ヒヨル うす曇りの昼スワンカローク窯にて 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

いいんですかーもったいない、と彼女は言った。彼のながいながいやわらなか髪の毛を、うなじのあたりで手ぐしでとかしながら。男の子でこのながさってあんまりないですよー。すっごいかわいいなーって思うんですけど。いいんです。影野はゆっくりと息をはきながら言った。姉にすすめられたヘアサロンは、普段よく行くやすい床屋とはちがって、なにもかもがあかるくはなやかですこし息苦しい。このひとにしなよともらった指名用のカードには、めがねをかけたわかい女のスタイリストの写真が印刷されていて、それとおなじ顔が鏡ごしに、影野のながい髪をさらさらとすいている。でも全部きるのはもったいないなー。ほんとにきっちゃうの?心底もったいなさそうな口調の彼女に、影野はやはり鏡ごしにうなづいた。そっかーお手入れも大変だもんね。名残惜しそうにもう一度髪の毛をすいて、先にあらっちゃうんでこちらにどうぞ、とまっかな椅子がぐるんとまわされた。卒業したら髪をきる、というのは、入学したときから心に決めていたことだったので、いざその日を迎えても特別な感慨なんてものはなかった。ざぶざぶと影野の髪をあらうわかい男のひとの耳に、ごついゴールドのリングピアスがゆれている。量がおおくて大変だろう。考えるのはそんなことばかりだ。ふたたび鏡の前にすわった影野に、ほんとにきっちゃうけどいいの?と彼女はもう一度たずね、お願いしますとなるべくきっぱりと影野は言った。そう言われると彼女の指に迷いはなく、はさみがざくざくと髪の毛を切り落としていく。肩のあたりまでみるまに髪は落とされて、ここのくらいがかわいいかなと、腰にベルトで下げた皮のポーチから、彼女は別のはさみを取りだした。前髪も、おなじくらいで。あらかた量を減らしおわったあと、影野はしっとりとぬれたまま残された前髪のことをようやく口にだす。そこにはさみを入れながら、口数すくない影野にあわせてか、彼女は姉の話をした。影野さんいつも弟さんのことはなしてるよ。かわった子なんだーって。すっごい無口で全然しゃべってくんないって、文句みたいなこと言ってたし。そうですかと影野はまっしろな壁にかけられた、太陽と月のレリーフのようなものをながめながら、あいまいに返事をした。やけに前衛的なレリーフのまわりには、いくつもの額がかけられている。その中にひとつだけ、色あせたふるい写真が入っていた。じゃあ前髪ととのえますねと、くいとあたまをおさえられて鏡の方を向く。その鏡のむこう、しろいソファとガラスのテーブルがしつらえられた一角、そのソファのひじかけの横に、ちいさな花瓶のようなものがおかれている。複雑な木の葉のような模様と、しろに近いグレイのうつくしい色合いのそれを、薄曇りをへだてたおおきな窓ガラスがうつしている。じゃあもう一度シャンプーしますねと椅子を立ったとき、あたまが思った以上にかるくて驚いた。さっぱりしたでしょと彼女はわらい、影野はだまってうなづいた。首のうしろがすかすかとたよりなく、肩のあたりで毛先がゆれて、このひとはあのながい髪のなにがもったいなかったのだろうと考える。誰にもなんにも言われなかったからのばしていただけのあのながい髪を、今さら誰が惜しむというのだろう。前髪の毛先があごのあたりにしっとりとまとわりついて、椅子のしたにはながい髪がぐるぐるととぐろを巻くように落ちていた。それがあまりにもたくさんで、これをすべて惜しんでいたら、死ぬまでかかってもとても足りない。そんなことを考えているうちに彼女の手が背中をおした。あのわかい男のひとはやはり無愛想に影野の髪をあらう。ごつごつと節のめだつ手が影野のあたまをしっかりと支えたとき、ゴールドのリングピアスがやっぱりゆらゆらしていた。前髪ながいね。シャワーの合間にそんな声がして、その声は、みじかくしたらいいと思うけどと続けた。影野がなにも答えずにいると、ながしまーすと棒読みのようなセリフが鼓膜をはじいた。つよいドライヤーですぐにかわいた髪はおどろくほどみじかくなっていて、うん、かわいくなったねと彼女はにっこりした。これでお姉さんもよろこぶと思うよ。なにか言ってたんですか。うっとうしいからきれきれって、前からずっと。あたしがきろうかって言ったら、すっごく喜んでた。彼女の指には指輪がはまっている。ほそいくろいラインがまんなかにぐるりとはしった、シルバーの指輪を左手の薬指につけている。帰りぎわにあの花瓶をそっとのぞきこんだ。底のほうはくらくてよく見えなかった。それタイで焼かれたんだよ。シャンプー台のそばにぼさっとつっ立ったあのわかい男のひとが、影野をじっと見ながら言った。アシンメトリのみじかい髪は、半分だけしろっぽいきんいろに染められている。片目をおおうくるくるとした前髪はくろく、その奥の目が奇妙にふかい。あの写真の。壁にかけられたふるい写真を彼はさす。あそこでつくられた。だけど影野はそこを見ることができず、そのまま逃げるように金を払って店を出た。お姉さんによろしくねと左手の薬指に指輪をはめたスタイリストはわらい、そのうしろではやっぱりあの男が、なんにも言わずにあのふるい写真をながめていた。
店を出て、窓ガラス越しにあの花瓶を影野は見た。タイで焼かれたという、ふるくてごつごつとしたそれは、どこにでもありそうなただの花瓶でしかなかった。ガラスのむこうで、ながい髪をそうじしているあの男が見えた。ちりとりに入りきるだろうかと影野は的はずれな心配をして、その心配が届いたのか男は影野を見た。びくりと逃げ腰になるが、ガラス越しに男はかくかくと手をふった。無表情のままだったのでそれがすこしおかしくて、影野は手をふりかえした。ガラスには今まで見たこともないような自分がうつっている。その足元には花瓶がすけている。空はどんよりと曇っていて、ああと影野はマカロニアンのつま先を見た。前からそうしようと思っていたのに、なくしてしまったとたんに落ちつかなくてしかたがない。前髪の下から手を差し込んで、うすいまぶたを影野はなでる。歩きだそうとしたそのとき、影野、とうしろから呼ばれた。ふりむくと染岡がおどろいた顔で立っていて、お前髪どうしたんだと言った。きったよとそっけなく言うと、うわーまじびびるわー急に何してんだよーと染岡はいろんな角度から影野をのぞきこむ。影野はふと店のほうをみた。さっきの男は、すこしだけ染岡ににている。さわってもいいか、とことわってから、でも似合うよと影野の前髪に触れながら染岡は言った。高校三年間、染岡は坊主をつらぬきとおした。中途半端にきるくらいならいっそ坊主にしてしまおうかと、昨日まではそう思っていたのだ。あの男の言うように、この髪もみじかくしてしまえばよかっただろうか。そうしたらもっとかなしかったりむなしかったり、この感情をなんらかの形におさめることができただろうか。きっと姉はよろこばない。ああでもなんかもったいないなと染岡さえも惜しむように言った。俺あのながい髪もすきだったけど。スタイリストがきることをもったいながった髪を、あの男はもっときればいいと言った。このただながいだけの髪を、今さら誰が。男の節のめだつ指には、あのスタイリストとは別の指輪がはまっていたが、ゴールドのリングピアスは右耳だけについていた。染岡。ん?お金がすこしたまって時間ができたら、タイに旅行に行こうか。影野がそう言うと、おーいいなータイ。あちーだろうなーと染岡はわらった。わらうとあの男とは、にてもにつかない。ガラスのむこうではあの男が、ふるい花瓶をていねいな手つきでみがいている。きっと二度とこのヘアサロンに来ることはない。もうすぐこの曇り空ともお別れだ。今年19になる影野の、どこかとおくとおくで迎える誕生日と3月2日の空模様。






うす曇りの昼スワンカローク窯にて
影野。未来捏造。きっといずれ彼は髪をきると思って、それはあの街をはなれるときだろうなぁと思ったのです。
あとなんか変態くさい感じですね。すいません。18の影野と染岡とか、たぎらないわけがない。
PR
[64]  [62]  [61]  [58]  [57]  [56]  [54]  [53]  [52]  [51]  [50
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]