ヒヨル 彼の名を知るまで 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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嘘をつくには三秒あればできるんだと言って、だから四秒後の自分がどんなにかかわいそうでも大丈夫なのだ。あなたのいちばん下の肋骨みたいになりたいよ。そう言ったら食べかけのコロネロールを投げつけられた。チョコクリームがほほをなする。すこしわらってわたし今のままでも全然へいきだよと言った。それももちろん嘘だった。せめてしっかり嘘をつける人間になろう。ちゃんとした嘘つきになろう。そう思いながらするセックスは正義をまとった高級な自傷であった。なめらかな舌で始まる聖餐の、最後にはいつもわけもなくかなしくなって、だらだらと体液をこぼしながら気を失うみたいに無理やりもぎ取っていくのだが、次に目を開けるときにはいつだって彼女はメイデンだった。そんなものものは彼女を通りすぎてゆくだけの影ぼうしとおなじだった。においのない真冬の木枯らしのように、すぎてしまえばなにも感じない。ちりつく肌の痛みなどは、忘れてしまえばなかったことだ。
コロネロールを投げつけてきたのはふたつ上の先輩で、彼は乱暴なひとだった。手首をつかむ動作ひとつにしても、つつましくくびれたそこから先をもぎ取らんばかりに力をこめる。放課後はセックスばかりした。休みの日にはけんかをして、次の日にはそれを忘れたみたいなふりをしてまた抱き合う。桜の季節に卒業と一緒に彼に目の前でアドレスを消され、おれ以外のやつともやってたくせにと、そんなことを泣きそうな顔でなじられた。あなただって。それを言わなかったのは、あのときには、自分がなんにも感じてなかったからだと思っていた。あなただって他のひとのことがすきだったくせに。ほんとにすきなひとの前では、いつもわらってたくせに。それを言わなかったから彼は泣きそうな顔で泣きそうな声で木野をなじって、おまえなんかサイテーだ、と言い捨てて卒業していった。もう名前も思い出さないひとだ。
おにぎりをむすんでいるときにこんなことを思い出すと、ひとつだけやけに鋭角でかたくて塩からいやつができてしまう。いつもつまみ食いしに来る半田はまたー?とおもしろそうにわらって、おーい壁山ーまたおまえ専用あるぞー、と声をあげる。誰も進んで食べようとしないそのおにぎりは自然と大食漢の壁山の割り当てになって、壁山は他のおにぎりを食べるときとおなじようにおいしいおいしいとそれを食べた。残していいよと言う木野ににこりとわらって、そんなもったいないことできないっす、と。円堂はなんだか不服げだったけれど、それを口に出すことはなかった。特別扱いとは真逆だったし、早々に気づいてしかるべきだったろう。円堂にはいつもいちばんきれいな形でいちばんふっくらとむすべたものが渡るようにしてある。円堂のいちばん下の肋骨になりたいかどうかは、今必死で考えているところだ。あのひとより円堂はずっとやさしい。
壁山のするやさしさはいつもどうしようもない痛みを伴う。木野が右にゆけば右に、左にゆけば左に、視線を向けては木野のためになることを探している。いつも。壁山は言えばなんでもしてくれるし、言わなければなにもしない。背すじを伸ばして黙りこくる犬のように、次の言葉を待っている。壁山のことすきなの。円堂はなんどもそう訊いたが、木野はそれとおなじ数だけ否定を繰り返した。円堂を傷つけたくはなかった。たとえ円堂のいちばん下の肋骨になる決心がなかなかつかなくても。だけど壁山と寝てみたいとは思っていた。いざそれに対面したら壁山はどんなことを言うのだろう。いつもみたいにやさしい目をして待つのでも、なんだかもっとぐしゃぐしゃに、するのでもいい。それ以外の壁山が見たかった。木野がなにか言わないと呼吸もできないような、それ以外の。壁山のいちばん下の肋骨。なりたくないわけではない。なれるものなら。
だから部活の後片付けを手伝う壁山にそっとからだをすり寄せたのは、偶然でも衝動でもない。確かめたかった。壁山がどうするのかを。壁山は驚き、うろたえ(ここまでは木野の想像どおりだった)、そして(驚くべきことに)かなしい顔をした。とても。やめてください。壁山はぶたれた犬のようにしょぼくれた失望の目をして、それからわらった。そっと、やさしく。木野は目をまるくする。どうしてわらうの。思わず口をついたその問いに、壁山は答えずに、そんなことしなくても、とちいさく続けた。やめて。思いもよらない言葉に驚愕し、木野は壁山から飛びのく。その拍子にぐらりとからだをかしがせた。木野の腕をつかんで彼女を支えた壁山の手を、木野は猛然と振り払う。さわらないで。壁山は泣きわらいみたいな顔をして、ごめんなさい、と木野の腕を離した。心臓がどくどくと高鳴る。木野はみじかい息をして、帰って、と言った。もう帰って。壁山はぺこりとあたまを下げ、荷物を持って黙って部室をあとにする。そっと扉が閉じたあと、木野の胸をかきむしったのはかなしみだった。とめどないかなしみだった。
わめき立てる心臓が伝えてくる感情に、わななく指を握りしめる。それが嘔吐感にも似た不愉快なものでしかなかったことがかなしかった。それが、嫌悪、でしかなかったことが。壁山はいってしまった。木野は思わず声をあげそうになる。よわい自分がじたばたともがく。もうかまわないで。けれど。いかないで。聞いたことはなかったけれど、壁山のすきなひとが自分であることを、木野は誰に聞かなくてもわかっていた。痛いくらいに。嘘なら三秒でわらえた。四秒目にはいとおしいひとを探す。それなのにそれなのにそれなのに。嘘にならない言葉はぐずぐずに融けて流れて消えた。いろんなひとが手も触れずに通りすぎた、木野の深いふかい場所にしみこんだ。いつの間にかいろんなことが怖くなっていた。あんなかなしい顔なんて見たくなかった。壁山のいちばん下の肋骨になりたかった。彼の名を知るまで、そこは確かに空白であったのだ。








彼の名を知るまで
木野と壁山。
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