ヒヨル 涙の堰を切るのはいつも 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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涙の堰を切るのはいつも不意打ちである。
暗い部室だった。もう誰もいないと思っていた。両手をふさぐタオルやらボトルやらスコアブックやら、を、いちど地面において、音無は伸びをした。ついでにかるく腰を回して、手首もまわす。がらりと扉を開けて、荷物をかかえて一歩そこに踏み入れた瞬間、音無は動けなくなった。湿度のたかい、おそろしくあつい空気がからまり、音無を無言で拒んでいる。部室の奥の方から、かすかにすすりなくような声が聞こえた。せつないほどひどく胸がいたむ、その声。足音をころして、音無はそっと中に入った。なるたけ音を立てないように扉をしめ、慎重に荷物を置いた。気づいていないわけはないだろうが、それでもつい、そうしてしまった。あつい空気をかきわけて、ゆっくりゆっくり、ロッカーをまわり込む。顔をそうっとのぞかせると、奥のベンチで、音無に背を向けて、ちいさくうずくまる人影が、ひとつ。そのやせた肩が、大げさなくらいに波打っている。のぞいたしろいうなじ。耳のあたりにかすかにひかるものがある。(先輩だ。)音無は言葉もなく立ち尽くした。そこにいたのは目金だった。暗い部室が、そのまわりだけひときわくらい。
目金はなぜか植物を植えたり育てたりするのがすきらしく、生物部所有の畑の一角を借りて、ちまちまとひとりでなにかをしている。ただプラスチックの柵でしかくく囲われた、一メートル四方ほどのその箱庭だか畑だかに、花が咲いたり野菜が実ったりしたことはいちどもない。定期的にそこは荒らされる。生えたばかりの新芽や植えたばかりの球根の、ほじくり返され踏み荒らされ、チョークの粉をぶちまけられた無惨な姿を、しかし、目金はかなしむこともしない。顔色ひとつ変えずにスコップでそれらを全部取りのぞき、また土を入れて別の種や苗を植える。サッカー部がたぶん誰も知らないようなそんなことを、音無は知っていた。以前、見るに見かねてこっそりと手伝ったことがある。荒らされた苗をすべて抜き、無事なものは植え直して、余ったスペースには花の種をまいた。水も肥料もたくさんやって、目金がよろこんでくれれば、と思った。ところが、それ以来目金はあの箱庭に見向きもしなくなった。持ち主が寄りつきもしない畑だったが、そんなのには関わらず苗はやはり荒らされて、片付けるものもないまましずかに腐った。種はひとつも芽を出さず、しかし音無もまた、それをかなしいとすら思わなかったのだった。
目金が立ち上がって振り向いた。音無はびくりとひざをすくませる。目金は声もなく音無に指を伸ばした。あつく濡れたしろいほそい指が、音無のおおきな(しかし思わずぎゅっとつぶった)目を、驚くほどつよい力でぬぐっていく。あたりは暗くて、だけど音無は、それをした目金はきっとまっかな目をしているのだろうと思った。あつくうねる空気の波に、ほとんど溺れそうになりながら。どうしてあなたまでなくんです。音無は目を見開いた。そうまでして、あなたはなにがしたいんです。目金はしゃがれた声でそう言うと、音無の隣をふっとすり抜けた。扉がひらく音としまる音、遠ざかる足音が順番にして、そして音無はひとりになった。
つめたいコンクリートにぺたんとひざをついて、涙は、今さらやってきた。もうどうしようもなかった。目金がぬぐったひふの上を、とめどなくだらだらとそれは伝って落ちていった。どこまでも。わたしはあのときなにがしたくて、わたしはさっきなにがしたかったのだろう。鍬を振るう目金の背中は、片付けられない机の上のまっさらなマニキュアの瓶のように鮮烈だった。たぶん、それがいけなかったのだ。かなしんだりしたから、いけなかったのだ。音無は両手で顔をおおう。目金のぬぐった感触が、ああ、消えてしまう。ずぶずぶになきながら、二度としませんとつぶやいた。神様、もう、二度としません。あんなこと、二度と。そうやって死ぬほど後悔しながら、しかしもしかしたら二度あるかもしれないことを、たとえば三百回繰り返したとしても。目金は音無をしからないし、目金がなくすことを、誰ひとりやめさせてはくれない。瓶はたおれ、エナメルが底なしの沼のように広がってゆくのを、音無はもう見ていることしかできないのだった。あれだとかそれだとかは関係ない。
涙の堰を切るのはいつも、あなたの、不意打ち。






涙の堰を切るのはいつも
目金と音無。
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