ヒヨル 名もなきふかい海には 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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自分がふぬけるのはほんとうにみっともないものだと染岡は試合がおわるたびに思う。試合をひとつずつ重ねて勝ち星を順調につみ上げていく順風満帆な今でさえ、染岡は試合中にしてしまった、あるいはできなかった、するべきだったささいなことをいちいち覚えている(それはかつての、部員が足りなかったころにはしたくてもできなかったぜいたくな悩みなのだろうが)。そうしてそのひとつひとつに、おもしろいくらいに落ち込むのだ。もちろんそんな情けない姿は、他のやつらに見せないようにていねいにていねいに心の奥のほうに染岡はしまい込むのだが、どうやってもあふれ出てきてしまうそれらのいら立ちは、ときに言葉や行動になって罪のない宍戸や栗松に向かう。そして影野にも。
いら立ちにもとづくどうにもならない暴力性は無辜の後輩たちに向かうが、それよりもっと湿っぽくどろどろとした女々しさは言葉のすくない影野に向かう。ああすればよかったこうすればよかった、というできるものの優越感をたぶんに含んだ愚痴のような反省のような繰言を、染岡は思いつくままに順々に影野に垂れ流す。影野はその途切れることのない反省文に、決して口を挟まない。その影野がある日レギュラーから落ちた。ベンチでしずかに試合をながめている影野から、染岡はなにがしかの言葉が返るものと思っていた。試合のあとに落ち込むなよ、と言ってやったら、別に落ち込んではないと影野は言った。その言葉の感触がすこしばかり引っかかったので、まぁたぶんすぐレギュラーに戻れるよ、と言った。本心のつもりだった。暮れていく夕日がくろぐろとグラウンドに影を落としていて、影野のほそい影もながくながく伸びていた。染岡の中にどろどろはまたたくさんつもり、それが苛立ちとかかなしさのようなものになって今にもあふれだそうとしていた。影野がいなかったのだ。グラウンドに影野が立っていなかった。だから。
そういえば、と話し出そうとしたそのとき、影野がすうと手をのばして染岡の両耳をふさいだ。つめたいつめたいてのひらだった。言葉をうしなう染岡に、影野もなにも言わなかった。耳の奥をひくい地鳴りのようなものが途切れることなくかすめていって、それが影野の血の流れる音だとふと気づいた。おだやかなその音に巻かれて、影野のくちびるがかすかに動く。それを聞き取ることができなくて、だけどそれをどうしてもしたくて、染岡は手を伸ばして影野ののどをやわらかくつかんだ。やわらかな髪の毛が染岡の両手にまといついて、ああこのままだとないてしまう、というようなつよいつよい衝動が、腹の奥から頭のてっぺんまでをひといきに駆けのぼった。のどの深い部分がずくずくと痛んで、親指に影野ののどが上下する感触がやけになまなましく響いた。お前ないてるの?染岡の声は頭の中でぼわんぼわんとくぐもり、だけどその返事は、聞こえなかった。影野の顔に濃い影がおちて、さされたように染岡の心がいたんだ。もうどちらでもいいと思った。ないていてもないていなくても、同じくらいかなしかった。影野のくちびるがもう動かない。このまま音という音がなくなってしまえばいいと、染岡はぜんぶで願った。
染岡はときどき自分の意識の届かないくらい深いふかい場所に、影野を投げ込んで沈めてしまいたくなる。たとえば誰にも、自分でさえもどうしようもないくらいの場所に。海のような深い場所に。そうして言葉さえ伝わらないその場所をながめてそれだけですごすことができたら、どのくらい満たされるだろうとも思った。ほしかったのがなまじ形のないものだったから、どうしたらそれが手に入るのかさえもわからなかったのに。影野がグラウンドにいなかったのだ。それなのになにを伝えたかったのだろうか。なにを語ろうと、言うのだろうか。影野のやわらかな髪がふと吹いたつめたい風にぱらぱらと広がる。どちらともなく両手をはなして、だけど語れる言葉はもうどこにもなかったし、できることはもう全部やり尽くしてしまった。名もなきふかい海には、みにくいものばかりが沈んでねむっている。どろどろで埋め尽くされた海の底をぜんぶさらってひっくり返し、染岡はそこに影野を沈めてやりたい。





名もなきふかい海には
染岡と影野。
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