ヒヨル 東のメシアライザー 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

目金は電車を好んでいる。電車好きにはよくある、ホームの端で長いカメラを構えたり、ぞろ目の切符を買うために並んでみたり、新車体に喜び旧車体を惜しんだりする道楽も、まぁたしなまないではない。しかし目金が何より好きなのは電車に乗ることで、昼間の電車ならさらに好もしかった。行きつけの皮膚科は電車で15分、学習塾はもう少し短く、別の電車に乗れば秋葉原までおよそ20分。電車は新しい場所や楽しい場所に目金を連れていってくれる。日本の端までも。朝や夕方のラッシュや酒臭い夜の電車よりもいいのはもちろん昼間のそれで、目金の好きな昼間の電車は忠義ものでやさしい生き物のように親しかった。たくさんのひとを飲み込んで静かに行き来する穏やかでやさしい生き物。昼間の電車はそこに乗っているひとすら好もしい。働く時間に往来する彼らは、ほんの少しずつ日常から外れた穏やかな顔をして、その素直な寂しさがひねくれ者の目金にはことのほかしっくりと馴染むのだった。
部活の遠征に行くのは、当初は決まって電車だった。休日の早朝の改札前に道具を並べて切符を待つ。傍若無人な同輩たちも電車の中ではおとなしく、マネージャーと後輩は決して座席に座らなかった。ラッシュに巻き込まれた彼らが荷物ごと人波に流されてホームに降りざるを得ず、そのまま乗りきれずに一本電車を遅らせる、というのは実はよくある話で(円堂たちはそれを島流しと呼ぶ)、そのたびに次の駅で降りて電車を待ってやるのは必ず目金の役目だった。それをやらかすのは圧倒的に栗松が多い。小柄なくせに大荷物を抱える人間の悲しさか、栗松はほとんど無抵抗でスーツの波に押し流され押し出され、扉が閉じたがらんとした車内には既に栗松の姿はないのだった。こういうときばかり目ざとい円堂は、いつも目金の肩を軽く拳でとんとんと叩く。そうしてその合図を受けたときには目金はとっくに降りる準備をしている。いつも。座席の足下に押し込んでおいた鞄を引っ張り出して肩にかけ、目金は振り向きもせずにホームに立つ。いつも。
思うに足りないのではなかろうか、と。吹きっさらしのホームの風は初夏のくせに粘って冷たい。目金はこの頃にはもう既に、全うに働いて大人をやるような人間にはなるまいと心に決めていた。昼間の電車はいつでも目金の友人だったけれど、それ以外のものは全てがいつでも敵にしていいものだった。思うに。目金はまばたきをする。そのとき電車が滑り込んできた。鼓膜を波打たせる殺人的な音の流線。栗松はいつも一本遅い電車に頼りなげに突っ立っている。思うに、ぼくらには悲劇が足りないのではなかろうか。目金が電車に踏み込むのと同時に栗松は振り返った。肩から提げた救急バッグと腕に通したクーラーボックス。目金は眉根を寄せた。栗松の隣の吊革を掴む。ホームにひとり流される栗松は、いつもなにを考えているのだろうと思う。もしかしたら、栗松にも足りないものがあるのだろうか。例えば。目金は短く息を吐く。こんなに近くにいるのに、荷物を持ってやろうとも言わずに、そんなことばかりを考えている。
栗松は落ち着かない様子でちらちらと目金を伺っている。怒ってませんよ。先制すると栗松は目をまるくして、それから照れ臭そうに笑った。いつもごめんなさい。目金はそれには答えずに、栗松くん、と彼を呼ぶ。きみには悲劇が足りないのではありませんか。はぁ。栗松はぽかんとした顔をして、首をひねり、ううん、と唸った。よくわからないでやんす。目金はそうですかと窓の外に視線を飛ばした。いつの間にかふたりの間に置かれたクーラーボックスががたがたと揺れる。それ以外のものならば敵でも構わない。なら。しかし目金は思考を切った。悲劇よりも他に足りないものならあると、栗松がそんなことを言うので。目金はまばたきをする。栗松の横顔を見る。栗松は遠くを見ていた。それ以外のものならば敵でも構わないと。目金はそれを言おうとしていた。ついさっきまで。

「きみには、」

そしてそれは言葉にはならなかった。
栗松には昼間の電車にも馴染まれないような奇妙な孤独ばかりが似合ってしまう。









東のメシアライザー
目金と栗松。
手を出されない場所にあるものってきれい。
PR
[459]  [458]  [457]  [456]  [455]  [454]  [453]  [452]  [451]  [450]  [449
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]