ウィークエンドは遠くで

感謝企画。
納谷亜さまリクエスト、宍戸の家族設定。
リクエストありがとうございました。

続きに本文。

兄がふたりいる。
上の兄。24。警察官。ひとりぐらし。
下の兄。18(遅生まれ)。えせ介護士。寄生虫。
上の兄はしょうきちという名前で、おれのことをさち、と呼ぶ。夜も昼もない捜査一課に配属中のおれの尊敬するひと。忙しくてめったに会えない。
下の兄はいきちという名前で、おれのことをさち、と呼ぶ。週休三日でその三日はパチンコとパチスロ。四日しか働かないのに月収がすごい。
おやじはおれがちいさい頃からいなくて、いきちがまだがきだったころに、なんかの理由で家を出て別のところで暮らしている。離婚はしてない、と思う。
おかんは普通のおかんで、別に取り立ててどうこういうわけでもない。しょうきちはおれをおかんにそっくりだと言うけど、それはたぶんうそだと思う。 おかんはわりときれいなひとだ。
たまにおやじから電話がかかってくる。おれは当たり障りのないことをしゃべるわけだけど、おやじは最後にかならず、みずほさんによろしく、とつけ加える。みずほさんというのはおれのおかんで、おかんから唯一言われたことはあのひとをおやじと呼んではいけないというそれだけだった。なのでそのことをおかんに伝えるとき、おれはまさひこさんから電話あったよ、と言わなければならない。兄ふたりはまさひこさんのことをおやじと呼ぶので、なんとなくずるい、と思っていた。昔は。
しょうきちはめったに家に帰らないけど、電話とかメールはよくくれる。さち。元気か。いっき(下の兄だ)と仲良くやってるか。おかん元気か。おやじから電話あったか。しょうきちは家族の心配ばかりしている。しょうきちは昔つきあってたひとを事故でなくして、それからものすごくやさしくなった。昔は暴君みたいな兄だったのだ。年のちかいいきちはよくなかされていた。警察官になったのもそういう理由なんだと思うけど、おとなの事情だからってしょうきちははなしてくれない。
いきちはデイサービスセンターでじいばあの世話をしている。案外楽しいぜぇとか言ってるけど、素行がわるいからくびになればいいと思う。週に四日働いて、そのときは家に帰らない。いきちが家に帰る三日のうち、二日はおれやおかんと衝突する。いきちはおかんは殴らないけど、おれのことは殴る。ぼこぼこに殴る。おかんに手をあげないだけましだと思うと言うと、まさひこさんはわらうししょうきちはものすごくおこる。いきちはめんどくさい男だ。
タバコや酒はいきちから教えてもらった。おれはまだ13だけど、たぶんそういうことはひととおりやった。しょうきちはやっぱりそういうことを聞くとすごくおこるので、尊敬はしてるけどやっぱりしょうきちもめんどくさい男だ。
おれはいきちが帰ってくる三日だけ、家にはやく帰るようにしている。おかんといきちはなんというか犬猿の仲、ってやつだからだ。家に帰っていきちの靴があると、おれはおかんが殴られてませんようにといつも祈ってしまう。今日は平気だった。もめた形跡もない。おかん、ちぃ兄は。部屋。さちが帰ってきたらおいでって。これ持っていきなとおかんはざらめのついたかりんとうをひとふくろくれた。いきちの好物だ。
ちぃ兄。さちだけど。部屋の前で呼ぶと、扉がほそくあいた。いきちはおれみたいにものすごい天パだったけど、高校にはいると同時にぜんぶ矯正して、まいにちアイロンをがしがしかけている。ながい前髪のしたの目が腫れぼったいので、昼寝していたらしい。おかえり、さち。なんか用？ちぃ兄おれに用じゃねーの？あ。いきちはおれの手のひらに携帯を落とした。あにきから電話。さちかわりにやっといて。なんでおれが。いいから。いきちは強引に携帯を押しつけて、かりんとうをつかんで引っ込んでしまう。いきちはしょうきちがきらいだ。なんというか犬猿の仲、ってやつだ。
三コール目くらいでしょうきちは出た。もしもし、いっき？ちがう、さち。なんでだよ。電話の向こうでしょうきちがわらう。おれはしょうきちのこのわらいかたがすきだ。ちぃ兄に用事？用事っつかおかんから電話あったから。なんて。なんか、いろいろ。あにき今度はいつ帰るの。わかんね。でも今度おやじと会うけど、さちも来る？んー行きたいけどわからん。またメールするわ。そっか。サッカーがんばれよ。あんがと。あにきも仕事がんばれよ。あいよ。そんじゃな。
電話をきって携帯をいきちの部屋に投げ込んでやる。おかん。あにき今度まさひこさんと会うみたいなんだけど、おれも行っていい？えー別にいいけど、いっきも連れてってよね。ちぃ兄仕事だろ。知らない。おかんは分厚い家計簿をつけていたので、茶を淹れてやる。さち。ん？まさひこさんのことすき？わかんね。つかおれまだ着替えてねーし。湯飲みをどんと置いて階段をのぼる。こーぼーれーたーとおかんがわめいた。
階段の上にはいきちが仁王立ちになっていた。おれはおやじには会わないからな。んじゃいーじゃん。さちも行くなよ。なんでだよ。あんなんおやじじゃねーよ。いきちはおこる。いきちは知らない。お前にとってあれはおやじじゃないのかもしれないけど、おれにはそんなもんがいた記憶もないのだから。いきちはおこる。めちゃくちゃおこる。いきちはまさひこさんがきらいだ。
ささいなつかみ合いから今日もまたぼこぼこに殴りあって、今回は両成敗ということで、おかんに一発ずつ平手をくらった。いたかった。ドアノブにひじをぶつけて血がだらだらでていた。いきちはぶちきれて部屋にひっこんでしまうし、おかんは下でないている。さち。おかんがおれを呼ぶ。ごめんねさち。顔ぶっちゃった。おかんはきっとおれを女に生みたかったのだ。
おれは普通の生活がしたい。沈香も焚かず屁もひらず、そんなおだやかな生活がしたい。おとんがいておかんがいてしょうきちがいていきちがいて、なんでそれができないのかわからない。なにひとつかなわないけどおれはなにもいわない。これがおれの家族だから。みずほさんによろしくとまさひこさんはいつも言う。まさひこさんはおれをさちとは呼ばない。まさひこさんがおれのおやじじゃないなんて、おれは誰に言われなくてもちゃんと知っていた。
だからおれは日曜日がすきだ。明日からまさひこさんは仕事だし、おかんはパートだし、しょうきちは休みなんかないし、いきちはじいばあの面倒をみる。おれは学校に遊びにいく。家族のいない場所でサッカーをする。沈香も焚かず屁もひらない、なんておだやかな月曜日。






ウィークエンドは遠くで
宍戸とその家族。

反転で漢字詳細
長男・将吉
次男・尉吉
三男・佐吉（上ふたりとは父が違う）
父・雅彦
母・瑞穂

三兄弟の名前は陸軍の階級より。
ほんとうは二人兄弟だったけれど、佐吉ができたので、間にすべりこんでいます。

うちではこんな風なイメージです