ヒヨル 蜘蛛とイド 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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ただしろいばかりの床にあかく窓が切り抜かれて、そこを鳥が数羽、風のように横切っていく。円堂は勝手知ったる場所と、階段を上り廊下をまっすぐに進んでいった。それを無言で追う脚を鈍らせるのは病院特有の静かに病んで疲弊した空気か、それとも未だに棄てかねるあの日の勝利にまとわりついた残酷な後悔なのか。どちらともつかぬまま、入るぞ、と円堂の声は妙に遠くから聞こえた。鬼道は視線を上げる。五人分のネームプレートのついた部屋はがらんとして静まり返っていた。薬の臭いが弱く漂い、円堂は嫌そうに鼻を鳴らす。おい。生きてるか。ベッドにひとり横たわる宍戸の顔を覗き込むように円堂は声をかけた。あいつらどこ。宍戸は無言で腕を上げてドアを指差し、続いてその指を右に曲げる。リハビリ室か。円堂はバンダナの下を掻きながら、ちっと顔出してくるわと歩き出す。おまえは。入り口に突っ立ったままだった鬼道はそこでようやく病室に踏み込み、おれはここにいる、と答えた。あそう。円堂は探るような目で鬼道を見て、部屋を出た。扉が閉まる。
もともと痩せ形だった宍戸は、入院生活でさらに体重が落ちたようだった。やつれた頬と枝のような指をした宍戸は、乾いた唇を苦しげに薄く開いて横たわっている。足音を殺して、鬼道はそっとベッドを回り込んだ。枕元に立って、小さく声をかける。具合はどうだ。宍戸はなんの反応もしない。鬼道はスツールに腰を下ろす。反応に期待はしていなかった。しかし柔らかな赤毛が覆ったその目が、せめて見えていたら、とは思わないでもない。それとも。鬼道はまばたきをする。鬼道に対して宍戸が伝えようと思うようなことは、もうなにもないのかもしれない、と。鬼道は無言で、ベッドに投げ出された宍戸の指に触れる。さわんな。宍戸のかすれた声。冷たい手だ。その声を無視して、鬼道は静かに言う。早く直してくれ。また一緒にサッカーをしよう。宍戸はわずかに首を動かして鬼道を見た。薄い唇がゆっくりと動く。あんた、勝手だな。にこりともしない宍戸。鬼道は、宍戸が笑っているところを見たことがない。
勝つためにはそれなりの犠牲と覚悟が必要で、しかし雷門中はそれを知らなかった。あの日の勝利は誰もが望んでいたものだったはずだ。鬼道もそうだった。だから帝国を去った。雷門中のメンバーも、そうだと思っていた。あの勝利のために、払われる犠牲があったとしても。しかし円堂は不快さを隠しもせず、誰も彼もが傷ついたような顔をした。その勝利は初めて鬼道を照らさなかった。その理由は今でもわからない。ただ確かに、その瞬間、鬼道は雷門中の重荷となった。かつて豪炎寺がそうであったように。宍戸はまたゆっくりと首を動かした。天井を向き、浅い息をする。痛むのか。鬼道の言葉に、宍戸は返事をしなかった。理由はわからない。しかし、鬼道は今でも悔いている。なにを悔いるべきなのか、なにが許せないのか、鬼道には未だになにひとつわかってはいなかったけれど。それでも宍戸がなにも言わなかったから。鬼道にはそれが全てで、それ以上の理由はない。
宍戸は弱々しく咳き込み、苦しげに息をした。手がうっすらと汗ばんでいる。鬼道は腰を浮かせ、せめて汗でも拭ってやろうと枕元の濡れタオルを手に取った。宍戸。やめろ。宍戸は呻くように言う。もうやめてください。鬼道はその言葉を無視して額に手を伸ばした。宍戸が首を振る。嫌だ。かすかに震えた声に、鬼道が手を止める。指先が前髪に触れるか触れないかの距離で、鬼道の手は横から伸びてきた小さな手に押さえられた。栗松。栗松は困ったような顔をして、首を振った。すみません。宍戸、嫌がってるんで。そうか。短い沈黙を挟み、鬼道はタオルを栗松に渡した。栗松は慣れた様子で宍戸の枕元に近づき、痛い?と声をかける。痛い。宍戸は手を伸ばして栗松の頬に触れた。鬼道さん心配してる。宍戸はそれには答えず、栗松の頬を撫でながら、痛いよ、と言った。栗松はあやすようにタオルで宍戸の額を撫でる。鬼道は目をそらした。ひどく悲しい光景だと思った。こんな場所で病んでいく宍戸を、哀れだと。
病室のドアが開き、他のメンバーが戻ってきた。あれー鬼道も来てたのか。珍しいな。半田と松野に軽くうなづいて見せ、先に行く、と鬼道は病室を出た。宍戸を哀れだと思ってしまったことを、栗松はわかってしまったかもしれない、と思った。階段でキャラバンのメンバーとすれ違い、すれ違いながら、自分がひどく安心していることに鬼道は気づいた。彼らがいないと気持ちが休まる。彼らがいる場所には、なぜだか、汲めども尽きぬ悔恨が、延々と止めどなく溢れて溢れて止まらないような、そしてそれに彼らが溺れて沈んでいくような、そんな悲しみがつきまとう。キャラバンの側で、鬼道は深く息をする。悲しみは、いつも鬼道を戸惑わせる。彼らの存在は、いつも鬼道を濁らせる。戻らなければいいと思っていた。彼らはあそこで病んでいけばいいと。彼らの戻る場所はない。なぜならば奪ったからだ。豪炎寺が、一之瀬が、塔子が吹雪が木暮が立向居が綱海が、そして、鬼道が。
そして鬼道は絶望する。最初に敗けたのは他でもない、鬼道だった。そのくせ敗北の全てを彼らに押しつけ、彼らの居場所を奪い、勝利の光を追い求めては、あの日の後悔を塗りつぶそうとする。宍戸はもうサッカーを選べないかもしれない。それでも構わなかった。あの日を今もなお悔やんでいる。それが鬼道の唯一の免罪符だった。










蜘蛛とイド
鬼道と宍戸
わけもないのはそれしかないから。
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