ヒヨル そのほかのはなし 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

そのときにはイタ車で乗り付けると豪語した記憶はあるのだが、欧州プレイヤーとしてのハク付けのためだけに買った真っ赤な(真っ赤な!)ランボルギーニはジャンボジェットに積み込むわけにはいかず、結局がところ実家の車を借りてこれだけは律儀にアパートの前に乗り付けてはみたものの、イタ車という言葉にそのときは確かになにかしら反応した目金は染岡が運転する国産車を見るなり、なんだ痛車じゃないのか、とぽつりと溢したきりだった。助手席に乗り込むとシートベルトを締め、鞄からいろいろと取り出してはダッシュボードに乗せていく。持ってんだよマジで、イタ車。持ってこれなかっただけで。言い訳がましくそう言っても目金は特になにも言わず、これ繋いでいいですか、と音楽プレイヤーとスピーカーを出した。勝手にしろと思ったので勝手にしろと答えてアクセルを踏む。まだ朝の6時だ。馬鹿馬鹿しい。平日のこんな時間からいい年の男がふたりでドライブだなんて、全くもって馬鹿馬鹿しい。
どこ行く。とりあえずそう訊いてみると、なんでぼくに訊くんですか、と最もな言葉が返ってくる。誘ったのは染岡だった。秋のドライブ。いつかの酒の席で言ったイタ車ドライブにはならなそうだが、と前置きしたが、目金はほんの一呼吸ほどで構わないと寄越した。だったら朝は早い方がいいよなと言うとこれまた構わないと寄越すので、ああもう面倒くさくなったのだなと思って電話を切って、本当に早朝に乗り付けてやったのに目金は本当に待っていたので、染岡も少し驚いているのだった。とりあえずなんか食いに行くかと言ってやると、スマホをいじっていた目金はその前に秋葉原に寄ってほしいと言って、カーナビに住所を入力し始めた。ものの20分で秋葉原に着くと目金はのそのそと車を出て電話をしながら歩いていった。戻ってこなかったらまぁいいか、と思いながらiPodのボリュームを少し下げる。聞いたことのない名前の甘ったるい声の女が、働きたくない働きたくないと歌っている。
意外にも目金は20分ほどで帰ってきた。紙袋をいくつか提げている。なんだそれ。友人に頼んでいたんです。覚えてますか、秋葉名戸の。あーあいつらな。まだ仲良かったのか。ええまあと目金はなぜかおざなりに流した。紙袋からは、真ん中に目がある濃いオレンジの奇妙なヒトデのような人形が覗いている。訊いてもわからないだろうと思い、中身は訊かない。後部座席に積み込み、シートベルトを締めるのを待って発進する。山梨とかどうよ。何しに行くんですか。ほうとうとか食おうぜ。それに富士山も見れるだろ。目金は別にいいですよと言ってまたスマホに目を落とした。そうですか、と思いながら、案内板に従って適当に進み始める。目金はスマホをいじっていたかと思えば別のスマホを取り出し、かと思うとゲーム機を何台も出してなにやら操作をしてみたり、その合間合間に手を伸ばしてiPodを操作して曲を選んだりと、隣に乗せていると落ち着かない。相変わらずひとり遊びが得意なようだ。揶揄するつもりはない。染岡はひとりではとても遊べない。
ランダム再生でアイドルばかり流していたiPodから、雰囲気の違う曲が流れたので、染岡はちょっと目を動かす。なんだこの曲。そう訊ねるとビートルズのGet backだと答えた。へーお前ビートルズなんか聴くのか。まぁ、なんでも聴きますよ。目金は投げやりにそう言うと、断ってから窓を開けた。一瞬構えたが、風はそれほど冷たくはなかった。びょうびょう唸る音がビートルズをかき消していく。英語は苦手だが、意味は少しだけわかった。戻っておいでよ、ジョー、ゴーホーム。いい歌だな。目金がこちらを見る気配がした。ぼくはジョジョじゃないから、出かけたりしないんです。染岡くんもロレッタじゃない。だから戻らない。それだけ言うと目金は窓枠に頬杖をつき、窓の外を向いてしまった。髪の毛が風にちらちら揺れている。ゲットバック、ゲットバック、ゲットバック、トゥウェアユーワンスビロン。目金が小さな声で歌っている。ハンドルを握る手が、ふと重みを増した気がして染岡は焦る。
染岡が真っ赤なランボルギーニで乗り付けようと、目金はジョジョではないから家からは出ていかない。目金がわざわざ、わざとらしく、そんなことを言っても、染岡はロレッタではないから、よくやったりしないし、変わりもしない。たったそれしきのことだ。だから、焦ったり、残念がったり、ましてや悲しんだり、する必要なんか、これっぽっちもないのだ。だから、ひとり遊びがふたり集まっただけの平日に、なにを期待することもない。全くもって馬鹿馬鹿しい。全くもって。ゲットバック、ゲットバック、ゲットバック、トゥウェアユーワンスビロン。目金が歌っている。染岡は笑っている。後部座席の紙袋が、がさりと倒れる音がした。









さらばアリゾナ
染岡と目金。
あの名曲を目金さんがiPodに入れてるのはあの人が聴いてたからです。
PR
夏の終わりを感じるのはいつも夏のただ中だ。不意に吹いた風の奥に涼やかさを感じてしまった、その瞬間から夏はゆるゆると老衰のように終わり始める。死に始めた夏に寂しいのは道路に暮れなずむ蝉の死骸や、赤すぎる夕陽が産み出す羊のなり損ないのような雲たちではなかった。ただただ楽しいだけの夏休みはこの先絶対に来ないだろうと確信できてしまうことでも、もちろん、ない。うつ向いた拍子に汗がぱたぱたとグラウンドに染み込む。鼻の奥まで燻し抜かれたように暑く苦しい。死にゆく夏の断末魔はいつも煮え立つような熱をこれでもかと撒き散らす。いつか去らねばならぬ場所にずるずると居残り、そのまま座を占めてしまった自分のように、夏は未練たらしく、図々しく、わがままで、寂しい。首の後ろが日焼けに剥けて、強く撫でた指が滑った。夏は繰り返す。二度と来ないのではないかと思わせるほどのはかなさは不気味にも思える。そのはかなさに、ほっとしてしまうことがまた、寂しくも思えたのであった。
影野は夏のゆうれいのようだ。真夏の盛りにも焼けぬ皮膚をして、あんなに暑苦しい髪の毛をしながら、ちりつく熱風にもどこか涼やかに毛先をなぶらせたりもする。かと言って、その涼やかさを誰とも分け合おうとはしない。ひとりだけおいてけ堀の柳の下にいるような影野の涼やかさは、なんとも言えずうそ寒い。ベンチにぽつんと座ってどことも知れぬ場所を眺めている影野には、土門が感じている夏の苦しさやなんかは、全く感じられないのかもしれない、と思わせるほどだった。誰も彼もが日に焼けててらてらと光る顔をしている中、どこ吹く風で遠くを見ている。よそ見をしていたらうしろ頭にどすんとボールを当てられた。しっかりしろ。目の下を真っ赤に焼いた円堂が、これもグラウンドからの照り返しで真っ赤になった目を細めて土門を睨んだ。すまない。少し笑うと円堂はなんとも言えないような顔をして踵を返した。死にゆく夏はどうにも狂暴で、あちこちで死に物狂いに荒れ狂う。寂しい、と、言って欲しがるみたいに。
影野の背中は夏の影ぼうしだ。ゆらゆらと手を招き、赤い夕焼けに逆らうように沈んでいく。
「でも」
「安心してるくせに」
土門は少し笑う。そうだ。そうだよ。影野は涼やかに、土門を惹き付ける。寂しい、と、口に出した。負けたような気持ちで。影ぼうしは振り向きもしない。死に始めるのはこういう瞬間からだ。理解してしまった、その瞬間から。
「おれがいてよかったって思ってるくせに」
いつか去らねばならぬ場所にずるずると居残り、そのまま座を占めてしまった自分も、いつか、夏のように去っていかれればいいと願っていた。たくさんのものを蹴落とし、踏み台に伸び上がり、わざとらしく侘びながら、その反面でその日が来ないよう来ないよう願ってしまう、こすい自分の二枚舌が、寂しいのだ。






ヨルオ化ケノ夏
土門と影野。
曲を交換してカップリングを書く。
新学期の1日目から空っぽの鞄とあたまで登校してきた松野は宿題をひとつも出さないまま翌日は学校に来なかった。腹こわしてんだと。と円堂がいつにも増して凄みのある目で携帯のディスプレイを睨み、それでも言葉ばかりは丸く曲げて影野を見上げる。ものだから影野は妙にいたたまれなくて、そう、などと足を踏み変えてみたりした。円堂が錆び付いた剃刀みたいな、物理的に切れそうな目で影野を見る。ああ、と思ったので、わかったと言った。サッカー部のすることなすこと評価は全て、理事長代理兼敏腕マネージャーの夏未には筒抜けなものだから、円堂はこんなにも怒っている。たぶん。教師からの覚えが部費に響いてくる時期でもある。行ってくる。そう言うと円堂はオウそうか悪いな、などとこれっぽっちも悪びれずに影野の二の腕をバシバシ叩いてみせたりするので、影野はうまく笑えずに結局くさめを我慢しているような面付きになってしまう。別になにが面白いわけでもない暑さばかりの部室で。
松野の部屋はいつ行ってもいつでもおんなじようにめちゃくちゃに散らかっていて、甘ったるい菓子と飲み物の匂いがする。いつでも。あんなもん嘘だよ、と派手なTシャツ派手な柄パンでベッドに転がったままハンターハンターを読みながら松野。つま先でジャンプとスナック菓子の袋と空のペットボトルとなにに使ったのかわからない丸めたティッシュをかき分けながら、じゃあなんで休んだんだよ、と影野はもそりと言った。別になんでもいいだろ。拾い上げたルームパンツを嘯く松野に放り投げる。ズボンぐらい穿けば。うるせーぼけ。死ね。しねしね言いながら脚をばたつかせている松野を黙って眺めていると、疲れたのかすぐ静かになった。ハンターおもしろい。まーまー。今どこ。グリードアイランド。あーあそこはいいね、と言った瞬間に枕が飛んできた。顔面をはたいてずり落ちる枕を視線で追う。うるせーしゃべんな。松野が喚く。どうやら真剣に読んでいるらしい。どうしようもないな、と影野は髪を撫でる。松野はいつも、どうしようもない。
ジャンプの間に夏休みの課題が挟まっていたので拾い上げてぱらぱらと中を見る。真っ白かと思っていたが、ところどころ解いてあった。書きかけの式を書きかけのまま放り出してあるページもあれば、ぎっしりと埋まっているページもある。すごいな。おい。凄むような声に影野は顔を上げる。勝手に見てんじゃねーよ。松野がからだを起こし、いかにも寝起きの腫れぼったい目で影野をじっと見ていた。宿題、やってたんだ。だったらなんだよ。別に、と影野は課題をジャンプの上にそっと置く。手伝おうと思ってた。いらねーよ。松野はがしがしとあたまを掻き、指に絡み付いた髪の毛をぱっと払う。腹、ほんとに痛いのか。松野は黙る。だったらごめん。でも。言いかける影野の顔に今度はコミックスが飛んでくる。なんでもねーよ。帰れ。わかった。影野は少し考え、ジュースあげるよ、とペットボトルを置いた。円堂、心配してたよ。うるせ。言うと松野はくしゃくしゃのタオルケットにくるまってしまった。そしてなにも言わない。
今に始まったことではない。別に、期待されるのを期待していたわけでもない。のに、心の中にあった確信めいたものがゆっくりと融けてなくなるのを不意に寂しいと、思ってしまった。円堂だって松野がどうにかなるのを本気で期待したわけでもないのだろうに。それでも。部屋の中で踏んでしまったぱさぱさのつけ睫毛が原因なのだとしたら、それはいつものどうしようもない松野だから、なんの心配もいらない。でも、もし、そうじゃなかったら。そのとき自分はそれに気づけたろうか、と思う。つけ睫毛でも、腹をこわしたのでもなければ。そうしたら松野は自分に頼る?馬鹿馬鹿しい。影野は噎せるように少し笑った。自分だってどうしようもない。少なくとも、松野も円堂も笑えない。今に始まったことではない。誰かに頼られるのを期待しているのを見抜かれているのは、今に始まったことではない。本当に馬鹿馬鹿しい限りだ。松野がそう望むのなら、円堂にはなんとだって言い訳をしようと思っていた、などと。
そんなことを思っていた次の日には松野は普通の顔で学校に来て、未提出の宿題を全部とは言わないまでも9割がた片付けて堂々と提出していた。円堂の機嫌は傾きに傾いていたが、松野となにやらごそごそ話しているうちになんだかで手を打ったらしい。夏はまだ酔っぱらいみたいにふらついて前に進まないので、海でも川でも好きなところで遊んでくればいい、と思った。ついでにあのときのつけまの子とはなあなあになってまた遊びに行くのだとかどうとか。ところで松野は自由研究に星空の定点観察なんかをやっていたらしい。妙なところで地道なのだ、普段はどうしようもない松野は。










稲妻町新星ノスタルディア
影野と松野。
9月4日に寄せて。
雨の日は気持ちが楽になる。ふたごだけれど似ているのはそういうところばかりで、それでも違うところといえば兄が大嫌いな体育がなくなったり、マラソン大会や体育祭が延期になったり、部活が中止になったりすることばかりを喜ぶようなところだ。雨は兄のコムプレクスを覆って流す。一斗はといえばそういうことはちっともなくて、雨の日に穏やかな楽な気持ちになることは、つまり緩やかに気持ちが鬱ぐことなのだと気づいていた。秋と冬の繋ぎのような凄惨な雨の日には、特に。雨は嫌いではなかった。嫌う理由がない。気持ちが鬱ぐことすら、別段の不幸でもなかった。屋外でする運動競技をすべて台無しにして、一斗のコムプレクスを際立たせる凄惨な雨に鬱ぐ気持ちを持て余すような日ですら、一斗にとっては明確に疎んじるべき出来事でもなかったのだった。雨の日は気持ちが楽になる。疎んじていたのは明確な差別化であったのだとなし崩しに気づいてしまっても。
負けたら殺すという最後通牒のような言葉を突きつけて、円堂率いる遠征組がライオコット島に旅立ってからこっち、断る理由もないので一斗は流されるままに雷門中サッカー部に在籍した。人数不足が深刻なのと、兄が強くそれを勧めたのと、あとはやはり、ここ以外でのサッカーを望む理由が一斗になかったからだ。雷門中サッカー部は、円堂他主力メンバーが抜けただけでまるで角が取れたような穏やかな集団になっていた。仮主将としてチームを率いている半田の人柄の賜物だと思う。半田は一斗にも優しかった。おまえが来てくれると助かるよと屈託なく笑って一斗を受け入れた半田には、もしかしたら兄がそれとなくなにかを吹き込んでいたのかもしれなかったが、一斗はあえてそれを無視した。優しくしてくれるのならば、嫌う理由はない。あとのメンバーにはなにをか思うことがないでもない。それでも出ていくほどの理由にはならなかった。彼らは一斗を弟と呼ぶ。それもまた、気に入らないわけでもなかった。
雨の日には、部活が休みになってもなんやかやで彼らは部室にたまる。スナック菓子やマンガを回したり、ゲームをしたり。後輩たちはそんな日には部室に寄り付かないが、一斗と同じタイミングでサッカー部に入部した闇野はまめに顔を出している。仏頂面で口数が少なく、あまり周りと関わろうとしない闇野は、それでも菓子を差し出されればそれを食べるし、マンガが回ってくればそれを読む。そのどことなく健気な姿勢が彼らには悪いことではないらしく(、あるいはもっと他に理由があるのかもしれないが)、孤独を好む割に闇野は存外そこに馴染んでいるように見えた。闇野は静かで、深い夜のような気配がする。それが嫌いではないために、一斗はなんとなく闇野の側に座を占めることが多い。同じように静かな影野よりも、なんとなく乾きすぎていないような気がした。それに旧知の中に割り込むような真似は、兄ならばいざ知らず、一斗の最も苦手なことのひとつだった。闇野はいつも輪から少し離れた場所に座る。そしてそこから少し離れて、一斗が座る。
湿気が立ち込める部室で、顔を付き合わせてモンハンをしている半田と松野と影野をぼんやり見ながら、一斗は鞄を探った。携帯を取り出してメールを読む。その肩が横からつつかれて、一斗は顔を上げた。闇野がマンガを差し出している。なに。貸す。なんで。ぼく興味ないよ。そう答えると闇野はちらと半田たちを見て、そうか、とおとなしく引き下がった。再びそれを開いてあたまから読み返している闇野を見た。おもしろくもおかしくもなさそうな顔をして。闇野は兄を知っているのかもしれないと思う。兄ならば、差し出されたマンガを嬉々として受け取っただろう。あるいはもう読んだことがあって、その内容について滔々と語り始める。胸を張って。闇野は淡々とページをめくり、そのうちぱらぱらぱらと半分以上を流し見してから立ち上がった。ここに置く、と半田に声をかけると生返事が上がる。闇野はそのまま鞄をつかむと、すうっと部室を出ていった。入り口に立てかけた傘のうち、紺色の地味なものを差して。
一狩り終わった半田が顔を上げ、シャドウ帰ったのか、と独り言のように言った。カゲトはぼっちだからな。ひひっと松野が笑う。半田はさらに一斗を見て、あれ弟いたの、と驚いた。一緒にやる、と聞かれて一斗は首を横に振る。持ってないから。あそう。ウザメガネとは似てないねー顔はおんなじなのに。帰りそびれた一斗をちらりと見て、もう帰ろう、と影野が切り出す。彼らが支度を始めるより先に、一斗は部室を出た。雨は凄惨に降っている。入り口に立てかけた傘のうち、なんの飾り気もないビニル傘を塗らす。兄は、と思う。本当にこんな場所に馴染んでいたのだろうか。それは一斗の知らない兄の姿だった。兄ならば闇野とどんな話をするだろう。半田や松野や影野や後輩たちと、どんな話をしたのだろう。兄は。アニキは雨が好きだ、と励ますように一斗は呟いた。かげもかたちもみえない、ものに、すがりたがるのは彼と同じだと思う。










アンビエント
一斗。
午後を大きく回ったケンタッキーは、肉と油となにやら甘いような匂いをだらしなく店内に広げて眠っているように見えた。所在なげな店員がひとり、カウンタから中途半端な笑顔を寄越す。ふたりが入ってきたことに今まで気づかなかったのだろう、自動ドアはカウンタの目の前にあるというのに。半田はメニューを目で追い、チキンを2ピース(普通のと、甘辛いたれをつけて焼いた秋の新作)とビスケットをひとつ、ポテトと大きなカップの炭酸飲料を頼む。おまえはと振るとじゃおれもそれ、と染岡は財布を取り出した。飲み物をウーロン茶にした以外は半田と全く同じ内容を頼み、キャッシャーに表示された金額にわずか眉をしかめた。ただでさえ面付きのよくない染岡がそんな顔をするので、いっそう凶悪さが増す。中学生の小遣いでほいほい食べられるほどケンタッキーは安くはないので、そのときの染岡の気持ちも半田にはまぁわからないでもないのだった。それにしても悪い顔をしていると思う。見た目で損をする男の典型だ。
窓から射し込むいかにもな秋の光がべたつく床を白く切り取る。半端に下げられたブラインドに縞しまと縁取られた日当たりのいい席を無視して半田は店の奥へ向かった。今なんじ。後ろから低い声で3時過ぎと染岡が答える。おやつだな。狭苦しいテーブル席に差し向かってパッケージングされたウェットペーパーで手を拭いていると、染岡が変な顔をして半田を見た。なんだよ。あっちの方がよかったんじゃねえか。言って指すのは半田が無視した日当たりのいいカウンタ席で、足がどうにも狭いのだろう染岡は居心地悪くしきりに座り直している。やだよ窓際とか。知り合い通ったら気まじーし。そうか、と染岡は存外簡単に引き下がる。染岡としてもあまりこういう場所で知り合いに会いたくはないのだろう、と思った。さらに言うならこてんぱんに敗けた試合のあとだ。やけ食い、と言うにはあまりに半端な量の食料は自分そのものだ、と半田は思う。調理される哀れな雷門イレブン。煮てさ、焼いてさ、食ってさ。
半田がチキンにかじりつくと、向かいで染岡も同じようにした。染岡の歯の間でまっ白い筋繊維がほぐれるのが目につく。まっ白い筋繊維が歯の下で無抵抗にほぐれて赤黒い腱や濁った半透明な軟骨がばらばらに噛み砕かれやがて喉を通って食堂を落下し胃に落ちて正しく栄養になる。奥歯を噛み合わせるとにちり、ともきしり、ともつかない感触が顎を揺らした。歯の間のまっ白い筋繊維。世の中で正しくまともに信じられるのは食事だけのような気がする。甘辛くパリパリに揚げられた皮を噛み砕くと、甘いあぶらが舌にすうっと広がった。ねとつく指をナプキンになすりつけ、半田はふたつ目のチキンにかじりつく。じわりと肉汁がにじみ出て噎せた。染岡がポテトをまとめて口に押し込みながら怪訝な目をする。なんでもねえよ。先制でそう言うと染岡は結局なにも言わずにチキンに手を伸ばした。こういう無駄に繊細なところがむかつくのだと思いながら、半田はそれを一度も染岡に言ったことはない。
おもしろくもおかしくもない練習を惰性で乗りきって、それでいていざ挑んでくる相手にはおもしろいように大勝する。チームの体裁が整ってからの雷門イレブンはずっとその調子だった。努力も友情も信頼もない、ただ誰もが負けたくないからがむしゃらに戦うだけで、それだけで勝ってこられた今までの方が奇跡だったのだ、言うなれば。地区大会で一蹴した相手に挑まれたつまらない練習試合で、惰性と不信の12人はなすすべもなく蹴散らされた。円堂は暗い憤怒で暴言を吐き、11人を罵っては殴り蹴り、あとは黙った。傷ついたような顔で。あいつしねばいいのに。そう言うと染岡が机の下で半田の足を蹴った。半田は椅子を蹴るように立ち上がる。ふたりの間の空気が一瞬張り詰めるが、先に目を反らしたのはさっきまで半田より狂暴な目をしていた染岡の方だった。円堂の胸ぐらを掴んだ染岡の手を思い出す。責任を感じているのだとしたらあまりにも稚拙だと思った。円堂も、染岡も、自分自身さえも。
半田は一歩足を踏み出した。どこ行くんだよ。もっと食う。まだ食うのかと呆れたような染岡の声を背中に、半田はカウンタの前に立つ。小銭を受け皿に乱雑にばらまきバーガーをひとつ注文した。トレイに乗せられ差し出された紙包みをその場で破って猛然とかじりつく。さても哀れな雷門イレブン。半田の中から現実感が遠ざかり、いつかこんな日が来るのだと諦めきった皆の眼差しが蘇る。いつかこんな日が来るのだと、誰もがそれをわかっていた。半田でさえもそうだった、のに。それでも彼らは加害者だった。清らかな大いなるものを傷つけたのは他でもない半田たちだった。わかったような顔しやがって。鼻の奥を突き上げるものをごまかすように半田はうつむいた。秋の光が綺羅やかに足元にこぼれていた。あいつはまるで華麗に他人面だった。丸めた紙包みを染岡の後頭におもいきり投げつける。この気持ちをどうしてくれようと憤っていた。









流星のすべて
半田と染岡。
とりをたべるおはなし。
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]