ヒヨル そめおかとかげののはなし 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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終わった、と思った瞬間にたしかにからだじゅうの血液がものすごい勢いで引いていってがたがたとやたらにさむかったことを覚えている。あれは絶望などと呼ぶにはなまぬるいなまぬるすぎる。俺がなにもできなかったというただそれだけのことだ。ただ、それだけのことだ。しかもおれがなんとかしなければならなかっただろう場面でなんとかしたのは、拾ったユニフォームで試合に出た転校生だったのだから!(あの技の衝撃はきっと一生忘れられないと思う。ついでに劣等感も)。はじめて出会ってぶちあたってしまった壁におれは燃えることも憤ることもわすれてひたすらいらだった。なんとかしなければなんとかしなければなんとかしなければ。そればかりが頭をぐるぐると覆っていって本当にやばい本当にまずいを繰り返していた。
かと言ってあんなおおがかりなホンコン映画みたいな技はいちにちとかふつかでしかもあたまのつくりの思わしくないおれがどれだけあたまをひねってもできるものなんかでは到底なかった。おれはチャウ・シンチーでもなければウォン・ヤッフェイでもない。ましてやかのブルース・リーになりきったチャン・クォックァンになんかとんでもない。なんということだ。道は閉ざされた。ああもう本当におれは終わりだなんとかできないと終わりだと思いつめにつめた(その挙句に宍戸やら栗松やらをいいだけあしざまにののしった。たまに手も足も出た)。そんなどうしようもなく荒れたおれに、キャプテンがまたひとのいいことを言いながら付きあうのだ。おれはあいつは天使かなんかみたいにこころねのきれいなまっすぐなやつだと涙をながしそうになった。だけどあいつがそれ一点張りにするやればできるにはまいった。ほんとうにまいった。やればできるなんて唱えてなんでもできるなら今ごろおれたちは帝国に真っ向勝負で勝ってるよばーーーーっか!!!と言う気力もそがれるほどおれはたぶんめちゃくちゃまっすぐにがんばった。そんなことを思いつつおれはこころねのきれいなまっすぐなキャプテンにきっと感化されたのだ。がんばったなんて言葉がこんなに似合うがんばりかたはなかっただろう。おれはがんばった。
がんばりにがんばってだけどだいぶ難航して、おれはたぶんゆきづまってそのときはじめてつかれていることに気づいた。あいつがつかれているだろうなんて言うから。あまり無理をするなだのケガをするなだの。うるせーうるせーとそのときたぶんおれは言われるはしからその言葉をぶったぎっていった。悩みがなさそうなうっとうしいやつだと思った。そしてなんかうっとうしくおれを見てうっとうしくへたくそな言葉で気づかったりするものだから。宍戸や栗松とおなじように蹴ってやったらやっぱり宍戸や栗松とおなじようによろめいて、うざかったのでもういっかい蹴ってやったら倒れてしまった。ながい髪がぞろっと地面に広がって、そのときおれははじめて取り返しのつかないことというものを知った。あたまの奥のほうからそれまでなんともなく居すわっていたものたちがぜんぶ、目や鼻や口をめがけて殺到したような感じだった。夕日がしずみかけてもうほとんど暗くなったグラウンドでたぶんおれはなきまくったのだ。あいつのそばにうずくまって。
当然翌日ものすごくしにたくなった。しにたいくらいはずかしくなって柄にもなくあいつにおはようなんて言ってでもあいつはものすごく驚いた顔をしてなのにちょっとてれたみたいに、おはよう、と言いやがった。おれのゆうべの煩悶を返せ!!!と言ってやろうと思ったけど、着替えのときにあいつの横っぱらに蹴りつけたあとがうっすら残っていてまたしにたくなった。せめてスパイクは脱いでおくのだった。そうこうしているうちに技は完成したし、キャプテンもおれもおおよろこびしたけどあいつがそれを喜んだかどうか正直おれは覚えていない。本当なら転校生のあいつに触発されるまでもなくあのときあいつをスパイクで蹴ることもなくここにたどり着いているはずだったのだ。はずだったのに。のに!のに!!!


嗚呼おれたちの明日はかくあるべきではなかったか!!!!!?



おれたちの明日は今

どこにあるんだ!!!!!!
 



おれたちの明日はかくあるべきではなかったか
染岡と影野。実にあたまわるく仕上がって満足です。あとサンクス少林サッカー。
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練習が終わった直後になにげなく足をふみ出したとたん、ぷつりと実にかるい手ごたえでスパイクのひもが切れてしまった。そのまままっすぐ部室にもどり、カバンの内ポケットをさぐって染岡は舌打ちをする。予備がたしかあったような気がするのに、指にさわるのはじゃりじゃりした砂ばかりだ。
おい誰か靴ひも持ってねえ?その呼びかけに、おのおの着々と着替えを進めるメンバーたちは、持ってねーよだのわりーなだのすいませんだのそのくらい用意しとけよだのとにべもない。あーあーと染岡は右のスパイクを脱いでかかとに指をひっかける。帰りにスポーツ用品店に寄って帰ろうか、でも遠いしめんどくさい。そんなことをぐるぐると考えていると、これでよければと目の前にふっとひもが差し出された。
影野が横からおずおずと差し出したそれを染岡は手に取ってから、ああ影野だったのかとつぶやいた。これでよければともう一度影野はくり返し、全然いいよありがとなと染岡はパッケージを見た。三足ぶんの靴ひもがセットになっているそのなかには、二本の靴ひもをまとめて結んだものがふたつ入っている。一度あけられたパッケージののりの部分は丁寧にまた閉じられていたが、指をかけるとそれはあっけなくひらいた。
ついでにもう片方のも変えてしまうか、とスパイクを脱ぐと、よければ手伝うけどと影野が言う。いらねーとよ一瞬言おうとしたが、着替えを終えていないのが自分と影野のふたりだけだったので、じゃあ頼むと右のスパイクを渡した。部室の壁ぞいに置かれたベンチのまん中に陣取っていたことに気づき、染岡がからだをずらすと、隣に影野はすっとすわる。ふわりと髪の毛がほほにさわって、ひもをほどこうとした手がすこしゆれた。
パッケージから取り出した一本を渡してやると、それを受けとった影野の指がよれよれの靴ひもを丁寧にほどいていく。ふと影野の足もとを見ると、今手にしているのとおなじ靴ひもが結ばれていた。染岡の靴ひもは適当に穴にとおして最後はぎゅうと引っぱって締めてしまうために、いつもねじれてがたがたになっている。影野の靴ひもは逆にやたら几帳面にきっちりと締められていて、それはどことなく、丁寧に編まれた髪の毛を想像させる。
お前って器用?泥のしみ込んだひもをぐいぐいと引っぱって外しながら染岡がたずねると、そうでもない、と影野は淡々と言う。影野はとっくに靴ひもをはずしてしまっていて、よじれた部分を指でのばしたひもを、なれた手つきで穴に通していく。でもうめーよな。そう言ってやると影野は顔を上げ、自分の手元と染岡の手元をじゅんばんに見て、染岡よりは、と言った。うるせーよこんなもん上手くできても意味ねーよと肩をいからせると、影野は息をぬくようにふふっとわらった。
いつの間にか部室からは人影が消えていて、蛍光灯がちかちかとまたたいている。しんとした空気にひもと靴の生地のこすれる音だけがかすかに落ちていって染岡はぐるりと首を回した。影野の横顔はながい髪にかくれてしまって見えない。ユニフォームからのぞくひざの骨がまるくでっぱったりくぼんだりしていて、右足のそこにはひらたくおおきな絆創膏が貼られている。あれはなんのときのケガだったかと染岡が考えていると、こんこんとベンチが振動する。顔を上げた染岡に、できた、と影野が靴を持ち上げて見せて、染岡は手元を見下ろす。全く進んでいない。
げっお前はえーよ、俺ぜんぜんできてねーしと染岡は照れかくしにまくし立てる。染岡は不器用なんだな。ちょっとわらってつぶやくように言った影野のその言葉が染岡のなかにまるく沈んで、首のうしろのあたりがざわざわした。無言でスパイクを差し出す。かわりにやってくれという染岡の意図をすぐに汲んで、影野がそれを受け取る。そのときにさわった指先が、ひんやりと砂でざらついた。
染岡のそれよりもずっと影野の指先は器用にうごいて、スパイクをはきながらそれを見つめていると奇妙な気分になった。影野の手は指がながいがうすくてほそい。自分の手とどちらが大きいだろうと染岡はそれを広げてみた。指紋のみぞに泥がこびりついてかさかさとかわいている。いつもやたらかっかとあつい染岡の手とは逆に、影野の手はいつもつめたい。
自分たちはこんなところで何をしているんだろうと、急激に現実感が遠ざかってしまって染岡はゆれた。部室のすりガラスの外はとっくに暗くなっていて、なのに自分はこんなところから動きもしないでいる。影野の横顔はやはり髪にかくれて見えない。その指先がしろくかすんでいる。つめたい指先だった。影野、と呼びかけようとした寸前、できた、と意識にすべりこんだ影野の声に、染岡は急速に現実へ引き戻された。
差し出された靴をだまって受け取った。何故だか心臓がばくばくと鳴っている。影野が手渡すスパイクに、いそいで足をつっ込んだ。なんとかしてとどまらないといけないと思った。丁寧に編まれた髪の毛のような靴ひもの、両足のスパイクが奇妙に重い。影野、と結局たまらずに染岡は呼びかけた。影野はなにも言わない。言うべきことがない。言うべきこともないのに染岡だってなにもできない。切れた靴ひもを手にして、影野は染岡をゆっくりと見た。途方にくれたような気持ちで、やわらかなその髪に染岡は触れる。染岡は不器用だなと言った影野のことばが泡のように胸のあたりに浮かんできて、それを吐き出すまいと染岡は息を止める。もしも器用ならばどうにかできていたのだろうか。影野の手に、ふれたい、などと思わなくてもよかったのだろうか。心臓がばくばくと鳴っていて、伸ばした指は影野のつめたいほほにふれた。とどまらなくてはいけないと思った。だけど影野はなにも言わない。どうかしてもとどまるべきだったのだ。わからなくてもよかったのだ。
影野のひざのケガは染岡と接触したときのものだった。泥ですりきれた傷を影野はなんでもないと言って、そのむこうで夕日がおどろくほどあかかった。思い出さなくていいことばかりを思い出して染岡はひどく後悔した。だから靴ひもはその日のうちにほどいてしまった。




夕焼けを終えて
染岡と影野。基本的に染岡が影野に対して屈折している感じで。
オレンジとグレープフルーツはどちらがすきかとたずねたら、ピンクグレープフルーツならそちらの方がすきだと言う。
半分に切ってぎざぎざのスプーンでほじくるのかばかばかしいと思っていたら、皮をむいてうす皮もむいてかぶりつく、みたいなことも言う。
ものすごく遠くのほうでしずみかけた夕陽がこれまたものすごくあかくて、円堂なんかあの鉄塔で思いでにひたっているにちがいないと思ったので言ってみたら、すこしわらう。その髪のいろが夕陽をすいこんだみたいにあかくて、ため息をつかずにはいられない。まっかにそまった河川敷はもえるようだ。
首輪をされたいぬみたいに、俺はここから離れられないのかもしれないと思った。俺がではない。首輪をされたいぬはあいつだ。ひざをかかえて、そこにあごをのせて、だけどどこを見ているかは、わからない。
俺がひっぱりまわすものだから、俺のちかくにいてくれたけど、もうそれもかなわないのだな、と思ったら、かなしさとかさびしさより別のものがのどのあたりにこみ上げる。
どうかあいつの行くあたまのいい高校の校則がゆるいものでありますように。このながいながい髪をきりおとすようなことを、あいつがしなくていい高校でありますように。俺が行く高校はあんまりあたまのいいとこじゃないから、あいつがこれからどんな生活をするのかなんて、想像することすらできない。
と思っていたらあいつがほそい指をのばして、あかいひかりをさえぎるような格好をする。そのうえから手をかざしてやった。まぶしすぎて目がいたい。
さいごの日だからすこしだけやさしくしてやりたかった。もうさいごの日だから。染岡、とあいつがしずかに俺をよぶので、首すじのあたりにやわらかくおちかかる髪を、ちょっとらんぼうに背中にはらってやった。
むきだしのしろいそこに手をのばした。つめたかった。首輪がはずれるおとがした。染岡。夕陽があかあかとすべてをもやしていく中で、あいつがそっと、俺をみた。
かばんに入れたままのオレンジジュースのペットボトルは、水をかぶったみたいにひたひたになっていた。色紙の文字はにじんでいなかったので、でもそれでよかったのだと思う。あげられるものなんて最初からなにもなくて、つたわることもなくて、だからなくことだってできなかったのだから。
あいつの背中が地面にこすれた。両手でおさえたのどがかるくひくついて、そうしたらもうあたまの中で砂時計がひっくりかえったみたいにいろんなものがあふれて、俺はあいつのうえにふとんみたいにたおれた。目のはしで夕陽があかかった。まぶしすぎて目がいたかった。
さいごの日にはきみのとなりにいたかった。惜しむことなどなにひとつない。きみが首輪をされたいぬみたいに俺のそばにいてくれたことを、俺はなん十回だってなん百回だっておもいだすだろうし、きみはピンクグレープフルーツをたべるのとおなじくらいには、俺のことをおもいだしてくれればかまわない。
さいごの日にはせめて、きみのとなりでなきたかった。つたわることもなかったから、おもいだすことだってもうできない。ああくれていく、くれていく。さよなら。さよなら。さよなら。きみとそのすべて。





さいごの日きみのとなりで
染岡と影野。
弁当箱をぶらさげて、染岡は教室の後ろの扉をがらりと引いた。窓際のいちばん後ろの席。影野がやはり弁当箱を机の上に出しながら、ふと気がついたように染岡を見る。
ケガどうだ。大丈夫か。空席の椅子を引っぱってきて、染岡は影野の机にすわる。ありがとうと言う影野の頬にはおおきな湿布が貼られていたし、顔色もやたらわるかったので、あえて大丈夫とは言わないその返事はひどくいたいたしかった。
なんで松野あんなにキレたんだよ。はしを持って弁当箱のふたを開けながら染岡がたずねた。影野が驚いたように言う。知ってたと思った。なのでわかんねーよと言ってやる。染岡はそういう感情の機微には、面倒なのでうといふりをしている。
影野は言葉少なに、おおよそ染岡が想像していたとおりのことをしゃべった。声が少しくぐもっている。染岡は遠慮なく弁当をかき込むが、影野のはしの先は、きれいに巻かれた卵焼きをくるくるとほどいているだけだ。
そんでなんでお前はそー手加減みたいなことすんだよ。それでも結局責めるような小言のような、そんな妙な具合になってしまう。そりゃ松野だって怒るだろ、プライドとかあんだからよ。言いながら染岡はから揚げを口につっ込む。影野は一向に食べようとしない。
うん。なんだか照れたようなはにかんだような、そういう風に影野がいいよどむ。めんどくせーななんだよ、言ってみろよ。せめてもう少しやさしく言えたら、と、思わないでもない。
松野が。影野がゆっくりと口を開いて言う。松野がケガすると思ったんだ。
はぁ?染岡は思わず目を見開いた。お前、サッカーなんだからケガなんかつき物だろ。いまさら何なんだという意味を込めてそう言っても、影野はなにも言わない。ただうなづくばかりの前髪に隠れたその目が、おそらくは昨日のあの瞬間を見ている。
それにお前、言いかけて染岡は言葉につまる。理由がどうあれ結果がどうあれ、昨日松野はケガをしなかったし、その松野が手を出したせいで、影野はしなくてもいいケガをした。
松野、ものすごく怒ってた。結局影野ははしを置いてしまい、両手で顔を覆うようにした。その仕草があまりにも絶望的だったので、染岡はかけてやろうとした言葉を飲み込んだ。影野がなにをかなしんでいるのかわからなかった。あのとき影野がしたことが、最良だったとは言えないにしても。
どうしたんだよ。染岡が影野の肩にそっと触れて言う。やわらかな髪の毛が落ちてくる。俺あのときなきもしなかったとちいさな声で影野が言った。顔を覆う手のすき間から見える湿布が、やけに目にこびりつく。
なんでだろう。俺あのとき全然かなしくもなんともなかった。
染岡は言葉をなくした。あのときの光景が何度もよみがえる。あおざめた顔をした影野は、松野を通りこしてずっと遠くを見ていた。松野も半田も大声でわめいて、暴れて、泣きじゃくって、それはいたいほど空気をうねらせていたのに。
影野?染岡は呼びかけた。影野はゆっくりと顔を上げて、誰もいない空間にちいさく笑った。なにがこわかったのかもう俺はわからない。そう言いながらほそい指で湿布に触れて、でも松野が怒ってたんだと影野はちいさな声でつぶやく。
お前なきたかったのか?影野はちょっと悩むような仕草を見せたが、それでもなにも言わなかった。はしを手に取って、ああ食欲がないと困ったように言った。問いかけてから染岡は気づいた。なきたかったのはたぶん自分だ。
そう思った瞬間にあのときにっと染岡にわらいかけた半田の気持ちがわかったような気がして、染岡は弁当の残りをいそいで口に押し込んだ。なくものかなくものかと言い聞かせ、影野のあおざめた横顔をながめた。
それでもやっぱお前もわりーよ。影野はその言葉を聞いて、またちょっとわらった。俺もそう思う。落ちかかる髪の毛を肩にかけるようにしてやると、首のほうまで腫れていることに気づいた。俺がわるかったんだ。影野がしゃべるたびに引き攣れるように動くそこに無性に触れたくなって、それでもなにもできずに染岡は手を放す。
本当はあのとき、半田よりも先に松野を殴ってやりたかった。だけどそれさえも今となってはその理由がわからない。松野をそんなに大事にしているくせに、影野が松野を通して見ていたものが、とてつもなくおそろしいと思った。あの日飛び出した夕焼けの色が、今でもまぶたの奥ににじんで動かないのに。そうしてもっとお前にやさしくできたらと、今この瞬間だって思っているのに。
そういえばケガは大丈夫かと逆に問われたとたんに、松野にしつこいほど蹴りつけられたスパイクの傷がひどくいたんでまたなきたくなった。答えることはせずに、影野、とあきれるほど何度も呼びかけた。言葉が返るたびに影野は染岡を通りすぎていくし、あの夕暮れは動くこともしない。





夕なずむ
染岡と影野。もやもやするふたり。
腹が減ったと思い始めたらもうそれしか考えられなかったので、ペンケースの中に入っている数少ない筆記用具の中からあかペンを取り出してシャーペンとまとめて握った。箸のつもりで指に挟んで、消しごむをつまんだり落としたりする。教科書のページの角をさんかくに折って、そこを挟んでページがめくれるかと試してみたがどうにもうまくいかない。シャーペンは先へいくほど細くなるし、あかペンはキャップのおかげでずん胴だ。なるほどとキャップを抜いてもう一度握り直すとチャイムが鳴った。がたがたと席をたつ音と、教科書をしまって別のものを取り出す音がどわっとあふれる。仕方がないのでキャップをぱちんとあかペンの先にはめて、次の時間に使う教科書を机の中からひっぱり出した。角がさんかくに折られた教科書としろいノートを閉じてかたづける。うまく入れないと机の中に収まりきらないので、この作業はけっこう神経を使う。あと一時間も腹が減りっぱなしなのでうんざりした。誰かのところに行って話をしたりする気分でもなかったので、またシャーペンとあかペンをまとめて箸のように動かしてみる。今日のひるめしはあいつのとこに行って食べようかなと思って、早く行かないと松野が来るなとも思った。松野はまたあいつの髪をいじり回して、でもあいつにもどうしようもないことだから結局変なくせをつけたまま、残りの一日を過ごすことになる。あいつには言っては悪いが、それを直してくれるような友達はサッカー部員以外にはいないだろうから。だから行って止めてやらないといけない。もしくは、松野が派手にいじくって飽きたあと始末をしてやらなければならない。そんな風なことを考えながら消しごむだけでは物足りなくなって、15センチの定規や、予備のシャーペンや、芯の入ったうすべったいケースなんかもつまんでみた。案外うまくいくもんだなとおもしろくなって、シャーペンと芯のケースをまとめてつまもうとしたら、力が入らなくてそれはもう派手に落ちた。机の上にじゃらっと芯が広がって驚いた。どうか誰も見てませんようにと思いながら、一本ずつあつめてはケースに戻す。何本かはばきばきに折れたので、 そういうのは床に払いおとした。机にすーっとくろい筋がつく。本当はこんなもので何がつまみたかったのかと考えたら、なんだかあいつのことばかりが頭に浮かんでくるくるした。そういえばあいつの顔なんてまともに見たことない。だったらあいつの前髪をはらって目玉でもほじくり出してつまんでやりたいかもしれないと思った。どんな色をしているのだろうと想像しようとしたら腹が鳴った。そのまま食ってしまうかもしれないと思ったところでチャイムが鳴って、きりーつれいと席をたつ。ふと見た指先がまっくろでぎょっとした。こんな色ならおもしろい。本当にそうしたらあいつはどんな顔をするだろう。わらってくれたらうれしいけれど、そんなことはないと断言できるくらいなのでタカノゾミはしない。ああ腹が減ったし授業はつまらない。なので少し寝る。おやすみ影野。






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染岡。影野に対するこの感情に、名前はまだない。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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