ヒヨル ボート 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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行きつけのゲーセンには非常階段の高いところにレンピッカのレプリカが飾ってあって、ほこりとやにでべたついたがらす越しに、紡錐形の乳房がメタリックに浮かび上がっている。メダルゲームの音が遠くから地鳴りのように響き、エアコンディショナも届かないうす暗いこの階段には、ゲーセンにいる時間のだいたい半分くらいはいることにしていた。泥足に踏み固められたくすんだあかい絨毯はつるつるの板のようになって、すり減った土門のインディアンファブリックのつま先をちょっとすべらせた。ずうっと下まで降りていく階段の先には重たい金属の扉があって、きいろいばってんがつけられキープアウトとわざわざ書かれている。土門はそのばかばかしい装飾を見下ろしながら、ミネラルウォーター片手にぼんやりと黙っている。地鳴りのような音がぶれて歓声みたいに聞こえた。スタジアムを揺らす満員の声。うすいまぶたでまばたきをする。
ゲーセンに遊びに行く、という習慣は中学のころの同級生から教わったことだ。三人、四人、いつもメンバーは決まっていて、部活の練習で疲労困憊したそのあと、汗くささにさらにたばこの臭いを上塗りした。サッカーしかすることのなかった中学時代、グラウンドの他に娯楽の欲しかったころ。鬱屈をやんわりと吐き出し、それと知らせぬままに消せる場所なんて思いつかなかった。土門は非常に性格のまるい人間だと周りには思われて(思わせて)いたが、ゲーム機を蹴っ飛ばす回数がいちばん多かったのは土門だった。はじめてそれをやったとき、今どき流行らないカードゲームの前で、半田は目をまるくして、一瞬迷うような素振りを見せたあと土門を引っぱって猛然とフロアを脱出した。ぎらぎらひかるエスカレーターを逆走し、土門の背中を自販機コーナーに押しこんで思いきりその尻を蹴りつけた。ばかやろーここの警備員めちゃこえーんだからな!松野が景品のチュッパチャプスをなめながらニシシとわらい、こいつびびりだから、と半田の後頭部をこづく。ごめんごめん。もうやらないよ。そのとき土門はかたちばかり謝ったが、やっぱり何度もおなじことを繰り返しては半田をびびらせた。円堂はしれっとした顔をしていたが、自販機の表面を殴ってひびを入れたことが、二回あった。らしい。
半田は説得が無駄だと知るや自分だけがさっさと逃げるようになったので、土門はいつもこの非常階段に忍びこむようにした。夏でも底冷えするような空虚さが心地よかったのに加え、いざとなったら非常口からとんずらしようと考えていた。ちゃちな英語で飾られた、重たくそびえるキープアウト。そんなことは全く無意味な行為だと知ったのは、最近だ。土門たちの乱暴ともいえないようなへたれた自己主張は、こわいと噂の警備員になにもかも筒抜けで、それでも彼らはなにも言わずに放っておいてくれたのだ。なんと麗しいおぞましい同情。ごみのように溜まる少年たちへの、残酷極まりない仕打ちだ。気づいたのが今でよかったと思う。きっと絶望に喰われて立ち直れなかった。高校に入ってからはほとんど連絡も取っていない。毎日のようにつるんで遊び歩いていたとは思えないほど、さっぱりとそれは途切れた。円堂が学校にある広場の階段から飛び降りて、足を折ったということだけ聞いた。
円堂がなにをしたくて、なにに憧れて、その結果どこに行きついてしまったのか、土門にはなんとなくわかってしまう。会いたくはなかった。奇妙な引力に飲まれ、どろどろに融かされてしまうのは目に見えていた。ぞっとするようなまなざしで、もうおまえ来なくていいよ、と言われたのは、あれは何年前だったか。自販機をぶち破り、だらだらと血を流しながら、円堂はにこりともしなかった。土門は恐怖し、震撼し、おざなりにほほえみながら、もうしないよ、と言った。暴君であった円堂には、足りないものの方がずっと多かった。満たされたくなんてなかったのに、周りがじゃんじゃん円堂にいらないものを注いで満たんにしてしまう。スタジアムを埋め尽くしたひとびとが、手に手を叩き口々に賞賛を繰り返す、そんなものは円堂にはひとかけらたりとも必要でない。土門は気づいていた。だから円堂は土門がうとましい。もうしないから、一緒にいさせてくれ。円堂は答えなかった。あれ以来かなしいことはない。二度目だって、見ることはできなかった。
土門が逃げこむ場所には思い出がぎたりと詰めこまれ、だからそこから離れられなくなる。どこを見ているのかわからないみどりのドレスの娘を眺めていると、非常口が外からおずおずと開いた。土門くん。今行くよとかるく手をあげ、土門はからだを返した。わざわざ正面入口から抜ける。駐車場にはさくらの花びらをびっしりとまとった軽自動車が停まっていた。ゆらゆらと揺れて、ボートみたいに。空がまっしろな月の日には、土門は口づけばかりしている。ゆらゆらと揺れて、流されて回り、雨に怯え波にすくむ、孤独なボートみたいに。







ボート
土門。
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