ヒヨル 拝啓天国様 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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ときどき彼がそんな風にいたたまれないような顔をするのが影野には悲しかった。少林寺のことだ。少林寺がときどき、陽の当たらない部室の裏手にうずくまって、小さな手で自分のからだをぎゅっと抱いていることを影野は知っていた。いつ頃からだろうか。影野のあたまの中の少林寺は耐えるばかりの無口な少年であった。ずいぶん前からなのかもしれない、と思う。無言でうずくまる少林寺の背中。豊かな髪の毛とそこから覗く華奢な肩。小さな手。それらはいつもかすかにわなないていた。どうしても、我慢ならない、なにか、に、(あるいは想像を絶する恐怖にも似たものに、)相対する切なさを黙って吐き出しているような、健気な背中は影野の憐憫と恍惚を誘った。薄暗く陰鬱によどむその場所でしか、弱くなることはできなかったのだろう。いつになく奇妙に儚い少林寺の背中は影野に、これもまた奇妙に儚い陶酔を何度でも何度でももたらした。
汚れたボールをつま先で持ち上げて骨ばった膝に器用に乗せる宍戸の、その隣で少林寺は無言で黙々とリフティングをしている。薄く引き伸ばされたみたいな曇り空の、まぶたの奥がちりつく明るさは毒だ、と思う。影野にとっては。曇りのすきな人間は怠け者だと姉は言う。確かに姉は怠け者だった。そして影野も。並んだ7と8。ちぐはぐの背中を眺めていると、殺気のようなものが眉間をちりつかせて影野はかくんと首を前に倒した。後頭部をボールがゆき過ぎる気配がする。巻き上げられた髪の毛が落ち着く頃には、円堂は既に背中を向けていた。ボールが地面をこする音。円堂。短く呼ぶと円堂はそれを無視して宍戸と少林寺を呼んだ。影野は黙ってボールを拾いに行く。薄弱な男だ、と思った。誰がとは言わない。
狭いグラウンドの小さなボールを奪い合う一握りのチームであったとしても、勝ちをもぎ取る場所である限り、お決まりのように傷ついて蹴落とされてはまた誰かの足を引く。牙を剥く有象無象は力を惜しまず、それに揉み潰されては消えていく野心もあった。影野は短く息をする。少林寺がまっすぐにこちらに走ってくる。ボールを挟んで意識が糸のように繋がるその瞬間、影野の恍惚は絶頂を迎える。ともすると腕を広げて少林寺を抱き止めてしまいたくなるほどに。しかし少林寺はいつも影野を縫うようにすり抜け、凛とはりつめた気配だけを残して駆け去ってしまう。影野は振り向く。可憐な背中。ああ、と息を吐く。今日も少林寺はあそこに行くに違いないと思った。心臓が揺れる。今日のこの瞬間に確かに傷ついていたに違いない少林寺のことを思った。とろけるほどの恍惚。
それがただただ無感動に続く日々の中に安らかに埋没していくだけの罪悪感だったとしても、それを重石のようにぶら下げておくことで惜しむ振りをすることができた。喉の奥で幼気は煮えて、得体のしれないばけものが牙を剥く。もう何度もそんなことは経験していたはずだった。あんな薄暗い場所で、ひとりきりで。あんなに小さな手をして。まるで世界中に嫉まれたみたいに。影野はそっと一歩踏み出す。うずくまる少林寺の、わななく肩が近づいてくる。薄弱な自分たちだ。どこまで行っても。影野は手を伸ばした。後ろから少林寺のほほに触れる。すべらかに乾いたそこはただ凍るように冷たかった。そんなに悲しい顔をして。影野は膝を折る。小さなからだを包み込む。少林寺が喘ぐように息をした。影野は陶酔する。恍惚は絶頂になる。
それがただ無感動に埋没していくだけの罪悪感ならば、それだけでもよかった。ただ悲しいだけならば。ただ苦しいだけならば。こんなところで孤独に耐えたりしなかった。憤怒が焦がして奪ったもの。いとおしいもの。睦み合い舐め合うけだものの、その夜は、傷口ばかりが冴え冴えと深紅。








拝啓天国様
影野と少林寺。
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