ヒヨル あまいえげつないバノンボーイズ 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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午前中までは明るかった空がたちまちおもく立ち込めてくるのに、首の後ろがざわざわとあわ立つ。ななめ前では風丸が、相変わらず瞳孔がひらき気味の目でじっと一点を眺めているので、その閉塞感に息をつまらせながら影野は目をそらした。しろいひふの目の周りだけぎろぎろとあかく染め、うすいくちびるからやけにとがった犬歯がのぞく。氷がぎっしりつまったぺこぺこの紙コップを荒れた指先でもの憂げに揉みながら、風丸の目がゆっくりと虚空をまわっていった。あまり心地のいい男ではない。風丸はときどき、意味もなく影野の教室に押しかけてきては、なにを言うこともなく黙ってすわっている。影野はもともと言葉の極端にすくないたちであるから、黙っていることそれ自体まったく苦痛ではないのだが、風丸がたぶん意識的に放っている威嚇だけが、前髪に注意深く隠した影野の眼球を不愉快にひりつかせる。冷静で苛烈、整然で混沌。風丸の脳裏にはいつでもけものが住まっている。
ざざ、と音をたてて、メロンソーダの最後のひとくちを吸い込み、ひとつふかく息をしてから風丸の目が影野を見た。まぶたが痙攣する。たぶん、次に発する言葉を予想して。円堂は。かたちのいいくちびるがなめらかに動いて、風丸はまるでためらいなく言った。円堂はいないのか。いないよ。影野は目を伏せて、なるべくきっぱりと言い放つ。それを聞いて、風丸は今にも泣き出しそうなかなしそうな顔をした。いないのか。そうか。喉のあたりに広がる苦みを飲み下しながら、影野は自分こそ泣き出したい、と思った。おおよそ正気の沙汰ではない。いつもこうだった。風丸は前触れなく押しかけてきて勝手に席をひとつ占拠し、ジュースなりなんなりを飲みながら瞳孔がひらき気味の目であたりを見まわす。そうして影野の神経をさんざんすり減らし、疲弊させたあとにとどめをさす。円堂はいないのか。ああまったく。そうしたら影野はいないよと答える。まったく正気の沙汰ではない。
いないよの返事を聞くと、風丸はかなしそうな顔をして、あまつさえ恨めしげに影野を見たりする。円堂にするみたいに、卑屈でくらい目をして。円堂のとこに行けば。だから仕方なく影野はそう言ってやる。いつもならそこで引き下がる風丸は、今日は変わらずに卑屈な目をしたまま、おもむろに立ち上がり手を伸ばして影野の前髪をわしづかみにした。背筋がこわばり、影野は息を飲む。そうか円堂はおまえのところには来ないんだな。涼しい口調で言い放つ、風丸の目ばかりがひび割れたようにひかっている。どうしてだろう。唾液だかメロンソーダだかで濡れた犬歯が言葉を切り裂きかみ砕きながらぶちまける。おれは待ってるのに。おまえだってそうだろう。指先が不穏にわなないた。風丸は泣きそうな顔をして影野を見ている。どうして。ゆっくり問いかけると、髪の毛からそろりと指は離れていった。席にぐちゃりと沈む、風丸はわらった。円堂はここに来るような気がするんだ、いつも。おれはちゃんと知ってるんだ。円堂。円堂。
以前、風丸が円堂を探しに来るかどうか、さりげなく訊いてみたことがあった。染岡も半田も目金も知らないと言った。円堂くんのクラスならみんな知ってるじゃないですかと目金は言い、それはもっともだとあのとき影野は納得した。その日の放課後、風丸は影野にこれをやると言って、ピンクの容器に入ったしゃぼん液を手渡したのだった。まるきり意図が掴めなくて風丸を見たが、風丸はやはり瞳孔がひらき気味の目で影野をにらむだけだったのだ。くらく卑屈な目をして。原色がえげつなく、くっきりと網膜に焼きついてしまった。あまったるいその色を、ひどく後悔してまたそれに後悔した。かなしいのは泣きたいのは、いつだって影野のはずだった。出口のない問いで意識を穴だらけにしながら、それでも翌日を見なければならない。それなのに風丸は、まるでこの世の終わりみたいに絶望的な顔をする。的はずれな場所を盲目のように探しながら、円堂円堂と彼を呼び続ける。円堂は風丸を受け入れたりしない。絶対に。風丸だって本当はわかっていないに違いない。円堂のなにが欲しいのか。円堂になにができるのか。
風丸がなにを伝えたかったのか、影野は知りたくなんかなかった。知ってしまえばきっと、この嫌悪感にますます手がつけられなくなる。あのしゃぼん玉円堂にあげたよ。そう言うと風丸は驚いたような顔をした。うそだ。そう言いながら風丸はわらっている。曇天はおもく窓の外を押しつぶして、ようやく眼球はうすい涙のまくに濡れた。あわ立った首筋を、今度は汗がゆっくりと伝っていく。しゃぼん玉みたいな世界を壊して、いつか彼は泣くのだろう。今はただ、それを羨むばかりであった。影野によって円堂が失われるようなことは、たとえ世界が終わってもあり得ない。虹色の泡の内側で、出ることもせずに立ち尽くす影野には。風丸が紙コップを氷ごと握りつぶす。あれを円堂にあげたなんて、そんなのはもちろん嘘に決まっていた。






あまいえげつないバノンボーイズ
影野と風丸。
タイトルはリチャードバノンボーイズより。
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