ヒヨル ここでただいまを云い続けよう 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

姉がつくる弁当はハンカチの結び目がやけにきつくて、ほどくのにいつも苦労する。布のすきまに指をむりやりねじ込むとき、その中にある弁当がふうふうと妙に生気をおびて息づいているような気がして、影野はいつも途方にくれる。これ以上にうまいやり方が浮かばない。松野にもらった屋上の鍵は、松野がいないときだけ使うようにしている。松野も半田も土門もいない、学校に来たくなくなるほど晴れた日なんかに。屋上の扉がためらいがちに開いたのはそのときで、ほそく開けられたすき間で少林寺が目をまるくしている。あ。と、声だか音だかがふたりの口から同時にこぼれ、少林寺はおどろいた顔で、屋上に一歩踏み出す。手にはちいさな弁当の包みをさげて、けたたましい音をたてて閉まる扉の前に立ち尽くした。先輩なにしてるんですか。おずおずと近寄って、少林寺は問いかける。弁当。一緒にくう、と影野が言うと、少林寺はうなづいて、そっと背中あわせにすわった。天気はいいが風が強い。雲がふたりの頭上をものすごいはやさで流されていく。
少林寺は最近、目金と仲がいい。部活が終わったあと、ときどきふたりでじっとながい間話し込んでいたりする。すこし前に少林寺が部活を無断欠席したことがあったが、それ以来少林寺はなんとなく変わった。相変わらず口が達者で、ときとして辛辣な物言いをするのこそ変わらないが、身にまとう雰囲気があきらかに変わった。突然大人びたような、ちぐはぐですわりのわるいその雰囲気。少林寺はときどき、遠くを見たまま動かなくなることがある。かと思うと、なにかからあからさまに目をそらすことがある。ものも言わないのに、なにかを猛烈に訴えているような瞬間がある。死んだようにひっそりと、息をひそめる瞬間がある。影野は弁当の結び目に指をくい込ませる。手こずったが、なんとかそれをほどいた。少林寺は肉食とそれをするひとをあまりこのまない。姉は最近肉じゃがにはまっている。今日の弁当はおれのねえさんが作ってくれたんだ。影野がそう言うと、少林寺が手元をのぞきこんで、きれいですね、とわらった。おれのねえちゃんも、たまに作ってくれます。見上げる顔はいつもと同じで、だけど。そうかとわらいかえしながら、影野はやはり途方にくれる。少林寺はなんだかいまにもなきそうな気がする。こんなにすずしくわらっている今でさえ。
影野はプラスチックのはしを手にとった。ひとくちくう?少林寺は、くう、と即答した。ちいさな手にそぐわないながい竹のはしを、弁当のうえでさまよわせる。おれ今日は、エビチリと野菜炒めとにらたまです。うまそうだね。今日は母さんのだから、たぶんうまいです。お姉さん、へたなの。へたじゃないけど。少林寺は照れくさそうに言う。ほめるのって恥ずかしいです。おれねえちゃんすきだから。影野はふっとわらった。やさしいな。その言葉に少林寺の手が、とまる。それはたぶん、ちがいます。竹のはしは肉じゃがにおりた。うすいぶた肉を、先端でつまむ。それを迷わず口に入れたので、影野はおどろいた。肉は。おいしいです。少林寺は平然とわらった。すごくおいしい。まただ、と影野は思った。少林寺のまとう空気が、ぐずぐずとなき崩れていく。カンブリアイクスプロジオンのような、原始的な爆発。途方もないエネルギーを持った行き場のないものを、必死で抱きしめているような、そんな顔をして少林寺はわらう。
また背中あわせに、だけどそれを触れあわせることはせずに少林寺はそっとすわった。ごそりと膝をかかえる気配がする。肉食とそれをするひとをあまりこのまない少林寺。背中のむこうで、弁当をたべている気配はない。少林寺の弁当箱の中でふうふうと息づいているに違いない、母親の作ってくれたエビチリと野菜炒めとにらたま。たとえばそれが、少林寺のすきな姉が作ったものなら食べたかもしれない。影野ははしを持ったまま動けなかった。手の中の弁当箱と、そこからこぼれるカンブリアイクスプロジオン。爆発の中にうごめく無数の感情にからめとられて、影野はますます途方にくれる。少林寺が訴えているのはいつもおなじことだった。そんなことは誰が言わなくても、もうとっくに、わかっていた。
ひたりと背中になにかが触れた。いかれればよかったのに。少林寺の声がひくく響く。風にかわかされて、ひびわれたようなその声の奥に、影野はなんどもなんども、絶望にうずくまる少林寺を見る。あの結び目がほどけなければよかった。息づいたまま捨ててしまうべきだったのだ。どちらもそんなことを望んでいなかったのに。びょおびょおと風がうなって、ふたりの髪を寄り合わせるようにさらっていく。ひとつになるなんてはじめからできなかったのだ。大人びたように目をこらし、目をそらして息をひそめても。爆発でかき消して、何回そこを塗り直しても。少林寺が肉を食べるところをはじめて見た。さびしさで心臓がねじ切れるような、それはどうしようもないいたみに似ていた。途方もないエネルギーをちいさなてのひらで飼い慣らし、そこから永遠に溢れるものを、だけど影野は食べきれない。影野の背中を抱きしめて、少林寺はしずかにわらう。ぐずぐずとさびしくなき崩れながら、手を伸ばすことも、もうしない。
「先輩と一緒にいかれればよかったのにね」






ここでただいまを云い続けよう
影野と少林寺。完結。
ここでただいまを云い続けよう。おまえがお帰りなさいをくり返す間。
PR
[130]  [129]  [128]  [127]  [125]  [124]  [123]  [121]  [120]  [119]  [118
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]