは宇宙を救うんでやんすよ、と言った。妙にまじめな声で。風丸はここに来て数日は口もきかなかった。戦いの中で病んだ彼らにくらべれば、と、影野はどうしても言えない。染岡は泣いているだろうか。悔しかったろうか。彼らがどんなに悲しくても、自分たちはそこに手を伸ばすこともできない。円堂が自分たちを救わなかったように。影野は静かに目を閉じる。円堂は最初から言っていた。捨てていっても恨むなと。だから影野は恨まない。円堂は決して嘘はつかない。円堂は気づいてしまったのだ。きっと。もう戻ることはできないのだと。せめてそれを信じていたかった。なにが彼らを傷つけたとしても。おまえらといると落ち着くと言った円堂の痛いような顔を、信じていたかった。
自分たちはなにも知らない。そのことが円堂には大切だったのだ。焦りもいら立ちも絶望も尽きたこの乾いた部屋で、叶わぬ願いに盲目とあがき、声も掠れた自分たちを見て、それでも円堂はわらったではないか。戦いに病んだ円堂に、他になにを望むという。円堂だって救ってほしかったに違いない。円堂にこそレイナが必要だった。宇宙を救う無償の愛が。「殺そう」風丸がぽつりと言った。「だったら円堂を殺そう」それもわるくはないと思ったが、その前に染岡の手を握り返してやるべきかと思った。円堂ならそれを聞いても、いつもの不景気な顔で、いつかおまえらのために死んでやろうと思っていた、と言うだろう。平気な声で。影野はそのときも染岡の手を握っているだろう。気づかずにいることもできるだろうが、もしもそれに直面してしまったとき、やさしい彼はきっと泣いてしまうだろうから。










いつか死んでやろうと思っていた
影野と染岡と彼ら。
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