ヒヨル 少女廃人と這い寄る混沌 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

朝起きると水差しの水がすべて床にこぼれていて、そのおもてにうっすらと埃を浮かばせたまま、カーテンからほそく射しこむ朝日に揺らいでいた。ときどきこういう不気味な出来事が起こり、そういうときにはだいたい朝から自失しかけている。薄い意識の膜のようなものがぶわぶわと外から内側に向かって脳を押してくる、その感触が鈍痛になってぎりぎりと眼球を押し上げるのだ。ベッドからすべり降りるはずみでびしゃ、と素足でその水たまりを踏みつけた。はね上がった水滴が足首を濡らした、と気づいたその瞬間に彼の両の指がカーテンを鳥の爪のように掴み、そのままレールごとそれを引き剥がしてしまう。鼓膜にめきめきと嫌な音がいつまでも響いていることが不愉快だ、と思った次の瞬間には床にはたきつけられたカーテンレールが無力なカポーテのようにだらりと広がった。埃の浮かんだ水を吸って、カーテンが血痕のように色を変える。と、それを見届けたとたんに意識がにじんで彼とひとつになった。
「地木流」と「灰人」というのは意識の上での別人であり、定義的にはひとりの人間のうちに棲む異なる人格(と思われているもの)だ。「地木流灰人」には「地木流」を含む「灰人」、「灰人」を含む「地木流」、「地木流」を排除した「灰人」、「灰人」を排除した「地木流」の四人が存在していて、どれが本当の「地木流灰人」であるのかは厳密にはわからない。たぶん彼にもわかっていない。彼は光であり影でもあって、それと同じように自分もまたひとつの肉体に寄り集まった光であり影なのだ。彼は自分であり、自分が彼である。彼が肉体にいるときは、自分は胎児か悪腫のように彼の意識にへばりついているか、あるいは全く別の場所にいるか、している。別の場所というのは彼の意識とも肉体とも隔離されたところで、そこにいる間のことは実は自分にもよくわからない。記憶はその部分だけぽかりと空洞で、次に覚醒したときにああまた彼と離れてしまった、と嘆く程度にはそのことを絶望している。
ひとつの肉体にふたつの意識を棲まわせている弊害は特に感じない。感じていないだけで、たぶん周囲にはいらない気を遣わせているのだろう。教え子はみなかわいい。彼らを見ていると人生を考える。うつくしいものとはかないものについて考える。「灰人」は「地木流」をほとんどの場合で意識のどこかに浮かばせているが、「地木流」は「灰人」をときどき遠くへ切り離しておいてしまう。「地木流」は「灰人」を心から愛していて、「灰人」のことをひとつの肉体に鏡のように存在する隣人としてではなく、一個のからだを持った別の人間として会いたいと願っている。しかし「灰人」にとって「地木流」がどういう存在であるのかはよくわからない。もともと「地木流灰人」に棲んでいたのは「地木流」であり、「灰人」は彼の副産物だった。うつくしいものとはかないものについて考えるとき、「地木流」の意識はいつも「灰人」にゆきついてそこから進めなくなる。もう何年も。
彼とひとつになったときに、彼の意識がひどく不安定であることに気づいた。レーズンウィッチのバタクリームとクッキーのように、本来ならばぴたりと張りつけるはずのそこが嵐のように波立っている。ひとつになったときには記憶や思考を共有できるのだが、癒着している面がざわざわと落ち着かないためにうまく情報が流れこんでこない。仕方なしに何度か名前を呼んでやると、彼はとろとろと鎮静していく。バタクリームを挟むクッキーのように、いつも通りにそこにからだ(肉体的な意味ではなく)をおさめて改めて流れてくる思考を読もうとしたら穴だらけでノイズがひどい。からだを引き離そうとしたらずぶりと膜の中に飲み込まれた。彼の支配下なのだ。意識に沈むのは、やったことはないが潜水のようなものだと思う。泡の代わりに耳をなぜるのは彼の記憶と思考だけだが。しばらくからだに戻っていなかったので、黙って穴だらけの思考を眺めていたら唐突に肉体へ押し出された。足の裏がつめたい。
彼が死人のようなひふをしたこのからだを動かしているのを、病巣のようにただ見守るだけがいい。彼の思考は断続的で、唐突で、錆びだらけのナイフみたいだ。ぽつりぽつりとそれらのことばを受け取っているうちに、またざわざわとからだ(肉体的な意味ではなく)が波打つのをどうしてもこらえきれなくてすうっと意識から離れる。彼は鏡の前に立って、泣き腫らした目におののいているころだろうか。死人のような指で、いかにも億劫に顔を拭う彼のことを思うとどうしたらいいのかわからなくなって、結局はこうやって自分から接続を切り離して遠くへゆく。彼が動揺した。うつくしいものとはかないものと彼はジイザスクライストの父と子と聖霊みたいにそれで完成されたひとつの価値である、ことを、行き止まりでどろりと澱になりながらぶつぶつと考えている。そうしている方がずっと彼のことを近くに感じられるし彼とは決して会うことができないのだということを、理解できるような気がする。
『地木流』
『放っておいてもいいのか』
そのことばにうなづくことも喜ぶこともできないくらいには灰人を愛している。灰人をこんなにも愛している。おおジイザスクライスト。来世には我らをあだんとゑわに生み、じゅすへるを以て世界へと追放したまえ。わたしは生まれる前からそのときを待っている。何年も何年も、ずっと。
『灰人』
『愛しているよ』








少女廃人と這い寄る混沌
地木流灰人。
PR
[335]  [334]  [333]  [332]  [330]  [329]  [328]  [327]  [326]  [325]  [324
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]