ヒヨル 伽藍鳥のワルツ 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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くしゃ、とやわらかくふわふわの髪の毛を押さえられ、宍戸は肩ごしに振り向いた。じめつく部室の裏には背のひくい雑草が貧相に生えており、濃いみどりのじゅうたんのような苔が、むしむしとたくさん壁にへばりついている。髪の毛を押さえる力加減や手の感触で、なんとなく宍戸はその手の持ち主に気づいていて、だけど反射的に振りむいてしまったので、なにも言えずにへらっとわらう。笑みを投げかえすこともしてくれない、髪のながいその姿。うすぐらいそこにぼんやりとしゃがみこんで、しかもそれは練習中のことなので言い訳もできない。どうした。そっけなく影野が言う。宍戸はこの無愛想で寡黙な変わりものの先輩のことを、ほかの人が言うみたいには、近寄りがたいなどとは思っていなかった。むしろどちらかと言えば好感を持っていて、だからこそ顔には出さずにおおいに戸惑う。練習中にこんなところでサボっていた、とは思われたくなかった。あのうそのうと言葉につまると、影野は宍戸からすこし離れ、グラウンドのほうをこっそりとうかがうように首をのばす。グラウンドからは歓声が、とおい潮騒のように響いてくる。誰もこない。影野はそう言うと、宍戸の言葉も待たずにとなりに腰をおろした。膝をかかえて、そこの空気を確かめるようにふかく息をする。先輩、どしたんすか。結局宍戸もまた、部室の外壁に背中をあずけてしゃがみこむ。尻と背中がひやりとして、首のうしろがざわざわする。あのーおれ、別にサボるとかそーゆーつもりじゃないんすよ。なんつーか一回立っちゃったら、戻りづらくなっちゃって。ついふらふらーっとこんなとこに来ちゃったんすよ。先輩にもそんなことないっすか?ないっすよね。はは。影野のつもりがわからないので、宍戸はつらつらと意味のないことをまくし立て、されない返事をひと呼吸分待って、結局言葉を自分できった。すんません。普通に呼吸をしたつもりが、思わぬふかいふかいため息のようになってしまって焦った。どうせ連れもどされたあとで怒られるに決まっているのだから、それならば来てくれたのが影野でよかったと宍戸は本気で思っている。これでもし、風丸や染岡や、ましてや円堂なんかが来たら、ため息どころの話ではすまないだろう。なのに。先輩わりーんすけど、このままほっといてもらえませんか?無理すかね。無理すよね。となりで膝をかかえる影野の、かたちがくっきりとでっぱった骨をながめながら宍戸は言う。無理すよね。日がまったく当たらない部室の裏に吹く風はつめたい。ひやりと腕をなでられて、宍戸はそこをてのひらでこする。まだうらうらとあたたかい時期なのに、かすかに腕が粟立っていた。指さきに生理的に嫌悪感をもよおすそのぶつぶつを感じていると、ああ、と影野が声をだした。ペリカンを。は?おまえはペリカンを知っているか?は、あ。まぁ、わかりますけど。質問の意味がわからずに宍戸は首をひねって影野をみた。ながい髪でほとんどがおおわれているその横顔が、先輩のいちばんイイ角度だと宍戸は思っている。そのくちびるがひらいていて、宍戸は次の言葉を待った。ちいさい頃に動物園でペリカンをみたんだ。はぁ。あの、喉のとこの。袋すか。そう、それが。影野は膝にまきつけていた手をほどいて、それを広げて動かした。こんな風に、ふくらんだりしぼんだりしてた。そのしぐさが影野に似合わずコミカルで、だけど宍戸はその痩せたてのひらをじっと見ていた。そのときはわからなかったけど、あれは求愛行動だったみたいでな。ただ俺には、あれがほんとうにきもちわるかった。宍戸はちらりと影野の横顔をみる。きもちわるいと言うくせに、そんな様子はみじんもみせない。見るんじゃなかったって後悔した。それで。影野はそこで唐突に言葉をきって宍戸のほうをみた。宍戸が首をかしげると、今度は広げたままの手をみて、それをそっと髪の毛にすべらせる。どうやら影野は恥じらっているらしく、それに気づいて宍戸はやけに動揺した。しゃべりすぎたと後悔するべきは。すまない。耳のさきをわずかにあかくして、前髪を片手でいじりながら影野は言った。世間話のつもりだったんだ。え?そんなに真剣にきいてるから、申し訳なくて。影野の横顔が照れくさそうにわずか伏せられる。宍戸はただ影野の痩せたてのひらやひじや、無機質な横顔をながめていただけだったのだ。後悔するべきは影野ではない。それで、なんすか。だから宍戸は続きをうながした。背中を奇妙なあつさがかけあがってくる。とにかくもっとしゃべっていてほしかった。後悔するべきは。それで。影野がくちびるをひらいた。それ以来俺は生きものがきらいになった。言葉をすべて聞きおわるまえに、宍戸が伸ばした手が影野の二の腕をつかむ。後悔するべきはいつだって宍戸だった。影野の腕はつめたくすべらかで、宍戸をおおうきもちわるいぶつぶつはどこにも見当たらない。来てくれたのが影野でよかったと本気で思っているのに、こぼれるため息がどうしてもとめられなくて、だからほうっておいてほしかったのだ。ひとりですべてを消化するつもりでいたのに、なんとかするつもりでいたのに。先輩やっぱもどらないでください。いてください。口をついて出た言葉はなにより宍戸を驚かせた。後悔するべきは自分でしかないと、宍戸はちゃんとわかっていたのに、それを影野がそんなふうに破っていくから。そんなふうに、やさしくなんてしてくれないのに。
とおい潮騒に重なるようにかん高いホイッスルの音がして、腰を浮かしかけた影野の腕を、しかし宍戸ははなせなかった。湿った土と貧相な雑草と濃いみどりの苔につめたい風が吹くそこで、このままふたりでなにもせずに座っていられたら。そんなことを宍戸は夢想する。影野の腕をつかむ宍戸の指に、やわらかくすべらかな髪の毛が落ちかかり、それを上から影野のつめたくかわいたてのひらが押さえた。思えば。やわらかい声音が、今度は宍戸の中に音もなくおしこめられた、ひび割れてささくれた部分を刺激する。あのときのペリカンはなにも悪くなかったんだ。ただ、俺はいまだにあのときを上回るなにかを、感じることができないでいる。なんでかな。影野のほそい肩に顔を押しつけた宍戸には、影野の言葉がかすかな振動になって、直接骨にひびいて聞こえる。そのほうがいいな、と宍戸は思った。なんかちゃんと聞こえてる、って感じ。影野からはなんのにおいもしないし、だから今はかすかに土と雑草と苔のにおいがする。影野からはなんの音もしないし、だから今はグラウンドからのざわめきが鼓動のように聞こえる。先輩。ぼそりと口をついてでた言葉はしあわせだった。それでもしあわせだった。たとえ今、誰にもどうにもならない傷が、ばっくりと口をひらいて宍戸を飲み込もうとしていても。ため息をはてしなくこぼしながら、それでもそれを涙のかわりに宍戸はできる。ほかの誰がそれをできなくても、宍戸には、それができる。おれ先輩のことけっこうすきっすよ。だから言葉を止めなかった。なるべく冗談に聞こえるように、そう思いながら。うん。影野の横顔はしずかに頷いた。俺もおまえのことはけっこうすきだ。ひひっと宍戸はわらい、じゃあソーシソーアイっすねやっべぇうれしー、と言った。自分がペリカンなら、かつて影野の記憶の中の個体がしたという求愛行動をこのひとにしたいと思った。それがこのひとの最初の衝撃を、たとえ上回ることにならなかったとしても。おまえは、きらいになるなよ。影野がしずかに言った。その言葉が必死におしこめたものを少しゆるませ、あわてて宍戸はまたそれをしっかりと押さえつける。なにをっすかと軽口を叩きながら、それでも影野が言いたいであろうことに宍戸はすっかり気づいていた。返事は今はできない。あー。どうしようもない感情は、言葉になってあふれるしかない。先輩なんでおれんこと怒ってくれなかったんすか。無理にでももどらせなかったんすか。なんでほっといてくれなかったんすか。なんで。なんでだろうな。宍戸の手をおさえていたつめたいかわいたてのひらが、今度は髪の毛をくしゃりとなでた。それが最初にされたときとまったくおなじ力加減で感触で、のどの辺りがあつくひりついた。影野はもう一度、なんでだろうなとひとりごとのように繰り返した。影野はわからないことを恐れもしないし、それをうとましがることもない。そうしてわけもなく影野は宍戸の思いをくじいていく。宍戸が怖くてうとましくて仕方がないものをたくさん抱えたまま。たまらなくなって宍戸は腕をそのほそい首にまわした。すべてのことが宍戸から消え失せ、ああこのひとの体温はとてもひくい、と思った。しあわせだった。かなしい顔なんかしてくれないくせに。だからないたりするものか。ないたり。







伽藍鳥のワルツ
宍戸と影野。ねじれて空の続きのようなもの。
書きたいものがうまくまとまりませんでした。
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