ヒヨル 狸穴に愚獣は群れ 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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確かに彼らは動物をあまり好かなかったな、と思った。夜のことだ。いたいけに尾を振る仔犬をまるで病原菌の塊ででもあるかのように冷ややかに眺める、彼らはその点で言えば間違いなく成功に見放されていた。今さらながら壁山がそんなことを思うのは、練習と練習の合間に、ふと滑り込む沈黙に堪えかねていることに感づきつつあったからだった。開きすぎた左右のすき間は壁山のながい腕とおおきな手のひらをもってしても埋められず、それでも闇雲に宙を掻いてはあの頃を寄せ集めようとしている虚しい行為を、自嘲とともに終えることには弱りきっていた。みんながいてくれたら。ひとつ勝ち進むたびにその思いは強くなり、しかしそれを打ち明けるには、有象無象は希望にすぎた。ただひとり隣にいてくれた栗松がいなくなってからは、壁山はあまり考えることをしていない。みんながいてくれたら。やはり嘲笑に投げ出した脚の先を南国のぬるい夜が撫でていく。
宍戸はたぶん生き物という生き物すべてを疎んじていて、恐らくは彼の中にある最大の譲歩でもって、人間を相手に人間らしい人間関係を築いていた。意思の疎通が宍戸にとって対世界の上限であり、それができないものであれば関わる必要はないらしかった。がりがりに痩せた同輩の肩を思い出す。その頃壁山は彼をひどく痛々しい哀れなもののように思っていた、ように思う。壁山は宍戸と目を合わせたことがない。言葉を言葉を言葉を重ねて、宍戸が遠ざけていたものたち。壁山は今でもほんの僅か彼を哀れに思う。臆病な宍戸には、そうするしかなかったのだとしても。
少林寺は生き物は嫌いではなかった。四つ足のばったやかえる、蝶やむかでや蜘蛛や亀や長虫が彼の言う生き物のすべてだったけれど。壁山が見たら悲鳴を上げて逃げまどうそれらを、少林寺は時には羨望の目で眺めた。両手に掬った、節のもげた虫をいつまでも眺めているような少年だった。たとえばその足元に巣から落ちた雛が鳴いていても、それには見向きもしないような。彼は、痴呆のような幸福だ、という短い感嘆を口ぐせのようにしていた。それはいつも彼の故郷の言葉で小さく囁かれた。いつか静かに陽の沈むかはたれに、少林寺はその小さな手のひらに見事な揚羽蝶を捕まえた。そのときの、奇妙に途方に暮れたような虚ろな横顔を、壁山は今でも忘れることができない。
生き物はいつか死んでしまうから。栗松は宍戸や少林寺の潔癖をそう言った。昨日のような、ずっと前のような、曖昧な記憶の中で。だから嫌なんじゃない、と。壁山はなんとも答えられずに黙るしかなかった。栗松は動物すき?代わりに投げた壁山の問いに、すきだよ、と栗松は平然と言った。動物ならだいたいなんでもすきかな。壁山は、と投げ返された問いに、やはり壁山は黙った。そのときには、だったらどうして栗松は彼を好きになってはやれないのだろう、という問いかけばかりが、壁山の内側をぐるぐると駆けめぐり、それを口に出す前に栗松は壁山の隣からいなくなってしまった。いつか死んでしまうから。本当に?本当にそんな理由で?宍戸が痛々しく、少林寺が潔癖に、彼らの側から遠ざけていたものは、本当にそんな理由で、それしきの理由であってよかったのだろうか。
そして程なく壁山は思い知る。それが正解でも不正解でも、過たずにそこにたどり着ける栗松の、臓器のすき間を縫うような静かな本能を。それをどうしようもなく羨ましいと、憎らしいと、思ってやまない鬆のような自分を。
音無がひたひたとやって来る。ものも言わずに壁山の隣に横になる。いつか死んでしまうから。いつか死んでしまうなら。そういえばさぁ、と音無はぽつりと呟いた。あたしね、あゆちゃんやさっくんのこと、ほんとは全然知らないんだ。へえちゃんなにか知ってる?と問われたときに、壁山の中に沸き立った思いは、やはり彼を好きにならなくて正解だったのかもしれない、という、一瞬の気の迷いだった。音無は動物すき?壁山の唐突な問いに、音無は黙った。ふたりとも、動物は嫌いなんだって。壁山は静かに言い、そして沈黙が降り積もる。それしきの言葉に、ふたりともとうに傷つけられて、堪えかねてしまった。海がわめいている。いつか死んでしまうけものたち。好きにならなくてもいい。みんながいてくれたら。(おれたちは今すぐにでも泣き出せるのに)








狸穴に愚獣は群れ
壁山。
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