ヒヨル ファントリム 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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そういえばわるかったな、とペットボトルのでこぼこの口をかみながら染岡は言う。え。ちょうど扉を引いて部室に足を踏み入れようとした影野は、その言葉にあからさまにかたまる。なんのはなし。石化からやんわりと脱出し、後ろ手で扉をしめて影野はロッカーの前に鞄をどさりと置いた。逆にたずねるゆるやかな口調に、染岡の首筋がいやな感じにつっぱる。かなり前。帝国戦が終わって、すぐくらい。染岡はミュージックプレイヤーの画面をぷつりと落とした。エルレガーデンがひゅんと遠ざかり、しゃべった拍子にはねたスポーツドリンクの飛沫が液晶をぽつんとよごす。おれ、お前のユニフォーム掴んで、転ばせたことあっただろ。ああ。脱いだ学ランをていねいにたたんでロッカーに入れながら、影野はなんでもないように言った。そんなこと忘れてた。
染岡は眉間にしわを寄せる。座った椅子の座面はかたくざらついて、座り心地はお世辞にもいいとは言えない。あのときは最悪だった。携帯をばちんと閉じて、腕をぐうっと染岡は伸ばす。影野を地面に引きずり倒したあのあと、染岡は松野に思うさま蹴られたのだった。悩むならてめーだけで悩んでろはげ野郎、と、あのとき松野はひどく怒っていた。容赦のないその激昂に、まるでもめ事に興味のない半田がいい加減にしろよと止めたほどだった。あれからもう時間は経ちすぎるほど経っている。影野はここしばらくグラウンドには立っていないし、半田もまたポジション争いにのみ込まれた。松野はすずしい顔で染岡にパスを寄越すし、それをまた染岡はなんとも思わない。サッカー部は刻々と変わっていくのに、あの日のにがすぎる記憶だけは、染岡の中で変わってくれないのだった。
影野が染岡をそっと見た。なにか言ってほしいのか。別にいーよ、謝りたかっただけだし。投げやりな影野の言葉に、染岡もおざなりにわらう。謝らなくてもいいのに。影野がユニフォームの中からながい髪の毛をひっぱり出した。ばさりとひろがったやわらかな髪が、彼の痩せた背中をおおってしまう。あのときの染岡にはなにも見えていなかった。掴んで引きずり倒して、松野にボコボコにされてから後悔した。染岡の中であの瞬間は終わらない。影野のながい髪と痩せた背中に手を伸ばす、あの瞬間は永遠に終わらない。ああ、ああ、なんという。照れ隠しにミュージックプレイヤーを再起動した。液晶を指でこすると水滴がすーっと伸びてこびりつく。エルレガーデンがアイクッドミシットマイフレンズと歌っていた。そのそばには影野がいる。ああ、ああ、なんという。松野の怒りが、今なら染岡にはわかるのだった。記憶の中の影野に、伸ばされ続ける幻肢の指は。ああ、ああ、なんというこの衝動よ。なんというこのかなしみよ。






ファントリム
染岡と影野。
幻肢現象というものには、言葉にならないなにかを感じずにはいられません。
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