女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。
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あのこのことがすきじゃないの。
ひとのない雨の放課後、しずかな図書室に声が響いた。両手に分厚い日甫辞書だのキリシタン文献研究だのを山のように抱えて、返却カウンターにどさりと積んだ目金は、その声が発せられた方を向いて、くちびるをへの字にまげた。なんですか、急に。英米児童文学史を繰りながら、夏未はそっとくちびるをわらわせる。あなたファンタジーに興味があるの。目金は山のいちばん上に積まれたドイツ文学回遊を手に取る。中学図書館の蔵書で、天草本イソポのハブラスなんてなかなか見つからないんですよ。ここの蔵書はあなたの趣味なんでしょう。その言葉に夏未は頷く。ここのラインナップは群を抜いています。当然よ、わたしが選んだんですもの。次はキリシタン本をリクエストしたいところですねと、無人のカウンターに侵入して、目金は貸し出し手続きを勝手知ったる様子で黙々とする。機械がバーコードを読みとる音が、ふたりきりの図書室をしずかに満たしていく。
手元の本を夏未は閉じる。それで。目金が夏未をちらりと見て、また作業に戻る。あなた、あのこのなにがきらいなの。おっしゃる意味がわかりかねます。目金は夏未に対しては奇妙にとくべつ慇懃で、それはたぶん彼が自分を嫌っているからだろうなと夏未は思っている。後輩のはつらつとしたメガネのあのこを、彼には嫌う理由なんてないだろうと思ったのだ。気づいてるんでしょう、音無さんの。言いかけたその言葉をさえぎるように、カウンターに積まれた本がばさばさと崩れた。かどが床にぶつかる重い音。ぐしゃりとページがひらいてつぶれる乾いた音。ちょっと。夏未は立ち上がる。なにしてるの。けがでもしたら。あわてて駆け寄りカウンターをのぞき込むと、目の前にぬうと目金が立ち上がった。息を飲む夏未のしろくすべらかな顔の下半分を、負けないくらいしろく華奢な右のてのひらでおおう。それ以上言わないでくれますか。夏未はながいまつげでまばたきをする。ほほに触れた指が、つめたい。これはぼくの問題です。あなたにどうこう、言われたくない。
そろりとてのひらが離れる。夏未は手の甲でそこをぬぐった。ほこりとふるい本のにおいがした。乾いて褪せて無機質だった。本をひろい集めてまた積み上げ、痩せた両腕に抱えて目金はいってしまう。てのひらをカウンターに滑らせて、夏未はずるりと膝をついた。なんなの。あのときあんなに近くで、夏未ははじめて彼を見た。ふかいふかいくろい目が、まるで助けてと訴えるようだった。
夏未は肩ごしにそろりと振り向く。雨が窓にうちつけてはじけている。英米児童文学史は閉じたままひっそりとしていた。あのこがうらやましいと心底思ったのは、これが最初で最後だった。
折った柳の唐紅の
夏未と目金。
ひとのない雨の放課後、しずかな図書室に声が響いた。両手に分厚い日甫辞書だのキリシタン文献研究だのを山のように抱えて、返却カウンターにどさりと積んだ目金は、その声が発せられた方を向いて、くちびるをへの字にまげた。なんですか、急に。英米児童文学史を繰りながら、夏未はそっとくちびるをわらわせる。あなたファンタジーに興味があるの。目金は山のいちばん上に積まれたドイツ文学回遊を手に取る。中学図書館の蔵書で、天草本イソポのハブラスなんてなかなか見つからないんですよ。ここの蔵書はあなたの趣味なんでしょう。その言葉に夏未は頷く。ここのラインナップは群を抜いています。当然よ、わたしが選んだんですもの。次はキリシタン本をリクエストしたいところですねと、無人のカウンターに侵入して、目金は貸し出し手続きを勝手知ったる様子で黙々とする。機械がバーコードを読みとる音が、ふたりきりの図書室をしずかに満たしていく。
手元の本を夏未は閉じる。それで。目金が夏未をちらりと見て、また作業に戻る。あなた、あのこのなにがきらいなの。おっしゃる意味がわかりかねます。目金は夏未に対しては奇妙にとくべつ慇懃で、それはたぶん彼が自分を嫌っているからだろうなと夏未は思っている。後輩のはつらつとしたメガネのあのこを、彼には嫌う理由なんてないだろうと思ったのだ。気づいてるんでしょう、音無さんの。言いかけたその言葉をさえぎるように、カウンターに積まれた本がばさばさと崩れた。かどが床にぶつかる重い音。ぐしゃりとページがひらいてつぶれる乾いた音。ちょっと。夏未は立ち上がる。なにしてるの。けがでもしたら。あわてて駆け寄りカウンターをのぞき込むと、目の前にぬうと目金が立ち上がった。息を飲む夏未のしろくすべらかな顔の下半分を、負けないくらいしろく華奢な右のてのひらでおおう。それ以上言わないでくれますか。夏未はながいまつげでまばたきをする。ほほに触れた指が、つめたい。これはぼくの問題です。あなたにどうこう、言われたくない。
そろりとてのひらが離れる。夏未は手の甲でそこをぬぐった。ほこりとふるい本のにおいがした。乾いて褪せて無機質だった。本をひろい集めてまた積み上げ、痩せた両腕に抱えて目金はいってしまう。てのひらをカウンターに滑らせて、夏未はずるりと膝をついた。なんなの。あのときあんなに近くで、夏未ははじめて彼を見た。ふかいふかいくろい目が、まるで助けてと訴えるようだった。
夏未は肩ごしにそろりと振り向く。雨が窓にうちつけてはじけている。英米児童文学史は閉じたままひっそりとしていた。あのこがうらやましいと心底思ったのは、これが最初で最後だった。
折った柳の唐紅の
夏未と目金。
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